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北朝鮮の核危機(15) 北朝鮮は変わったのか
持田直武 国際ニュース分析

2003年11月4日 持田直武

北朝鮮がブッシュ政権の安全保証提案を考慮する姿勢をみせた。また、6カ国協議の継続にも原則的に合意した。北朝鮮の主張の実現に肯定的に作用するならという条件付だが、ワシントン・ポストなど米主要紙は大きな方向転換と伝えた。北朝鮮は本当に変わったのだろうか。


・北朝鮮の主張の基本は、8月の6カ国協議の立場と同じ

 北朝鮮は今回ブッシュ大統領が提示した「安全の保証」文書化案と6カ国協議に対して肯定的な意思表示をした。その主張を要約すると次のようになる。

・安全の保証文書化案について。
 「バンコクのAPEC首脳会議の際、ブッシュ大統領は我が国に対する不可侵を書面で保証する提案に言及した。この提案が同時行動原則に基づく一括妥結方式を実現するのに肯定的に作用するなら考慮する用意がある。真意を確認するため米側と接触している」(朝鮮中央通信が10月25日伝えた外務省スポークスマンの発言)

・6カ国協議について。
 「我々は中国と核問題を討議しながら、6カ国協議が同時行動原則に基づく一括妥結方式の実現の過程になるとすれば、今後同協議に応じる用意があることを表明した。双方は6カ国協議の過程を続けていくことで原則的に同意した」(朝鮮中央通信30日、中国の呉邦国全人代常務委員長と北朝鮮側の会談に関連して報道)

 この北朝鮮の姿勢には、確かに一歩踏み出すかのようなニュアンスがある。しかし、それは「同時行動原則に基づく一括妥結方式の実現に肯定的に作用するなら」という条件付だ。この条件を検討することが、今回の北朝鮮の姿勢が「大きな転換」なのかどうかを知る上で不可欠である。実は、この条件は8月に北京で開催された6カ国協議で北朝鮮が核問題解決の基本的立場の柱としてすでに主張していた。


・北朝鮮の基本的立場

 北京で開催された6カ国協議が終了した8月29日、朝鮮中央通信は北朝鮮が同協議で展開した主張と協議の評価を伝え、その中で「一括妥結方式」と「同時行動原則」について次のように説明した。

核問題解決のための一括妥結方式とは、
米国の行動 
・朝米不可侵条約を締結する 
・朝米外交関係を樹立する 
・朝日、南北の経済協力実現を保証する 
・軽水炉提供の遅延による電力損失を補償し、軽水炉を完工する。

北朝鮮の行動
・核兵器を作らず、その査察を許容する 
・核施設を究極的に解体する 
・ミサイル試験発射を保留し輸出を中止する

また、同時行動原則については、同通信は次のように述べている。
1、米国が重油提供を再開、食料支援を拡大する。同時に北朝鮮は核計画放棄を宣言する。
2、米国が不可侵条約を締結し、電力損失を補償する。同時に北朝鮮は核施設と核物質を凍結し、査察を許容する。
3、朝米、朝日外交関係を樹立する。同時に北朝鮮はミサイル問題を妥結する。
4、軽水炉完工の時点で、北朝鮮は核施設を解体する。
 以上が、一括妥結方式と同時行動原則についての北朝鮮側の説明である。米朝間で核関連の問題を一括して解決すること、米朝双方が懸案を一つずつ同時進行で行動して解決して行くという方式である。しかし、これは、まず北朝鮮が核開発を完全放棄し、枠組み合意前の状態に戻すことが先決というブッシュ政権の主張と真っ向から対立することは言うまでもない。


・ブッシュ政権は核完全放棄が先決との姿勢を変えず

 北朝鮮が今回一括妥結方式と同時行動原則を持ち出したのは、ブッシュ大統領が「安全保障の文書化案」をAPEC首脳会議で表明したのがきっかけだった。しかし、ホワイトハウスのマクレラン報道官は10月30日の会見で、一括妥結方式や同時行動原則には応じない立場を明確にした。同報道官は「同時行動原則は、北朝鮮が協議の初期の段階で示した案だが、我々の側にも色々な案があり、次の協議で我々の提案を出す」と述べた。

 マクレラン報道官は詳しい説明をしなかったが、この「我々の提案」が「安全保証の文書化案」を指すことは明らかだった。この文書化案については、ニューヨーク・タイムズが26日ブッシュ政権の基本的な考え方を伝えている。それによれば、米国は北朝鮮に対して、文書で安全保証を約束するが、この約束は北朝鮮が次のような3つの条件を満たしたあと初めて発効するという。

 1、北朝鮮が核開発計画を完全に放棄する
 2、核物質を海外に移送する 
 3、北朝鮮国内の自由な査察を認める

 北朝鮮の主張する同時行動原則は、北朝鮮が核放棄を宣言すると同時に米側が重油供給を再開、食料支援拡大などを実施することだが、米側の主張は核開発放棄の完了後に米側の行動が始まることになる。ブッシュ政権が、94年の枠組み合意を破った北朝鮮がまず核放棄をすることが先決という姿勢を依然変えていないことがわかる。


・周囲の状況は北朝鮮締め付けに動く

 北朝鮮も米ブッシュ政権も基本的立場ではまったく変わっていない。朝日新聞は10月30日、北朝鮮が不可侵条約の要求撤回と報じたが、韓国政府はただちに「報道はあやまりで、北朝鮮は安全保障政策を変えていない」と反論した。北朝鮮を取り巻く周囲の状況は次第に厳しさを増し、同国が態度を硬化させても不思議ではない動きのほうが多いのだ。

 ブッシュ大統領はAPECに出席したあと、オーストラリアに向かう機中で記者団に「金正日総書記は国民の希望を悲惨な飢餓の中に投げ捨て省みない失敗した指導者で到底受け容れられない」と語った。米議会などには、「安全保証の文書化」が独裁者を保護する結果になるとの批判がある。大統領の発言はこれに答え「文書化」がただちに同総書記の保護を意味しないとの示唆と受け止められている。

 ワシントンでは、韓国に亡命した黄長Y元北朝鮮労働党書記が10月27日からブッシュ政権幹部や議会指導者と会談している。保守系のウオール・ストリート・ジャーナルは27日、「米韓両国の一部活動家が同氏に対し、訪米中に亡命政府の樹立を宣言するよう勧めている」と伝えた。同氏は記者会見の場などで再三にわたってそのような計画はないと否定した。しかし、一部の支持者は金正日総書記が除去されたあと、北朝鮮の新指導者として同氏を支持している。

 8月の6カ国協議の開催は、中国が北朝鮮に圧力を加えた結果だった。今回、北朝鮮が協議継続に原則的に同意したのも、呉邦国委員長が訪朝して説得した結果である。中央日報の文日鉉元北京特派員は11月4日付け世界週報への寄稿文で、「中国はどんな代価を払っても北朝鮮の核保有を認めないとの断固とした決意をしている」と書いている。そのためには、予防的な軍事侵攻を検討しているとの説も流布しているという。

 北朝鮮と米国の主張の差は依然として大きい。ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズなど米主要紙は北朝鮮が「大きな方向転換をした」と伝えたが、これまでのところ基本姿勢が変わった兆候はない。しかし、今後も北朝鮮が従来のままの姿勢で核開発を続けられるとも思えない。どこかで変化を余儀なくされることは確かで、問題はそれが波乱なく済むかどうかだろう。

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