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日本のミサイル防衛協力と集団的自衛権
持田直武 国際ニュース分析

2002年7月9日 持田直武

 米ブッシュ政権がミサイル防衛の開発、配備に向けて本格的に動き出した。計画では2004年、アラスカのミサイル迎撃基地が緊急時に実戦使用可能、関連施設は米国内や同盟国、その周辺海域で作動を開始するという。周知のように日本は米と同防衛の共同研究をしているが、開発、配備の態度は未定。一方、米側は日米安保条約がある以上配備は当然との立場である。しかし、日本が同防衛を配備する場合、集団的自衛権の行使を禁止している平和憲法に抵触しないか、同防衛を警戒する中国との関係をどう調整するかなど多くの課題がある。


・共同研究も憲法9条の枠内が条件

 日本の共同研究参加は1999年、当時のクリントン政権との合意に基づいている。当時ミサイル防衛は、日本や極東など地域の防衛を主とするTMD(戦域ミサイル防衛)と米本土の防衛を目的とするNMD(米本土ミサイル防衛)の2つに分けていた。日本はこのうちTMDの一部、海上配備型上層システム(NTWD)の研究に限定して参加を決めた。憲法第9条の制約を考慮したのだ。

 ミサイル防衛は相手のミサイルを上昇段階、中間飛行段階、突入段階の3段階で重層的に迎撃するが、この海上配備型上層システムはミサイルが上昇段階を過ぎ、次の中間飛行に入ったあと迎撃するのが任務。日本が研究参加をこの部分に限定したのは、個別的自衛権の行使はできるが、集団的自衛権の行使は禁じられているという政府の憲法解釈を逸脱しないためである。

 相手のミサイルが上昇段階の時は、目標が果たして日本か米本土か、判別するのは難しい。この段階で日本が迎撃に参加すれば、それは集団的自衛権の行使になりかねない。しかし、ミサイルが中間飛行に入り、日本が目標と分かってから迎撃するなら個別的自衛権の行使、つまり専守防衛となり、集団的自衛権の行使を禁じた憲法に抵触しないとの解釈なのだ。


・運用も情報収集から発射まで日本が主体

 日本政府はミサイル防衛を配備するかどうかまだ決めていないが、もし配備する場合、日本が主体的に運用するとの立場を防衛庁はすでに明らかにしている。つまり、日本のミサイル防衛は米軍から切り離して、日本が独自に運用するということである。こうすることによって、日本を狙うミサイルだけを迎撃して専守防衛の立場を守り、米本土その他を狙うミサイルは米側にまかせるという論理だ。

 中谷防衛庁長官は2001年6月ワシントンでラムズフェルド国防長官と会談し、この日本の主体的運用の方針を伝えた。会談のあとの記者会見で、中谷長官はこの主体的運用の内容について説明し、「日本が相手のミサイルの探知から発射に至るまでの情報を主体的に入手し、我が国の判断で発射する」とも述べた。

 この防衛庁の説明に対して、ラムズフェルド長官は会談では特に意見を述べなかったという。しかし、毎日新聞によれば、会談に同席したマイヤーズ統合参謀本部議長(当時は副議長)は「(その場合の防衛の対象に)在日米軍も含むことを忘れないで頂きたい」と述べた。同議長はミサイル防衛のエキスパートの1人、在日米軍司令官の経験もあって日本の防衛政策に詳しい。それだけに、この発言には含みが多いと思えるのだ。


・米側の不満表面化の可能性

   日本でよく引き合いに出されるたとえ話に、「日米両国の艦船が並んで航行している時、米艦が攻撃される。米艦はただちに反撃するが、日本艦は米艦を見捨ててすぐ現場を離れる」というのがある。米艦と一緒に反撃することは集団的自衛権になるため、日本艦は現場を離れるしかないという論理なのだ。米側にすれば、日本艦の行動は同盟国として誠に頼りないと映るだろう。マイヤーズ議長の発言は、日本がミサイル防衛を主体運用する場合、このような事態にならないようにと釘を刺したとも受け取れる。

 この他の問題でも、日本の主体運用の立場が貫けるか、疑問がある。ブッシュ政権はクリントン政権とは違い、NMDとTMDの2本建の計画を一本化し、運用も地球規模の一体化運用を目指している。情報収集や作戦指揮を一元化し、迎撃は相手のミサイル発射直後の上昇段階でまず複数回迎撃する、撃破できない場合、中間飛行段階で次の複数回迎撃、それでも撃破できない時は、突入段階で最後の複数回撃破を試みる。

 米国防総省ミサイル防衛局のカディッシュ局長は6月25日の記者会見で、各段階の迎撃のうち、相手のミサイルの速度が遅い上昇段階の迎撃を重視することや、その迎撃に大型航空機から発射するレーザー光線を使うこと、レーザー光線は将来宇宙基地から発射する計画で研究しているとも述べた。また、それにも拘わらず、相手のミサイルがこれらの迎撃網を突破して突入してきた場合、同局長は最後の手段として核の破壊力に頼る考えがあることを否定しなかった。

 この米側の地球規模の一体化運用と上昇段階の早期迎撃重視に対して、日本が中間飛行以降の迎撃に限定し、しかも米から分離して日本だけの主体運用が可能かどうか、疑問が残らざるをえない。日本が集団的自衛権にこだわって、主体運用の立場に固執すれば米側の不満はつのることになるだろう。 


・日本は配備以外の選択肢なし

 日本政府はまた、ミサイル防衛を共同研究していても、今後の開発と配備は切り離して考えると主張し、配備しない選択肢があるかのような立場をとっている。しかし、日本が日米安保条約を維持する限り、そのような選択は不可能と考えなければならない。この問題では、韓国の金大中政権が配備しないと一旦決めたあと、アメリカの圧力で撤回を余儀なくされた例が参考になる。

 同政権は発足1年後の1999年3月、当時の千容宅国防相がミサイル防衛不参加を表明、その後も同防衛と一線を画す政策を取り続けた。2001年2月には、金大中大統領がロシアのプーチン大統領とソウルで共同声明を発表、「ABM条約は戦略的安定の礎である」と述べて、ブッシュ大統領がミサイル防衛推進のため同条約の破棄を主張していることに反対した。金大中政権としては、こうした姿勢を取ることによって南北対話促進の環境整備を狙ったことは明らかだった。

 しかし、ブッシュ政権はこれを容認しなかった。国務省は韓国に対し、ロシアとの共同声明について説明を要求。1ヵ月後、訪米した金大中大統領はブッシュ大統領との共同声明で、「防衛と抑止の新しい対応が必要なことで合意した」と述べることになる。ミサイル防衛という言葉は使わなかったが、韓国が同防衛不参加の姿勢を転換したことは明らかだった。その後しばらくして、韓国の連合通信は国防総省がハワイ、アリューシャン列島など9箇所にミサイル防衛のレーダー基地を建設する計画を進め、その中に韓国も含まれると伝えた。

 この例からみて、日本も同防衛に参加する以外の選択肢はないと言えるだろう。参加しない場合に予想される米国との軋轢、日米同盟関係の混乱は日本の安全保障にとって好ましくないのは明らかだ。結局、日本は現在の共同研究に続いて、今後ミサイル防衛の開発にも協力し、さらに配備にも参加する以外に道はないだろう。その際、集団的自衛権の問題をどう処理するかが課題である。


・国際環境の変化と中国の出方

 ミサイル防衛については、少し前まで中国やロシアの他、同盟国のフランスなども反対や懸念を表明していた。現在の戦略的安定を崩壊させ、核の軍拡競争を再発させるという理由だった。しかし、2001年9月の同時多発テロ事件以降、この状況は大きく変わった。各国が対テロ戦争への協力を最優先し、ミサイル防衛の対立を棚上げしたからだ。

 この間、ブッシュ政権はロシアを説得してABM条約離脱、戦略核兵器削減の合意を実現、ミサイル防衛推進の布石を敷いた。ウオルフォビッツ国防副長官は6月27日議会の証言で、今後ヨーロッパとアジアに使節団を送り、ミサイル防衛への参加を呼びかけると述べた。世界の主要国の参加を実現し、史上初の共同防衛システムを構築しようとの野心的な構想が背景にあるのだ。しかし、現状はその段階に遠いことも事実である。

 ウオルフォビッツ副長官は上記の証言で、ロシアは核削減に続いて、ミサイル防衛参加にも協力的だと述べたが、中国については言及しなかった。ブッシュ政権としても、中国の出方については判断を控えている様子がうかがえる。ミサイル防衛の配備は、中国が現在増強中の核戦力を無力化しかねない。また、ミサイル防衛の傘が台湾にかかれば、統一にも影響する。中国が同防衛に神経を尖らせることは必至なのだ。


・日本も中国との調整が急務

 この状況のもとで、日本がミサイル防衛の配備に参加、集団的自衛権の行使にも踏み切れば、中国の反発は確実なのだ。外務省の幹部の間では「それは想像を絶するものになる」という見方が強い。

 しかし、日米安保条約のもとで、日本には配備に参加する以外の選択肢はない。その際、集団的自衛権の行使も迫られる。この問題で従来のように、ことばを操ってしのぐ方法はもはや通用しないだろう。むしろ、これを機会に安全保障に対する姿勢を明確にし、中国との関係を調整する正攻法の姿勢を取るしかない。ブッシュ政権がミサイル防衛に注ぐエネルギーを見ると、その時期は予想以上に早くやってくると思う。


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