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ブッシュ政権の単独行動主義の背景 (1)
持田直武の国際ニュース分析

2002年7月17日 持田直武

 ブッシュ政権とEUが国際刑事裁判所をめぐって衝突した。同政権がPKO派遣の米兵を国際裁判所が訴追しないよう要求したのに対し、EU諸国がこぞって反対。そこで、同政権はボスニア・ヘルツェゴビナのPKO活動延長に拒否権を発動、PKOから米要員を引き揚げかねない強硬姿勢に出た。ブッシュ政権の典型的な単独行動主義(Unilateralism)の姿勢である。

 対立の焦点、米PKO要員の訴追免除はとりあえず一年間、米国はじめ設立条約の非加盟国要員を訴追対象からはずすことで妥協、当面の混乱を回避した。しかし、この背景には、米国の主権に至上の価値を置く米保守派、ヨーロッパ統合を目指して主権の概念を変えつつあるEU諸国、双方の発想の基本的対立がある。それは、今後の国際秩序を米国の基準で構築するのか、EUの理念で築くのかの未来図にもかかわっている。

 今回、ブッシュ政権は1年間の訴追猶予で妥協した。しかし、米国内には、米国が世界で果たす役割は、米国の規準で行なうという強固な信念があり、ブッシュ政権の単独行動主義の姿勢とも相俟って、この問題は今後に尾を引くことは間違いない。


・ブッシュ政権が国際刑事裁判所に反対する理由

 国際刑事裁判所は今年7月1日、EU諸国やカナダなど60カ国以上が設立条約に批准して正式に発足した。その3日後の7月4日、米のミニケス大使はウイーンで開かれたOSCE(欧州安保協力機構)の会議で、ブッシュ政権が同裁判所に反対する理由として次の4点を挙げた。

1、同裁判所が設立条約の非加盟国(米国はその1つ)の国民まで訴追の対象にできること。
2、PKO派遣の米兵や米政府職員が政治的動機によって訴追される恐れがあること。
3、同裁判所が米国の捜査や訴追の適、不適を一方的に判断できること。
4、同裁判所が特定国の侵略行為の有無まで判断することも可能になり、国連安保理の権限を侵害すること。

 米国の主権を至上と考える立場に立てば、これらは絶対に認められない。特に、米保守派を基盤とするブッシュ政権にとって許容できるはずがない。リベラル派のクリントン大統領も、この条約の内容では保守的傾向の強い議会上院が批准しないと判断していた。しかし、同大統領は任期切れ直前の2000年12月31日、同条約にサインする。そして今年5月、ブッシュ大統領がこれを撤回。単独行動主義という批判が増幅することになった。


・米も戦争犯罪を裁くことには賛成

 もっとも、ブッシュ政権も戦争犯罪を裁く国際法廷そのものに反対しているわけではない。前記のミニケス大使は「大量虐殺、人道に反する罪など戦争犯罪の責任者を裁判にかけることが必要だ」と強調している。しかし、「この国際刑事裁判所には根本的な欠陥があるため賛成できない」と言うのだ。

 もともと米国は戦争犯罪の追及には熱心だった。第二次世界大戦後、米の主導で、ドイツではニュールンベルク裁判、日本では極東国際軍事裁判を開いて戦争指導者を断罪した。冷戦終了後、民族紛争で大量虐殺や民族浄化が起きると、やはり米主導でルワンダに国際犯罪法廷、ユーゴスラビアには国際戦犯法廷を設置。ミロセヴィッチ元大統領らの責任を追及している。同時に米国は国際刑事裁判所の設立交渉にも参加し、1998年の設立条約の採択に賛成した。

  この条約は、主権国家の枠組みを超えた国際法上の重大犯罪、1)大量虐殺、2)人道に対する罪、3)戦争犯罪、4)侵略の罪、以上の4件を訴追の対象にしている。中でも、人道に対する罪では、殺人、せん滅、住民の強制移住、拷問、婦女暴行などの犯罪行為を詳細に特定した。

 しかし、この交渉の過程で、米議会の保守派、国防総省などに強い懸念が生まれる。国際刑事裁判所という国際機関が米国の国家主権を超えた力を持ちかねないこと。また、PKOに参加している米軍兵士が反米的な政治的動機で訴追される恐れがあることなどが中心で、これは上記のミニケス大使がOSCEの会議で4項目に絞って説明している。


・外交を左右する議会保守派の圧力

 クリントン前大統領は、条約の適用面で米側の主張を盛り込み、反対する国内の保守派を説得しようとした。ニューヨーク・タイムズ紙は「この努力の結果、大きな改善がみられた」と評価したが、批准に必要な上院の3分の2の賛成をえるにはほど遠かった。結局、前大統領は後任のブッシュ大統領に「批准を求めないよう進言する」異例の言葉を残して退任した。

 米議会の保守派が条約の批准に反対して、大統領の外交活動に待ったをかけるのはこれが初めてではない。古くは第一次世界大戦のあと、当時のウイルソン大統領が提唱した国際連盟への加盟を拒否。最近では、地球温暖化防止の京都議定書に反対、結局クリントン前大統領は同議定書の批准を議会に求めるのを断念した。国際刑事裁判所の問題でも保守派の反対が功を奏し、これと同じ経緯をたどったわけだ。

 この保守派の外交哲学は、初代大統領ワシントンが1793年に宣言した「中立宣言」にさかのぼる。ヨーロッパがフランス革命の混乱で、各国の離合集散が続いた頃だ。米国はそれに巻き込まれず、独自の立場を貫くべきだとの趣旨だった。この精神は1823年のモンロー宣言にも引き継がれ、その後の孤立主義(Isolationism)の流れをつくる。そして、議会に多くの信奉者が集まった。

 一方、リベラル派の外交理念はルーズベルト大統領が1945年1月、4回目の就任式で述べた次の言葉に要約できる。「米国一国だけでは生存できない。各国が幸せでなければ米国も幸せになれない。われわれは世界の市民であり、人類社会の一員である」。この精神が現在もリベラル派の国際協調外交の基調であり、保守派の米国至上主義の外交とは相容れないのである。


・ブッシュ政権に流れる保守派の伝統

 ブッシュ大統領はこの保守派の支持をまとめて当選。チェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官ら政権幹部も名だたる保守派の重鎮である。この結果、ブッシュ政権の政策には米国の主権を至上とする米国中心主義、孤立主義など保守派が信奉する伝統的行動様式が強く現われることになった。その上に、世界で唯一の超大国という強気の姿勢も加わる。

 7月12日付のタイム誌は「力は正しい」という論評を掲載、「世界の警察官として、米国が果たしている役割を肩代わりできる国もグループもない。この米国の役割は好むと好まざるとにかかわらず、米国の規準で実施されるのだ」と主張した。超大国米国が自分のルールで国際秩序を支配するのは当然という考えなのだ。

 この思考がブッシュ政権の単独行動主義に拍車をかけていることも間違いない。京都議定書やロシアとのABM条約からの一方的離脱。そして、国際刑事裁判所設立条約への調印撤回と米兵の訴追免除の要求。いずれも、協調を排し、主張が通らなければ米国独自の行動に出る。

 ニューヨーク・タイムズ(7月12日付社説)が「グローバル・リーダーシップには夢想的な声明や強制的行動以上の何かが必要だ。米国は国際協力の破壊者ではなく、リーダーでなければならない」と主張。ブッシュ政権の協調性の欠如を批判した。しかし、このような声は米国内では少数派のようで、同政権が耳を傾けるような気配は感じられない。


・論争不参加の日本、ロシア、中国

 このブッシュ政権の姿勢は国際的には総好かんの状態である。国連安保理は7月10日、国際刑事裁判所について公開討論会を開いたが、発言した39カ国のうち、米国への理解を示したのはインドだけ。EU諸国やカナダ、メキシコなど通常は友好的な姿勢に終始する両隣国までが米の姿勢を強く批判した。

 一方で、中国、ロシアはまったく論争に加わらなかった。中国はまだ国際刑事裁判所設立条約に未調印、ロシアは調印したが批准していない。こうした事情もあり、論争では米ブッシュ政権とEU諸国の対立が一層際立ち、双方が将来の国際秩序の構築にあたって指導権争いをしている様相が鮮明になった。

 ところで、日本も国際刑事裁判所の設立条約にはまだ調印していない。今度の論争にも目立った発言はしなかった。しかし、国連PKOには多数の要員を派遣、維持費も米国に次ぐ額を負担している。やはり、それなりの主張を世界に向けて発信するべきであるのは言うまでもない。

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