メインページへ戻る

イラク攻撃、ブッシュ大統領の正念場
持田直武 国際ニュース分析

2003年3月12日 持田直武

国連安保理がイラク攻撃をめぐって分裂した。ブッシュ大統領が安保理決議なしで攻撃に踏み切れば、国連の権威失墜は決定的となる。仏独との溝が深まり、NATOの結束にひびが入りかねない。問題はそれだけではない。戦費で米財政赤字は膨張、景気は低迷し、影響が世界に波及することは避けられない。同大統領がねらい通りフセイン政権を倒しても、それで帳尻が合うのかを問われることになる。


・独仏の動きの背景に拡大EUを背負う意識

 国連安保理がイラク攻撃容認決議を可決する見通しがたたない。仏独中ロが反対、中でもフランスが拒否権の行使を示唆し、米英の攻撃に待ったをかけた。米英と独仏というNATOの同盟国同士が安保理内で対立したのだ。ブッシュ大統領は3月6日の記者会見で、安保理決議いかんにかかわらず攻撃に踏み切ると断言したが、それをすれば、国連の権威は失墜し、NATOの結束にもひびが入ることは避けられない。

 米英スペイン3国が3月7日提出した攻撃容認決議案は、賛成が提案国3国とブルガリアのわずか4カ国。一方、反対は仏独中ロ、それにシリアの計5カ国。安保理15カ国のうち、態度未定の残り6カ国は常任理事国が妥協案をまとめるよう求めて模様眺めの姿勢をとった。このため両陣営がこの6カ国の支持獲得を争い、激しい多数派工作を展開している。

 しかも、この工作は国連の場で展開されただけではない。フランスのドビルパン外相はこれら態度未定国のうち、ギニア、アンゴラなどアフリカの非常任理事国3カ国を訪問して説得にあたった。キッシンジャー元国務長官はCNNに対して、これには「ショックを受けた」と語った。NATOが結成されて以来50年、「同盟内部の内輪の論争」はあったが、このように第三国を味方に引き込んで安保理で対決することはなかったからだ。

 仏独両国は武力容認決議で対立する前、トルコ共同防衛計画をめぐっても米英と激しく対立した。米国が結成以来握ってきたNATO同盟のリーダーシップに対して反旗を翻す動きだった。この両国の動きは、今年4月EUが25カ国に拡大、GDP9兆ドルに達して、米国に匹敵する巨大経済圏になることと無縁ではない。フランスが安保理でドイツと緊密に提携し、外相がアフリカ諸国にまで出かけて多数派工作をするのも、拡大EUを意識した動きと見てよいだろう。


・最悪のシナリオという米国内の批判

 この状況を招いたブッシュ政権に対して、米国内からは厳しい批判が出た。ニューヨーク・タイムズは3月6日の社説で、この状況を「最悪のシナリオ」と述べ、ブッシュ政権を厳しく批判した。同社説は、「国連安保理の分裂は一時的なつまずきではなく、集団安全保障体制のメカニズムを決定的な破綻に導くもの」と危機感を表明。「この最悪の事態は、ブッシュ大統領と政権幹部が尊大な態度で各国に接し、国際条約を軽視したため起きた」とブッシュ政権の単独行動主義に原因があると述べた。

 また、カーター元大統領は3月9日ニューヨーク・タイムズに寄稿し、「ブッシュ政権のイラク攻撃の疑問」として次のように指摘した。1、査察という手段が残っているのに、最後の手段であるべき武力行使に踏み切ること。2、米国の安全が直接脅かされていないのに武力行使をすること。3、安保理決議1441は大量破壊兵器の放棄を求めているのに、ブッシュ政権はフセイン政権の打倒を目標にしていること。

 カーター元大統領はこのように指摘した上で、武力行使を正当化するには、行使の結果、より平和な状態が生まれることが必要だが、イラクではその保証がないと次のように述べた。「米軍の軍事行動のあと、平和と民主主義が訪れるという見方もあるが、逆に混乱で地域は不安定になる確率も高い。また、テロ組織が米本土を狙って活動することも考えられる。武力行使に世界が反発し、米国もいら立つ結果、国連など世界平和の維持活動が阻害される危険がある」

 一方米議会では、民主党指導部がイラク政策批判とともに、「ブッシュ政権がイラク攻撃を重視し、北朝鮮の核開発問題を軽視している」との批判を強めている。3月5日には、オルブライト前国務長官、ペリー元国防長官などクリントン政権の幹部が民主党の政策諮問会議を結成して記者会見し、「ブッシュ政権がイラク攻撃に神経をとられている間に、北朝鮮が核爆弾用のプルトニウムを抽出し、これを中東諸国やテロ組織に売りかねない」と主張した。

 議会内では、ブッシュ政権がイラク問題では国連決議なしでも軍事行動に踏み切ると主張し、一方北朝鮮の核開発では国連を含めた多国間協議を主張していることに疑問を持つ議員も多い。与党共和党の有力者ルーガー上院外交委員長は3月6日、「北朝鮮の核開発は米国の安全にとって重大な脅威」と述べ、同政権は「北朝鮮が壊滅的な事態を引き起こす錯誤に陥らないよう、直接対話を開始するべきだ」と主張した。ブッシュ政権に対し、与党共和党内からも注文が出たのである。


・かさむ戦費で連邦予算は大幅赤字に転落

 もう1つの問題は、イラク攻撃が経済に与える影響である。戦費がかさむことは確実で、この結果連邦予算が大幅な赤字になることが必至だ。ブッシュ大統領は3月6日の記者会見で、これについて質問され、「適当な時期に議会に補正予算を要請する」とだけ答えた。実は去年9月、リンゼー大統領顧問がウオールストリート・ジャーナル紙に対して、直接戦費と後始末の費用が1,000―2,000億ドルとの試算を洩らして大統領の不興を買い辞任。それ以来、この問題に触れることはブッシュ政権内ではタブー視されていた。

 その後、民主党が議会予算局の試算に基づいて独自の予測をし、リンゼー元顧問が出したのとほぼ同じ推定値を出した。それによれば、派遣兵力12万5千から25万人、戦闘期間1ヶ月から2ヶ月の場合、直接戦費は480−930億ドル。この他、戦後も米軍部隊2万人を5年間駐留させ、民生再建にあたるとすれば、総額は1,000億から2,000億ドルになるという。12年前の湾岸戦争は、兵力50万余り、戦闘期間が42日で直接戦費は610億ドルという推計だったが、これをはるかに上回ることは間違いない。

 また、湾岸戦争では、日本が戦費130億ドルを分担したのを始め、各国から合計540億ドルの分担金が寄せられた。しかし、今回米英が国連安保理の決議なしに開戦すれば分担はほとんど望めないだろう。この結果、ブッシュ政権は今年度だけでも1,000億ドルを超える追加予算を組む必要があり、連邦予算赤字はこれを加え4,000億ドルと史上最高額に膨らむことになる。


・再選を賭けたブッシュ大統領の長い正念場

 しかも、経済に与える影響はこれだけではすまない。すでに石油は、指標銘柄の米国産標準油種(WTI)4月渡し物が7日、37.78ドルと湾岸戦争以来12年ぶりの高値をつけた。戦争に突入すれば、各国が備蓄を放出するが、一時的には40−50ドルを窺う展開になることも予想される。米経済が株価の下落、消費者心理の冷え込みなどで低迷している時、これら悪材料の追加で、低迷がさらに深刻化する恐れがある。

 ワシントン・ポストとABC放送の3月3日の共同世論調査では、米国民のブッシュ大統領支持率は62%と依然高い。国連安保理の決議なしでイラク攻撃に踏み切ることについても、59%が支持している。イラク攻撃が短期間で終わり、ねらい通りフセイン政権を倒せば、同大統領の支持率はさらに伸びるだろう。同大統領はこれを背景に来年の再選戦略を立てるに違いない。

 だが、問題は今後の経済の動向だ。父親のブッシュ元大統領は湾岸戦争後、90%の高支持率だったが、翌年の選挙では落選した。湾岸戦争が終わった91年、経済は低迷して成長率マイナス1.2%。これがたたって南部小州の民主党知事クリントンに敗れたのだ。予備選挙が始まる来年2月までにイラク問題、北朝鮮の核危機の双方に解決の見通しをつけ、国内景気を回復基調に乗せることができるか、ブッシュ大統領にとっては長い正念場が続くと言わなければならない。


掲載、引用の場合は持田直武までご連絡下さい。


持田直武 国際ニュース分析・メインページへ

Copyright (C) 2003 Naotake MOCHIDA, All rights reserved.