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北朝鮮の核危機(9) 外交解決の表と裏
持田直武 国際ニュース分析

2003年5月1日 持田直武

北朝鮮の核保有宣言が米朝中3カ国協議の歯車を狂わせた。ブッシュ政権内に強硬派が台頭、協議再開は難しくなった。中国も外交解決を強調するが、国内には政策再検討の主張もある。この状況下、米中が連携して北朝鮮の体制変革を目指すというラムズフェルド提案が現実味を帯びている。


・北朝鮮の提案は「馬鹿げていて受け入れ不可能」

 4月23日からの米朝中3カ国協議で、北朝鮮側がおこなった発言の要点は3つある。1つは核爆弾の保有。2は使用済み核燃料棒8,000本の再処理。3は核問題の解決案提示だ。このうち核爆弾については、北朝鮮はすでに1−2個を保有しているというのが、米情報機関の推定だった。今回の保有発言はこれを裏付けたことになる。

 もう1つの使用済み燃料棒の再処理については、米側は真偽を疑っている。確かに、北朝鮮は今年1月から2月にかけて燃料棒を再処理施設に入れた。このあと再処理して核兵器用プルトニウムを抽出するのかと、ブッシュ政権は警戒していた。しかし、米情報機関によれば、北朝鮮が再処理をした形跡はないという。同政権内部の強硬派は、北朝鮮が空手形を切って取引の材料にしていると反発している。

 3の核問題の解決案は、まだ全容が明らかになっていない。しかし、米中の関係者の説明を総合すると、北朝鮮の提案は次のようになる。まず、米側への要求として、北朝鮮敵視政策の中止、体制の保証、重油供給再開、食糧支援、軽水炉建設継続などだ。一方、北朝鮮側は査察受け入れ、ミサイル発射実験凍結、同輸出中止などを段階的に実施し、最後に核開発の廃棄をするという。

 4月29日のニューヨーク・タイムズによれば、ブッシュ政権内の大勢は「この提案はまったく馬鹿げていて受け入れは不可能と考えている」という。同紙はまた政権当局者の1人が、北朝鮮の核保有発言を聞いて「失望と怒りを感じた」と語ったと伝えた。ブッシュ大統領も24日、核保有発言が伝わったあとNBCテレビで「脅しには屈しない」と強調したが、これは政権内のこのような雰囲気を反映したものだった。


・米中連携で北朝鮮の体制変革の現実味

 ブッシュ政権が反発した最大の理由は、北朝鮮が援助などを受け取ったあとの最後の段階で核廃棄を行うと位置付けたことにある。ブッシュ政権はもともと、「北朝鮮が検証可能な方法で核開発を廃棄するまで対話には応じない」と主張してきた。しかし、ブッシュ大統領はこの条件を落として今回の米朝中3カ国協議に応じた。パウエル国務長官や議会上院のルーガー外交委員長が対話を主張し、中国が仲介役として積極的に動いたことなどを考慮したのである。いわば、ブッシュ大統領の譲歩だが、北朝鮮はこれに付け込む形で、核廃棄を最後に位置付けたという反発がブッシュ政権内に広がったのだ。

 ホワイとハウスのフライシャー報道官は25日、「検証可能な方法で核開発を廃棄させ、再開させない」と強調。また、「北朝鮮は不埒な行為をし、これを止める条件として代償を要求するのが常道だが、我々はそれには決して応じない」と述べた。ブッシュ政権が政権内に高まる反発を背景にして、対話に対する姿勢を元の強硬な立場に戻したことを示したものだ。

 このようにブッシュ政権は強硬論に戻ったが、外交手段で問題を解決するという基本方針までは変えていない。ただ、この外交手段にも硬軟さまざまな手法があり、北朝鮮の核保有発言以後の状況を背景に、外交にも強硬派の主張が色濃く反映することになるのは間違いない。中でも、現実味を帯びているのが、ラムズフェルド国防長官が提案している米中連携しての北朝鮮の体制変革である。

 4月20日のニューヨーク・タイムズによれば、同長官は「米中が連携して、金正日総書記の政権を変える」という極秘メモを作成、ブッシュ政権幹部の検討を求めたという。メモ作成には、国防総省高官たちが参加、ブッシュ大統領が3カ国協議に応じるとの決断をする数日前、関係者に配付した。国務省が金正日政権を説得して核廃棄の実現を目指す方針であるのに対し、国防総省は同政権を倒して目標を達成しようとする正反対の方針と言うことができる。

 20日のニューヨーク・タイムズは、ブッシュ政権幹部の多くがこの「米中連携の可能性」に否定的だと伝えた。しかし、北朝鮮の核保有発言のあと、状況は明らかに変化した。フライシャー報道官は25日、「北朝鮮の核開発を望まないのは、米中とも同じ」と強調、「今回の北朝鮮の核保有発言に対して、中国がどう反応するか注視している」と述べた。ラムズフェルド提言のような形で、連携が実現するかどうかは別にして、ブッシュ政権が米中連携に大きな期待を寄せていることがわかる発言である。


・中国内にも北朝鮮の体制変革を求める声

 ワシントン・ポストは4月26日、中国政府に近い北京の国際問題専門家が「北朝鮮の核保有発言は中国政府にはショックだった」と語ったことを伝えている。中国はかねてから朝鮮半島の非核化を主張、そのために今回3者協議の仲介をした。ところが、その席で北朝鮮が米代表にだけ核保有を伝え、解決は米朝2国間で話し合うと主張したのである。中国政府が面子をつぶされたことは明らかだった。

 この北京の専門家によれば、中国政府に意見を言う立場の多くの専門家が最近政府に対して「北朝鮮に対する強い支持を止め、体制変革を主張するべきだ」と提言しているという。だが、中国政府はまだ従来からの立場を変えていない。しかし、このままでは北朝鮮が核武装し、中国の安全保障の脅威となる。かといって、体制変革に動けば、北朝鮮は混乱して、大量の難民が中国に流入し、中国東北部の混乱になりかねない。中国は次にどんな手を打つべきか、ジレンマに陥っているのだ。

 ブッシュ大統領は26日、胡錦涛国家主席に電話、核問題の解決方法をめぐって協議した。新華社によれば、3カ国協議を継続し、外交ルートを通じて問題を解決することで合意したという。両者の電話会談は2度目だが、北朝鮮の核保有発言のあとだけに関心を呼んだ。前日には、米の企業向け情報専門社ニールセンが「北朝鮮内部で核問題をめぐって内紛の兆し」というニューズレターを配信した影響もあった。

 この情報によれば、北朝鮮では、故金日成主席の路線に忠実な老革命世代と若手世代が対立、政情不安が高まる兆しがあるという。若手は体制保証と引き換えに核開発を放棄する案を支持している。しかし、老世代はかつての「ソウル火の海」発言のような過激な考えを変えない。米中両国の情報機関はこの動きをすでに捕捉し、注意深く追っているというのだ。こうした北朝鮮内の動きも、ブッシュ政権の方針決定の重要な要因となっていることも間違いない。


・中国経由の秘密脱北作戦も実施中

 それと同時に、ブッシュ政権が北朝鮮国内の動きを注視するだけでなく、積極的に関与していることも最近秘密ではなくなった。4月中旬、オーストラリアの新聞オーストラリアンなどが連続して報道した「イタチ作戦(Operation Weasel)」はそのよい例である。ブッシュ政権が部外の情報専門家と世界11カ国の協力を得て、北朝鮮の核科学者と軍の幹部20人余りを脱北させ、亡命させた秘密作戦である。

 それによれば、作戦の中心はブッシュ政権の外郭で活動している情報専門家たちが立案。ブッシュ政権の暗黙の承認と、シンクタンクなどを経由した資金を得て去年初めから活動を開始した。目標は北朝鮮の核開発に参加している科学者と軍幹部を亡命させ、情報を取ることだった。このためにスペイン、ニュージーランド、ナウルなど11カ国の協力も密かに確保。昨年10月頃から目指す人物20人余りの亡命を実現させた。中には、北朝鮮の核開発の父と呼ばれている長老科学者も含まれているという。

 この作戦にあたって、実行グループは目指す人物をまず中国東北部に脱北させ、そこから協力国の外交官の便宜供与を受け、国外に脱出した。ブッシュ政権はじめ協力した各国は公式には関与を否定している。しかし、この作戦に関係したナウルの弁護士ギャグナー氏は「ブッシュ政権はナウルが協力する見返りとして、ワシントンにナウル総領事館、北京に大使館を建設する資金の提供を約束した」と述べている。

 もう1つの問題は中国の反応である。作戦は脱北者を中国政府に無断で海外に移送するなど、明らかに中国の主権を侵害している。しかし、中国政府はオーストラリアの新聞が大きく報道したあとも、特にこの件ついての反応は示していない。中国が暗黙裡に協力したとも思えないが、この件がラムズフェルド国防長官提言の米中連携の体制変革に現実味を与えているのは間違いない。

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