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北朝鮮の核危機(2) ブッシュ政権の対応
持田直武 国際ニュース分析

2003年1月23日 持田直武

ブッシュ政権の対北朝鮮包括協定構想の輪郭が明らかになった。核開発放棄の他、通常兵力削減の要求などもあり、アメばかりではない。一方、北朝鮮は不可侵条約の締結に固執、主張は平行線だ。また、米構想には建設中の軽水炉原発を破棄、火力発電に変更する内容もあり、日本の対応も必要になる。


・強硬派の主張を反映した包括協定構想

 同構想は、1月13日のケリー国務次官補の記者会見、14日のブッシュ大統領の会見、17日のアーミテージ国務副長官の会見、これらの発言でその輪郭が明らかになった。全容は公開されていないが、明らかになった限りでは、政権内強硬派の主張が強く出ている。要点は次のようになる。

1、不可侵条約は拒否。
ただし代案として、大統領や国務長官が北朝鮮に敵意は持たず、侵略もしないと発言した内容を文書化する。

2、枠組み合意破棄、新協定締結。
 枠組み合意ではプルトニウム施設の破棄だけだが、新協定は高濃縮ウラン施設と大量破壊兵器の破棄、通常兵力削減なども対象とする。

3、軽水炉を火力発電に変更
 枠組み合意で約束した軽水炉原発建設を破棄、火力発電に代えることをKEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)理事会に提案する。

4、大胆な支援イニシャティブ
 米国はじめ各国が政府、または民間レベルでエネルギーや食糧支援に協力する。

5、北朝鮮との交渉
 北朝鮮が核開発を検証可能な方法で破棄したあと、米国は交渉に応じる。それまで接触は事務レベルの対話に限定する。


・北朝鮮にはアメよりもムチが多い提案

 このブッシュ政権の構想に対して、北朝鮮はまだ公式な回答をしていない。しかし、これまでの反応は否定的だ。ブッシュ大統領が「大胆な支援イニシャティブをとる用意がある」と表明した翌日の15日、北朝鮮外務省は声明を発表、「米国が声高に叫ぶ食糧、エネルギー支援は絵空事であり、欺瞞にすぎない」と述べて、相手にしないとの態度を示した。

 また、21日の労働新聞の社説は「ブッシュ政権がわれわれを攻撃する意図を持たないなら、なぜそれを法的拘束力のある文書にできないのか」と述べ、「核問題はわれわれの安全を法的に保障する不可侵条約を結ぶことによってのみ解決できる」との従来からの主張を繰り返した。

 北朝鮮は02年10月、今回の核危機が表面化して以来、この「不可侵条約の締結によってのみ核問題を解決できる」との主張を繰り返してきた。不可侵条約はいわば、解決の大前提だ。しかし、ブッシュ政権はそれを拒否、代わりに、より拘束力の弱い宣言や声明を文書化するとの提案であり、北朝鮮には不満なのだ。

 また、枠組み合意についても、従来のプルトニウム施設の破棄だけでなく、高濃縮ウラン施設破棄や大量破壊兵器禁止、通常兵力削減なども対象に入れ、新協定にするとの主張だ。21日の労働新聞はこれについて、「ブッシュ政権が北朝鮮を核危機を起こした犯人として、武装解除しようとしている」と反発している。包括協定構想は、北朝鮮にとってはアメよりはムチのほうがはるかに多い内容ということになる。


・クリントン政権時代の確執も背景

 アーミテージ国務副長官は17日、ワシントンの日本人記者団に包括協定構想を説明した時、「米議会が不可侵条約を承認する可能性はない」と述べ、同条約を拒否する理由の一つにあげた。共和党を中心とする議会内の保守派は、北朝鮮の独裁体制を嫌悪し、クリントン政権が北朝鮮と枠組み合意を結んだ時にも北朝鮮に甘いと強く反対。このため同政権は議会の承認が必要な条約とせず、単なる政府間の合意とした経緯がある。

 ブッシュ大統領はじめ同政権内には、今も枠組み合意に不満を抱く強硬派が多く、彼らにとって今度の核危機は同合意の破棄か、改定の好機なのだ。同時に、彼らにとって不可侵条約締結など問題外でもある。ブッシュ大統領も02年8月、ワシントン・ポスト記者のインタービューに答え、金正日総書記が国民を飢えさせているとして「心底から腹がたつ」と嫌悪感をあからさまにしたことがある。その総書記の政権を不可侵条約で保障することは、同大統領にはできない相談なのだ。

 また、こうした政治的背景からだけでなく、技術的な面からも、枠組み合意の改定を要求する意見は提起されていた。軽水炉のような大型原発を供与しても、北朝鮮にはその電力を送電する高圧配電網がないこと、原発技術者も不足していること、また万一の事故に備える国際条約に未加盟であることなどが理由だ。このため軽水炉より、安価で建設が早く、需要の多い地域に近接して建設できる火力発電のほうが適当との意見が出されていた。今回の核危機によってこの主張が表舞台に出たとも言える。


・日本にも影響が出る軽水炉問題

 包括協定構想は1月17日、日本を訪れたモリアティ国家安全保障会議アジア上級部長が日本政府関係者に説明した。福田官房長官の反応は「一概に評価は言えない」だった。日本が深くかかわる軽水炉建設の中止問題は影響が大きいからだ。

 枠組み合意では、軽水炉2基(出力計200万KW)を提供し、その費用46億ドルのうち韓国が32億ドル余り、日本10億ドルを負担する約束で、日本はこのうち3億2千万ドルをすでに支払った。建設は03年までに最初の1基、その後2年以内に2基目を竣工する計画だったが、作業が遅れ、1基目の完成が07年以後になる他、建設費用もかさむことが確実となった。このため、建設が容易な火力発電に代えるべきだとの主張が勢いを増したことも事実だった。

 建設中止はKEDO理事会が決めるが、問題は北朝鮮が応じるかどうかだ。また、軽水炉の本体を製作中の韓国の意向も無視できない。日本も大手電気メーカー3社が発電部分などプロジェクトの中枢部分にかかわる部分を製作中だ。建設中止の場合、これら日韓の関係各社への補償問題が出ることも間違いない。

 これらの費用に加え、新たに建設する火力発電所の建設費も含め、その分担をどうするかも今後の課題だ。軽水炉原発は日本と韓国が経費のほとんどを負担し、当時のクリントン政権は年間50万トンの重油の提供分だけを負担した。今回、ブッシュ政権が多くを負担しようとしても、米議会が認めない公算が大きく、結局、日本と韓国がほとんどを負担することになりそうだ。


・外交優先だが、強制措置も視野に

 今度の核危機では、日米韓3国に加え、中国、ロシアが問題解決のために大きな役割を演じている。特に、ロシアはプーチン大統領の特使、ロシュコフ外務次官が1月20日、平壌で金正日総書記と6時間にわたって会談。朝鮮半島の非核化、北朝鮮の安全保障、エネルギーや食料支援の3点について、米朝間の調停を試みている。

 ブッシュ大統領は10月、今回の核危機が表面化した際、日米韓中ロの5カ国と共通の戦略を立て、外交手段で問題を解決するとの方針を打ち出した。その後、5カ国は朝鮮半島の非核化を推進する点で足並みを揃えた。関係国の利害が衝突してきた朝鮮半島でこのような各国の共同歩調は異例で、この面ではブッシュ外交の得点だった。

 しかし、非核化を実現する手段では、各国の意見は一致していない。当の北朝鮮は米朝の交渉を主張し、中韓もこれに近い。一方、米ロは国連安保理に問題を持ち出したい。特にブッシュ政権は北朝鮮が核開発放棄に応じない場合、安保理を動かして経済制裁も辞さない構えだ。

 また、CNNによれば、マイヤーズ統合参謀本部議長は1月15日、軍部が対北朝鮮作戦を検討しているとの情報について質問され、「軍はあらゆる可能性に備えて作戦計画を立てる」と述べ、軍事行動をあえて否定しなかった。北朝鮮が核放棄に応じない場合、最後の手段として軍事行動も捨てていないことを示しているとみてよいだろう。

(3) 調停役に転じた韓国へ


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