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イラク攻撃、ブッシュ・ドクトリンの発動
持田直武 国際ニュース分析

2003年3月26日 持田直武

ブッシュ大統領が「敵が攻撃するまで待つ従来の戦略は自殺行為」と述べ、フセイン大統領を標的に国連決議なしの先制攻撃をかけた。ブッシュ・ドクトリンの発動である。チェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官らが組織した新保守派のシンク・タンク「米国の新世紀プロジェクト(PNAC)」が過去6年間かけて練り上げた安全保障戦略がその背景にある。


・米国にとって国連は単なる親睦団体

 ブッシュ大統領は3月18日のテレビ演説で、イラク攻撃の理由を説明した。「国連決議なし」に「先制攻撃」をする理由だ。そして、同大統領は「国連決議なし」の攻撃については「安保理が責任を果たせないので、われわれが立ち上がるのだ」と主張。また、「先制攻撃」については、テロ組織や無法者国家が大量破壊兵器を持つ時代に「敵が攻撃するのを待ってから反撃するという従来の戦略は自殺行為」と主張した。ブッシュ・ドクトリンが国連や国際法をどう見ているかをよく示している。

 同ドクトリンと国連、国際法の関連について、ドクトリンの生みの親PNAC(米国の新世紀プロジェクト)のケーガン理事は02年9月13日のワシントン・ポストに掲載した論文でくわしく説明している。同論文は、ブッシュ大統領が国連総会でイラクに対する安保理決議を呼びかけた翌日掲載されたが、これを読むとケーガン理事がその時点で、ブッシュ政権が国連決議なしで攻撃に踏み切ると予想していたことがわかる。

 同理事は、その理由として決議に対する米国とヨーロッパ諸国の認識の違いを指摘している。米国は安保理決議があれば協力する国が増えて負担が減るというプラグマティックな考えだが、ヨーロッパ諸国の多くは決議を国際法秩序形成のための目標、あるいは必須条件と考えている。その結果、イラクが危険というブッシュ政権の主張が正しいとわかっても、ヨーロッパ諸国は国連決議なしの攻撃に反対するというのだ。

 ケーガン理事はまた、米国人は国連が権威を持つ機関とは考えず、せいぜい親睦団体程度に評価するだけだと言う。国際協調派と言われるパウエル国務長官、あるいはクリントン政権のオルブライト元国務長官の国連観も同じだという。米国人は国連が米国の立場を補強する決議をすれば歓迎するが、そうでなければ無視すると主張。安保理がブッシュ政権の立場を補強する決議をしなければ、同政権は見切りをつけて攻撃に踏み切るとの見方を示したのだ。


・現政権幹部がブッシュ・ドクトリンを形成

 このブッシュ・ドクトリンの一連の安保戦略は1997年6月、クエール元副大統領の首席補佐官ウイリアム・クリストル氏が議長になってPNACを組織し、その後6年間かけて練り上げた。これに加わったのは、チェイニー現副大統領、ラムズフェルド現国防長官、ウオルフォビッツ現国防副長官、パール現国防諮問委員長など、ブッシュ現政権の安全保障政策を支える共和党実力者たちである。

 PNAC創立の際の活動方針は、1)強力な軍事力、2)米国の価値観を海外に広める外交力、3)米国の国際的リーダーシップを推進する政治力、これら3つの強化のため活動することだった。そして、創立半年後の98年1月、ラムズフェルド現国防長官はじめ18人がクリントン大統領宛てに公開書簡を送り、同政権の「イラク封じ込め政策」を生ぬるいと批判、「フセイン政権打倒」を政策目標にするよう要求した。フセイン政権打倒の目標はこの時いらいの宿願なのだ。

 このほかの基本方針は00年9月、PNACが「米国の防衛再建」と題する報告書を発表した際、次のような項目をあげていた。国防予算の大幅増額、中東や中央アジアに米軍基地の建設、反米政権の打倒、米国の利益と両立しない国際条約の破棄、世界のエネルギー資源の支配、宇宙の軍事利用、サイバースペースの支配、核兵器の実戦使用。これがブッシュ政権の政策方針に取り入れられていることはよく知られている。

 また、ブッシュ・ドクトリンという呼称は02年1月30日、PNACのシュミット共同議長とドナリー主筆がオピニオン・リーダー宛てのメモランダムの中で使い、一般に広まった。その前日、ブッシュ大統領はイラク、イラン、北朝鮮を「悪の枢軸」と糾弾する一般教書演説をしたが、同メモランダムはこれを取り上げ、この演説の中にはブッシュ・ドクトリンの3つの基本原則が含まれていると解説したのだ。


・ブッシュ・ドクトリンの3つの基本原則

同メモランダムによれば、一般教書に含まれた同ドクトリンの3つの基本原則とは次のようなものだ。

1、米国が世界の安全保障のリーダーシップを掌握すること
 ブッシュ大統領は一般教書で「米国の敵は全世界を戦場とし、核,生物,化学兵器で脅威を与えている。彼らを追い詰め、粉砕するため先制攻撃も辞さない」と述べたが、この部分にその決意が表明されているという。

2、体制の変革
 また、同大統領はならず者国家イラク、イラン、北朝鮮を「悪の枢軸」と糾弾、テロ戦争の対象にすることも明らかにした。これは、これら諸国の体制変革を意味するという説明である。

3、自由と民主主義の原理の推進
 同大統領はまた「世界のいかなる国も、自由と法秩序、正義の要求に答えなければならない」と述べているが、これは米国の政治理念を世界に広める決意の表明だという。特に、イスラム諸国はその対象だというのだ。

このほか、メモランダムはブッシュ・ドクトリンの特徴として、クリントン政権の国際協調主義ではない、国連に求めることはしない、軍縮を信頼しない、平和プロセスに期待しない、など一連のノーイズムであると解説。また、ブッシュ(父)大統領が支持したバランス・オブ・パワーの現実主義でもない。ただひたすら、米国の軍事力を強化し、米国の政治理念を広めることによって、世界の平和と安全保障が達成され、維持できるという考えなのだと説明している。


・マケインの敗北で、ブッシュにお鉢が回る

 2000年の大統領選挙では、PNACはマケイン上院議員をかついだ。同議員は祖父も父親も海軍の将官という軍人一家出身、ベトナム戦争で6年間の捕虜生活を耐えた英雄、政界の一匹狼というイメージがPNAC幹部を惹きつけたのだ。しかし、同議員は予備選挙でブッシュに敗北した。この時点で、PNACは帽子をブッシュに取り換える。そして、2001年1月のブッシュ政権発足で、PNACの有力メンバーが揃って政権入りをすることになる。

 ブッシュはPNACのいわば輸入候補で、選挙戦では謙虚な外交手法(Humble Approach)を唱えるなど、PNACとは肌合いに違いがあった。しかし、大統領就任後は、PNAC理念の忠実な実践者に変身する。就任時の公約のトップがミサイル防衛の推進、そのために必要ならABM条約の破棄を約束。続いて地球温暖化防止の京都議定書から離脱。包括的核実験禁止条約の死文化容認。生物兵器禁止条約の議定書にも反対。ニューヨーク・タイムズが「ブッシュ大統領は第二次世界大戦後の米外交を象徴する条約と国際協調の精神を蔑視している」と書いたほどだった。

 ブッシュ政権の背後で、PNACが影響力を拡大していたことがわかる。そして、01年9月11日の同時多発テロ事件が起きると、PNACの役割はさらに重みを増した。ブッシュ大統領がフセイン政権打倒を外交の再優先課題にしたからだ。「イラクがテロ組織に大量破壊兵器を渡しかねない」というPNACの主張が政権内のコンセンサスとなったのである。同時に、中東や中央アジアに米軍基地建設、エネルギー資源の支配を視野にイラクの戦後復興、中東諸国の民主化計画など、PNACの主張が次々に政権の方針に取り入れられた。


・ブッシュ・ドクトリンの集大成「新国家安全保障戦略」

 ブッシュ・ドクトリンは02年9月、ホワイトハウスが議会に提出した「米国の安全保障戦略」に集大成されている。その主な項目は次のようなものだ。

・米国の行動の指針
 自由と正義の側に立ち、人間の尊厳の擁護者として、テロリストや独裁者と戦い、世界の平和を守る。

・世界安全保障のリーダーシップを掌握
 17世紀の民族国家誕生いらい初めて世界の主要国がテロを共通の敵として団結した。米国はこの団結を基礎に世界の安全保障推進のリーダーシップを掌握する。

・先制攻撃戦略の採用
 従来の国際法は、相手国が陸海空軍などを動員し、攻撃準備を始め、危険が迫った場合、先制攻撃が許されたが、テロリストやならず者国家にはこれは当てはまらない。  彼らに対しては、彼らの目的、攻撃する能力、危険の度合いから判断して、先制攻撃を加える。

・核兵器の実戦使用
 冷戦時代、米ソは核を使用すれば、報復攻撃を受けて双方が壊滅するとの共通認識を持ち、核使用を自粛した。この共通認識をテロリストやならず者国家に期待することはできない。

 新国家安全保障戦略は核使用についてこれ以上の言及はさけているが、国防総省が02年1月議会に提出した「核戦略見直し報告」は生物、化学兵器を貯蔵する地下施設を破壊するため小型核兵器を開発するべきだと提案。実戦使用の対象が小型核兵器であることを示唆している。


・イラク攻撃が成功すれば、次は北朝鮮か

ブッシュ・ドクトリンの発動は、今回のイラク攻撃が最初である。先制攻撃をして、 フセイン政権を転覆、そのあと米軍の駐留下でイラク社会に民主主義、市場経済を導入、石油利権の再調整をするという同ドクトリンに沿ったプログラムが組まれている。ブッシュ大統領は3月24日、議会の指導者に対して、このための追加予算750億ドルの支出を要請した。

 その内訳は、戦闘が30日続くと見て直接戦費620億ドル余り、戦後復興の費用17億ドル、人道支援5億ドルなどだ。だが、この戦費の負担をはじめ問題も多い。戦闘が長引いた場合、戦費が増えると予測されるほか、戦後復興も17億ドルでは済まないのは明らかなのだ。3月16日のニューヨーク・タイムズによれば、ブッシュ政権幹部は戦後復興の費用は同盟国からの貢献に期待しているという。しかし、この米国主導の戦後復興計画にフランスが再び反対、安保理の対立が再現しかねないのだ。

 イギリスのブレアー首相は3月21日のEU首脳会議で米英が中心になって戦後復興を推進し、これを国連安保理が承認するという提案をした。これに対して、シラク大統領が強い不満を表明、拒否権行使を示唆している。米英両国が戦後復興の主導権を握れば、フランスの石油利権が保証されなくなると恐れているのだ。このため、フランスは国連主導の戦後復興を主張、ロシア、中国などイラクに石油利権を持つ他の諸国と手を結ぶ動きを見せている。

 しかし、ブッシュ政権は国連決議なしでイラク攻撃を実行したように、復興計画も反対を無視して進めるだろう。ブッシュ・ドクトリンは、米国が唯一の超大国となり、テロ組織が敵として登場、一方で破産国家が大量破壊兵器を持つ、という時代を背景に生まれた。その目指すところは世界の安全保障の指導権を掌握することだが、同時に同ドクトリンには米建国いらいの孤立主義の伝統も流れている。フランスの反対を無視し、国連決議なしで、独自の行動に固執するのはそのあらわれである。

 そして、ブッシュ政権はイラク問題が一段落すれば、次は「悪の枢軸」の残りの国、北朝鮮、イランに対してブッシュ・ドクトリンを発動する。日本や韓国が反対しても、それを止めることはできない。米国の判断を至上とし、それを貫くのが同ドクトリンの真髄なのである。


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