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イラク戦争とフセイン大統領の行方
持田直武 国際ニュース分析

2003年4月8日 持田直武

イラク攻撃が最終局面を迎えている。ブッシュ政権が掲げた目標の1つ、フセイン政権の打倒は達成されそうだ。だが、もう1つの目標、大量破壊兵器を見つけ、破棄する見通しはまだたたない。今後、米軍が発見しなければ、同兵器はないと主張したフセイン大統領が正しいことになり、先制攻撃を加えた理由がなくなる。


・謎が深まるフセイン大統領の行方

 バグダッド市街に迫る米軍に挑戦するかのように、フセイン大統領がテレビに登場している。4月4日には、同大統領は空爆下の市内に出て、市民を激励した。それも中継という説明付きだった。その夜、同大統領はスタジオから「ジハード(聖戦)」を呼びかけた。この中で、同大統領は米軍ヘリコプターを撃墜した農民を賞賛した。フセイン大統領は生きている、少なくともイラク国民には生きて健在なのだ。

 この前日、米国防総省当局者はCNNに対して「開戦後のフセイン大統領の映像はすべて開戦前の録画」という専門家の結論を明らかにした。「同大統領は開戦時の米軍の空爆で死亡、または重傷」というブッシュ政権内の推測に沿った結論だ。しかし、4日の映像では、市内に立つ同大統領の背後に開戦後の黒煙が見える。また、同大統領はジハードを呼びかける放送の中で、開戦後の米軍ヘリコプター撃墜に触れている。AP通信は、ブッシュ政権当局者がこれを見て「開戦後の映像のようだ」と語ったと伝えた。替え玉説もあるが、同時に死亡、重傷説にも疑問が生まれたことを示している。

 一方、ホワイトハウスのフライシャー報道官は「テレビに出た男が、フセインであろうが、なかろうが問題ではない。彼の政権はもう終わりだ」と強気だ。だが、米軍にとって、フセイン大統領がいると、いないでは違うはずだ。バグダッド市民は「フセインは死んだ」と聞けば、進攻する米軍に協力できるが、健在ならそれは難しいだろう。たとえ替え玉でも、テレビが放送している間は、米軍も死亡を声高に叫ぶことはできない。 イラク側が大統領健在の放送を流すねらいはそこにある。


・米軍は大量破壊兵器を発見できるか

 フライシャー報道官が言うように、フセイン大統領がいても、いなくても同政権の終わりは確実となった。ブッシュ政権のイラク攻撃目標の1つ、フセイン打倒は達成できる。しかし、もう一つの目標、イラクの大量破壊兵器破棄はまだ見通しがたたない。イラク軍が今後の攻撃で生物、化学兵器を使えば、イラクが保有を自ら証明することになる。しかし、使わなかった場合、ブッシュ政権が見つけだし、その存在を証明しなければならないのだ。

 これ関連して、国連査察団のブリクス委員長は4月4日、ストックホルムで開かれたセミナーで講演し、「イラクは大量破壊兵器を持っていても、それを使わないだろう」という見解を明らかにした。その理由について、同委員長は「使えば、イラクは保有について嘘をついていたことになり、米英軍の攻撃を正当化することになる。世界各地で戦争批判の動きが高まっている時、イラクは攻撃を正当化するようなことはしないだろう」と述べた。

 ブリクス委員長は02年11月から米英軍がイラク攻撃を開始する直前まで4ヶ月にわたって、査察チーム200人余りを指揮し、イラク全土で生物、化学兵器を探したが、発見できなかった。イラク政府は91年に大量破壊兵器を破棄したと主張、批判もあったが、国連査察にも協力する姿勢を示した。同委員長はこうした経緯を説明したあと、「米英軍は20万人の軍隊、640億ドルの予算を持っている。もし、イラクが大量破壊兵器を隠しているなら、米軍が発見することを希望する」というコメントを付け加えた。


・ブッシュ政権は先制攻撃の正当性の証明が必要

 ラムズフェルド国防長官はイラク攻撃開始直後の3月21日、米軍の作戦目標として次の8項目をあげた。1、フセイン政権打倒。2、大量破壊兵器の発見、破棄。3、同兵器の国際拡散ルート摘発、4、テロリストの捜索、逮捕。5、テロの国際ネットワーク摘発。6、人道支援。7、石油資源の安全確保。8、民主的政府樹立。

 1のフセイン政権打倒のあと、2から5までの4項目、つまり全目標の半分が大量破壊兵器とテロの摘発、および追跡の作戦になる。ブッシュ政権がこの目標達成にエネルギーを割くのは、この成否如何でイラクに先制攻撃を加えた正当性が問われるからだ。米軍が大量破壊兵器を発見できず、フセイン政権とテロ組織の関係も掴めなければ、イラク攻撃の理由がなくなるのである。

 先制攻撃については、ブッシュ政権は02年9月に議会に提出した「国家安全保障戦略」で、テロ組織やならず者国家に対しては「彼らが米国を攻撃する意図を持ち、攻撃の能力を持ち、危険の度合いが高いと判断した段階で、先制攻撃を加える」と規定した。いわゆるブッシュ・ドクトリンの予防的先制攻撃である。従来の国際法の「相手国が陸軍、海軍、空軍などを動員して攻撃準備をはじめ、危険が迫った場合に先制攻撃が許される」という規定を大幅に変更したものだ。

 今回のイラク攻撃では、ブッシュ政権は02年10月のCIAの報告をもとに「イラクが生物、化学兵器の製造を加速している」と主張、政権幹部は「時間がたてばたつほど危険になる」と強調してきた。そして、それを阻止するうえで、「国連は責任を果たせないので、米国が立ち上がる」と主張して、先制攻撃を加えた。従って、ブッシュ政権が大量破壊兵器を発見することは、イラク攻撃の正当性を国際社会に示すうえで必須の条件なのだ。


・フセイン政権とテロ組織の関係解明も必要

 ブッシュ政権のもう一つの課題はフセイン政権がテロ組織をかくまい、訓練の場を与えているという、同政権のこれまでの主張を証明することだ。ライス大統領補佐官は02年9月25日、PBSテレビに出演して、フセイン政権がアル・カイダのメンバーに隠れ家を提供、化学兵器の開発を支援していたなどと述べた。そして、「フセイン大統領が9・11同時多発テロ事件の作戦指揮に加わっていた疑いがあり、この事実は解明し次第公表する」と約束した。

 しかし、その後、ライス補佐官も、他のブッシュ政権関係者もこれについては何も明らかにしていない。当時、ブッシュ政権は議会からイラク攻撃容認決議を取り付けるため説得工作を展開していた時であり、同補佐官の発言は議会が賛成多数で決議を可決するうえで大きな力になった。フセイン政権は大量破壊兵器を持っていたとしても、それだけでは米国の脅威にはならない。しかし、テロ組織に渡る恐れがあれば、米国への脅威として米議会が武力行使容認決議をする理由になるからだ。

 米軍がイラク攻撃に踏み切ってから20日足らず、まだ大量破壊兵器やテロ関連で新たな発見をする時ではないかもしれない。しかし、米カーネギー財団のウオルフスタール氏は4月7日のインターナショナル・ヘラルド・トリビューンへの寄稿文で、米軍が大量破壊兵器を発見しても、しなくても、国際社会はブッシュ政権のイラク攻撃の真意を疑うようになると次のように論じている。

 米軍が情報機関の情報に基づいて大量破壊兵器を簡単に見つけ出せば、国際社会はなぜブッシュ政権がその情報を国連査察チームに渡し、査察チームが発見するようにしなかったのかと批判するだろう。また、米軍が発見する量が少量なら、なぜブッシュ政権が脅威と主張したのか、批判されるだけでなく、米軍が持ち込んで偽装したという疑いも出る。また、もし米軍が発見できなければ、その批判は想像を絶するものになる。いずれにしても、ブッシュ政権がイラクを攻撃した真のねらいは大量破壊兵器ではなかったのではないか、という疑問を生むというのだ。


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