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北朝鮮の核危機(11) 盧大統領の変心
持田直武 国際ニュース分析

2003年5月26日 持田直武

米韓首脳会談で、盧武鉉大統領が従来の対北柔軟路線を変えた。共同声明で「脅威が増せば追加的措置を考慮する」と明記。続いて小泉・ブッシュ会談も、「挑発をエスカレートさせれば、より強い措置を取る」、また「核とともに麻薬の拡散阻止」でも合意。北朝鮮を資金面からも追い詰める態勢になった。


・韓国の路線変更がより強い措置への道を開く

 ブッシュ・盧武鉉両大統領が5月14日発表した共同声明は次の2つの点で注目すべき内容になった。1つは、「脅威が増せば、追加的措置の検討に留意」すると明記したこと。もう1つは、盧武鉉大統領が「将来の南北交流は核問題の成り行きに連携させて進める」との方針を表明したことだ。2つとも、韓国が日米に歩調を合わせ、金大中前政権以来の対北柔軟政策を捨てることに通じるからだ。

 続いて23日の小泉・ブッシュ会談も、「北朝鮮が挑発をエスカレートさせれば、より強い措置を取る」ことで合意。同時に「核兵器だけでなく、麻薬の密輸」など北朝鮮の違法行為を阻止するため対策を強化することでも意見が一致した。当面、平和解決を目指す交渉と麻薬など黒い資金の締め上げを同時に進め、効果がなければさらに経済制裁などの強制措置を実施するとのシナリオができたのだ。

 この日米韓の動きに、北朝鮮は今のところ意外なほど低姿勢だ。5月20日から平壌で開催された南北経済協力推進委員会で、北朝鮮の朴昌蓮代表は米韓共同声明に触れ、「韓国が対決に進むなら計り知れない惨事に遭う」と非難した。ところが、韓国側が強く抗議すると、北朝鮮側は韓国が了解するまで釈明。少し前なら決裂してもおかしくない状況だったが、北朝鮮側はそれを避けて会議を続行した。

 韓国側は北朝鮮の釈明を謝罪したのと同じとみて、予定どおり6月中に南北間の鉄道の連結などに合意。北朝鮮が要求していたコメ40万トンの支援も約束した。また韓国は同会議で、米朝中3カ国協議に韓国と日本を加えることを要求したが、北朝鮮外務省は24日、この要求に条件付きながら応じる意向を表明した。この北朝鮮の姿勢には、日本や韓国からの経済支援をねらった苦しい台所事情が反映しているとみてよいだろう。


・より強い措置の実施には国連決議が必要

 ブッシュ大統領が日韓両首脳と合意した「追加的措置」、あるいは「より強い措置」の内容は明らかではない。しかし、5月19日のニューヨーク・タイムズはブッシュ政権内には交渉失敗の場合の措置として、次のような3つの計画があると伝えた。1、ミサイル積載の疑いのある北朝鮮船舶の航行阻止。2、麻薬類、偽ドル札、核爆弾用プルトニウムなどの積荷の輸送を阻止。3、中国を説得し、同国が北朝鮮に供与している石油を停止。

 このうち3は、ラムズフェルド国防長官が提案している措置で、同長官が政権幹部に配布したメモによれば、人道支援の食糧を供与する以外、一切の物資の北朝鮮搬入を阻止し、金正日政権を崩壊に導くという。ブッシュ・盧武鉉会談の共同声明でも、人道支援については北朝鮮の国民に物資が確実に配布されることを条件に認めることで意見が一致していた。韓国が南北経済協力推進委員会でコメ40万トンの支援を約束したのはこの合意に沿った措置という位置付けになる。

 しかし、これらの強制措置の実施には、国連安保理の決議が必要になる。平時に公海で、米軍が独断で北朝鮮船舶を停止させ、積荷を臨検するのは国際法に違反するからだ。このため当面は、米朝中3カ国の協議、あるいはこれに日韓を交えた5カ国協議を続け、交渉で核問題を解決する努力を続けることが重要になる。北朝鮮が日韓の交渉参加を認める意向を示したことで、この可能性は一層強まったといえる。

 しかし、ニューヨーク・タイムズによれば、ブッシュ政権内部には、交渉をどのような形式にしても、北朝鮮が話し合いだけで核開発を放棄するのは疑問という意見が根強いという。そこで、交渉を続ける一方で、北朝鮮の麻薬密輸などによる黒い資金源を断ち、経済的に締め付けることによって、交渉を側面から援護する計画が浮上した。小泉・ブッシュ会談で、ブッシュ大統領が「麻薬密輸の阻止」を主張し、小泉首相がこれに同意した背景には、このような事情があった。


・影響力が大きい黒い資金源を断つ措置

 北朝鮮は経済が崩壊状態となり、必要な外貨は密輸やミサイル輸出に大きく依存していることは半ば常識と言ってよい。ソウルの在韓米軍司令部によれば、北朝鮮が01年に密輸した麻薬は約5億ドル、ミサイル関連の輸出は5億8,000万ドル、また偽造したドル札は1,500万ドルから2,000万ドルに上ったという。北朝鮮の必要な外貨の60%以上がこのような黒い資金でまかなわれているという見方もある。

 亡命した北朝鮮政府元高官や技師が5月20日、米議会上院政府活動委員会の小委員会で証言したところによれば、麻薬密輸は1976年から国家事業として始まったという。政府の指示で麻薬の原料になるケシを栽培、ヘロインに精製して日本、台湾、ロシアなどに密輸。日本は特に重要なマーケットだった。また、こうして調達した黒い資金でミサイルの部品などを調達。関係した技師の証言によれば、部品の90%は日本で調達し、貨客船万景峰号で定期的に北朝鮮に運んで組み立てたという。

 国務省のバッチ麻薬問題担当部長も同小委員会で証言し、1976年から現在まで20カ国以上で、北朝鮮政府関係者がからんだ密輸事件50件余りが摘発されたと述べた。主要な密輸品として麻薬、覚せい剤のほか、象牙、たばこなどもある。また、外交官が偽ドル札を大量に銀行に預金しようとして捕まった例もあった。最近では、オーストラリア政府が4月16日に摘発した北朝鮮貨物船ポン・ス号による50キロの大量麻薬密輸事件が大きな関心を集めた。同政府の発表では、この船には北朝鮮外交官が乗り組み、取引を指揮していたとみられるという。

 ブッシュ大統領は5月3日、オーストラリアのハワード首相と会談したが、ニューヨーク・タイムズによれば、会談のほとんどはこの北朝鮮の麻薬密輸問題に割かれた。議会が公聴会を開催して北朝鮮の麻薬問題を集中審議したのも、この事件が契機になっている。一方、日本でもこの公聴会の証言が伝わり、政府が万景峰号に対する監視をさらに強化せざるをえなくなる。国際社会が北朝鮮を監視する眼も厳しくなった。

 6月早々のエビアン・サミットで、各国は問題の平和解決を支持する見通しだが、同時にこれら黒い資金を断つ措置が各国で進行するのも間違いない。北朝鮮のような特殊な経済環境の国では、この国際社会の動きの影響を過小評価すべきではないだろう。

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