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米朝枠組み合意の行方
持田直武 国際ニュース分析

2002年11月21日 持田直武

 日米韓3国は北朝鮮が核兵器開発を放棄しない場合、重油供給を 12月から停止することで合意。建設中の軽水炉原発も今後の北朝 鮮の出方次第で見直すことを決めた。ブッシュ大統領は金正日総書 記に対する嫌悪感を公然と表明。北朝鮮の体制崩壊も視野に入れて 対応策を打ち出す構えだ。


・最終目標は北朝鮮の体制崩壊

 ブッシュ大統領が北朝鮮に強い不信感を持っていることはよく知 られている。2001年3月米韓首脳会談で、金大中大統領が太陽 政策への支持を求めたのに対し、ブッシュ大統領は金正日総書記に は「疑念(Skepticism)」を持っていると発言。また今年の年頭教 書では、イラク、イランと並べて北朝鮮を「悪の枢軸」と非難した ことなどにそれは窺える。この時、ブッシュ大統領は北朝鮮が核兵 器開発を再開したとの情報を持っていたのだ。

 米情報機関が北朝鮮の核開発再開の兆候を掴んだのは2年前。 その後も情報は増え続け、去年夏には動かぬ証拠を入手したとい う。だが、ブッシュ政権はこれを表に出さなかった。「悪の枢軸」 の筆頭、イラクの大量破壊兵器に対する対応が第一の優先課題だっ たからだ。

 11月11日の朝日新聞によれば、米国の北朝鮮政策に詳しい キャンベル元国防次官補は同日、東京で朝日新聞記者と会見し、ブ ッシュ政権が北朝鮮問題を「イラク攻撃の準備のため先延ばしして いるが、最終的な目標は対イラク政策と同様、体制の改革ではな く、崩壊を目指すことになる」と述べた。ブッシュ政権はフセイン 打倒を目指しているが、それと同じ様に、北朝鮮の体制崩壊を視野 に入れているとの見方である。

 米議会上院のヘルムズ議員、下院のマーキー議員など共和民主 両党の5議員も10月30日、ブッシュ大統領に手紙を送り「同盟 国と協力して北朝鮮のスターリン主義的政権の変革を積極的に進め るべきだ」と要求した。米政権内だけでなく、議会にも北朝鮮の体 制変革が必要との主張が強まったことを示している。


・ブッシュ大統領は嫌悪感を隠さず

 ブッシュ大統領は8月20日、「ブッシュと戦争」の著者ボブ・ ウッドワード記者のインタービューに答え、金正日総書記に嫌悪感 を持っていると次のように述べた。「私は金正日を嫌悪している。 国民を飢えさせるような男には心底から腹がたつのだ」。国際政治 のリーダーがこのような感情的な発言をする是非はともかく、同様 の嫌悪感がブッシュ政権や議会内に高まっているのは間違いない。 北朝鮮が国際条約を守らず、国民が飢餓に瀕しているにもかかわら ず強大な軍事力を維持し、約束を破って核兵器開発を再開したとい う反感である。

  実は、北朝鮮の核開発問題は、1980年代末ブッシュ大統領の 父ブッシュ元大統領の時代からだ。同元大統領はこれを抑えるため に1992年、初めて北朝鮮政府を相手に米朝高官協議を始めたと いう経緯がある。同協議をクリントン政権が引き継ぎ、1994年 に枠組み合意を結んだ。北朝鮮が核兵器開発を放棄する代わりに、 日米韓などが軽水炉2基と重油年間50万トンを無償で提供すると いう約束がこの時成立する。

 しかし、共和党はこの枠組み合意が北朝鮮に譲歩しすぎていると クリントン政権を批判。ブッシュ大統領は就任すると直ちに北朝鮮 政策の再検討を指示した。この背景には、合意内容への不満だけで なく、すでに当時情報機関が入手した情報から、同大統領は北朝鮮 が核開発を再開、合意を破ったとの疑惑を持ったためだ。

 この疑惑は今年10月4日、北朝鮮自身が核開発を公然と認め たことで確認された。同時に、北朝鮮は「相手の侵略、脅威が現実 化しているもとで、我々が各種兵器を製造し、武装するのは当然」 (11月2日、北朝鮮外務省スポークスマン)などと開き直り、合 意違反を正当化して憚らない。こうした一連の北朝鮮当局の姿勢 が、ブッシュ政権や議会内にまともに相手にできないとの不信感を 一層つのらせた。


・重油供給停止は圧力の第一段階

 ブッシュ政権は重油の停止を11月分から実施する方針だった。 しかし、これを実施するには、11月14日ニューヨークで開催す るKEDO理事会で各国が承認する必要があった。このため、同政権 は同月の重油供給分4万トン余りを積んで北朝鮮に向かっていたタ ンカーを東シナ海で停止させる。理事会の承認後タンカーを引き返 させる積もりだったのだ。

  しかし、理事国の日本と韓国が11月分からの停止に反対。結 局、11月分の供給は続け、12月分からの停止で合意する。韓国 政府内には、来年1月まで供給を続けるべきだとの主張もあった。 朝鮮半島の厳しい冬に配慮しての要求だったが、これはブッシュ政 権が強く反対して抑えた。韓国の朝鮮日報紙は11月16日の社説 で、「北朝鮮に対する圧力措置の第一段階が発動された」と述べ、 供給停止が本格的な危機に発展しかねないとの見方を示した。

 米国が枠組み合意に基づいて供給する重油50万トンは、北朝鮮 の全エネルギー生産量の15%から20%に相当する。特に首都ピ ョンヤン周辺の発電に重点的に使われ、首都機能の維持には欠かせ ないという。米政権はこの供給を年10回に分け、4万トン余りず つ運んでいた。北朝鮮が軍用に転用するのを防ぐためだが、この結 果備蓄がなく、供給停止はただちに発電量の削減につながるとみら れる。厳冬下の民生に大打撃を与えるのは間違いない。


・圧力の第二段階は軽水炉建設の見直し

 KEDO理事会は11月14日の声明で、北朝鮮が「核開発計画を 完全に放棄する行動をとらなければ、その他のKEDOの事業も見直 されるだろう」と述べ、重油供給停止に続いて、軽水炉原発の建設 も北朝鮮の出方次第で見直すことを明らかにした。圧力措置の第二 段階の予告である。

 枠組み合意では、軽水炉1基を2003年までに提供、もう1基 をその後1年ないし2年以内に竣工するという約束だった。経費は 46億ドル。日朝国交正常化で、日本の経済協力資金は50億ド ル、ないし100億ドルと言われるが、その額に匹敵する巨大プロ ジェクトである。軽水炉経費は韓国が70%の32億ドル余りを負 担、日本は10億ドルの負担が決まっている。

 だが、この建設工事が大幅に遅れている。北朝鮮が軽水炉を韓国 型とすることに反対した他、工事にあたる北朝鮮労働者に対して高 額な賃金を要求、調整に手間取って着工が遅れ、今年夏ようやく基 礎工事のセメント注入まで進んだ。今後、順調に推移しても最初の 1基の完成は2007年、予定より4年は遅れる。工事の遅れで建 設費用がかさむ他、米政権の重油供給期間も長期化することになっ た。

 これに加えて査察の問題もある。枠組み合意では、軽水炉の原子 力関連部品の引渡し前、北朝鮮はIAEA(国際原子力機関)の完全 な査察を受けることが決まっている。IAEAは完全な査察には3− 4年が必要だとして今年初めから北朝鮮に実施を要求しているが、 北朝鮮はまだ回答していない。パウエル国務長官は2月13日、下 院歳出委員会の証言で「北朝鮮が査察を受けなければ軽水炉事業を 中断する」との方針を示した。

 米情報機関は北朝鮮が94年当時の核開発でプルトニウムを抽 出、これを材料にして核爆弾1−2個を製造、現在保有していると みている。それに今回のウラニウム濃縮による核開発の再開問題が 加わった。北朝鮮がIAEAの査察を拒み続ければ、軽水炉事業の中 断はもちろん、問題は国連安全保障理事会に移ってさらに強い圧力 がかかることになるだろう。


・外交手段による解決は可能か

 ブッシュ大統領は10月17日の声明で、北朝鮮の今回の核開発 問題を外交的手段で解決すること。そのため日米韓と中国、ロシア の5カ国で「共通の戦略」を立てるという方針を表明した。重油の 供給停止はこの方針に沿って実施されたものだ。しかし、このあと の対応についてはまだ決まっていない。イラクと同じように、政権 の打倒を目指すのかについても政権としての方針は出ていない。

 この点について、ブッシュ大統領は上記ウッドワード記者のイン タービューで次のように語っている。「私の周囲は北朝鮮に対して 急いで行動する必要はないと言う。経済的負担も膨大だと言うの だ。しかし、この男(金正日総書記)を倒さなければならないのだ としたら、誰がそれを実行するのか。私は周囲の意見には組みしな い。もし、君が自由を信じ、北朝鮮の人権状況を考えるなら、君も そうするだろう」。

 ブッシュ大統領が金正日政権の打倒が必要だと考えていることが この発言から読み取れる。3ヶ月前の発言だが、この考えは現在も 変っていないと思わなければならない。問題は、外交的手段だけで それを実行することが可能かどうかである。

 イラクの大量破壊兵器問題は、査察チームが作業を始めたが、ま だ予断を許さない。ブッシュ大統領はイラク側の今後の対応次第で 軍事行動の決断をすることになるだろう。北朝鮮問題の本格的な取 り組みはそのあとになる。今後も北朝鮮が核兵器開発の放棄に応ぜ ず、あくまでも抵抗した場合、外交手段だけで目的を達成できるの かどうかを問われることになる。


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