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インドネシア連続テロの背景
持田直武 国際ニュース分析

2003年8月17日 持田直武

ジャカルタのホテル爆破がテロ組織ジェマー・イスラミアの犯行だった。東南アジアにイスラム教の統一国家建設を掲げ、国際テロ組織アル・カイダと連携。昨年10月のバリ島の爆破事件に次ぐ無差別テロだ。事件後、同組織の大物ハンバリ容疑者がタイで逮捕された。介入を深める米情報機関、これに反発するテロ組織。東南アジアにあらたな騒乱の眼ができた。


・アル・カイダ幹部が爆破計画を立案

 ジャカルタの米系マリオット・ホテルが爆破されたのが8月5日未明。正面玄関に乗りつけた車が爆発、死者12名、負傷100人余。ホテル正面は大破、下層階の窓ガラスは粉みじんに吹き飛んだ。そのホテル5階の部屋で、車を運転していた男の頭部が見つかった。別件で投獄中のジェマー・イスラミアのメンバー2人がこの頭部の写真を見て、仲間のアスマル(28)と確認した。

 事件から4日後、アラブ系インターネット・メディアに「事件はアル・カイダの幹部アイマン・ザワヒリが立案した作戦の1つ」と主張する犯行声明が届いた。ザワヒリはアル・カイダ内ではリーダーのビン・ラディンに次ぐナンバー2。エジプト生まれの医師で、ビン・ラディンの侍医。娘がビン・ラディンの息子と結婚し姻戚でもある。2人はアフガニスタンとパキスタンの国境地帯に潜伏、ジェマー・イスラミアをはじめ傘下の組織に指示を出しているという。

 米CNNによれば、犯行声明は「穢れた米国やオーストラリアがインドネシアに進出、イスラムの信仰が傷ついた。爆破は、彼らとインドネシアの同盟者に加えた死の一撃である」と主張している。さらに「米は拘束しているイスラム教徒を釈放し、イスラムに対する攻撃を止め、イスラムの土地から撤退しなければ、攻撃を今後も続ける」と警告。マリオット・ホテルを狙ったのは、「イスラム戦士を取り調べいる米CIA要員が同ホテルに泊まっているからだ」と述べている。

 ジェマー・イスラミアの不審な動きは警察も探知していた。7月11日には、メンバーの1人、イフワヌジン容疑者を逮捕して、警察署に連行。しかし、同容疑者は尋問の途中、警察官の銃を奪ってトイレに立てこもり自殺した。警察は同容疑者所持のメモから、ロケット弾11発、TNT火薬4箱、銃弾2万発などを発見。同組織が去年10月のバリ島爆破事件に次ぐ、新たなテロを計画していることを察知した。しかし、標的がマリオット・ホテルとまでは分からなかったのだ。


・次の標的はタイのAPEC首脳会議だった?

 だが、爆破事件のあと、タイ警察がジェマー・イスラミアの実行部隊のリーダー、通称ハンバリを逮捕する。この逮捕がいかに大きな意味を持つかは、ブッシュ大統領が「テロ組織の大物を我々は手中にした」と異例の声明を出したことでもわかる。関係者はこれ以上の説明をしていないが、CNNによれば、爆破から1週間後の8月12日、タイ警察と米情報機関が協力して彼をアユタヤで逮捕、米政府が身柄を引き取って取り調べにあたるという。

 ハンバリはインドネシア生まれで本名リドアン・イサムディン(39)。1980年代半ば、アフガニスタンに渡ってソ連軍とのゲリラ戦に参加、アル・カイダ・グループと共に戦って協力関係を培った。最近は、アル・カイダではただ1人の非アラブ人幹部として、ジェマー・イスラミアや、フィリピンのアブ・サヤフなど東南アジアのイスラム系テロ組織を動かす立場だった。その立場で去年10月、202人の死者を出したバリ島爆破事件、今回のマリオット・ホテル爆破にも関係したとみられていた。

 また、米情報機関によれば、ハンバリは01年の9・11事件のあと、航空機の操縦士や自爆テロの志願者を探していたこと、今年初めアフガニスタンでアル・カイダ関係者から多額の現金を受け取っていたことなどがわかっていた。そして、今回彼がこの現金を持ってタイに潜入したことなどから、次のテロ計画としてバンコクで10月20から開催されるAPEC首脳会議を狙っていたのではないかとの見方が強まった。

 ハンバリの逮捕で彼らが計画していた多くのテロ計画が未然に防げるのではないかとの期待もある。しかし、ジェマー・イスラミアは地域ごとに独立したテロ細胞の連合体であり、ハンバリを逮捕しても細胞は影響を受けずに活動するとの見方も強い。インドネシア警察によれば、ジェマー・イスラミア傘下にはマリオット・ホテルの爆破実行犯アスマルのような自爆志願の活動家15−20人で構成するラスカール・クホスと呼ばれる特殊部隊があり、今後ハンバリの奪回をねらって行動を起こす懸念もある。


・東南アジアにイスラム教の統一国家樹立が目標

 ジェマー・イスラミアは1992―93年、インドネシアのアブバクル・バーシルと故アブドラ・スンカルがマレーシアで結成した。目標はインドネシア、マレーシア、フィリピンに広がる東南アジアのイスラム社会を統合し、イスラム教の教義に基づく統一国家を建設することという。インドネシア初代大統領スカルノが独立にあたって政教分離の世俗国家を選択したことに反対し、反乱を続けたダルル・イスラムの運動を継承している。

 この反乱は62年鎮圧されたが、残存勢力が地下活動を継続、バーシルはその思想面の指導者だった。しかし、70年代以降、スハルト政権がASEAN(東南アジア諸国連合)構想を推進するにあたって、この思想を危険視し、バーシルを投獄。彼は釈放後の85年マレーシアに亡命。そこで若者を集め、ダルル・イスラムの思想を説く塾を開き、ジェマー・イスラミアの基礎を作った。この頃からハンバリが加わったようだ。そして、スハルト政権崩壊後の99年、彼らは帰国、表面はイスラム教の寄宿学校を装って若者を集め、組織拡大をはかった。

 その存在が表面化するのは01年12月、アフガニスタンに進攻した米軍がアル・カイダの隠れ家でビデオテープを発見したのがきっかけだった。アマチュア撮影のビデオがシンガポールに入港した米艦船、市内の米軍施設、米英イスラエル大使館などを映し出し、爆破する場所や爆破時間が書き込んであった。テロ計画を撮影したものであることは一目瞭然だった。米情報機関とシンガポール警察が協力し、関係者13人を逮捕。彼らの自供からジェマー・イスラミアの組織と活動がわかってきた。

 インドネシア警察の調べでは、アル・カイダがジェマー・イスラミアの活動資金のほとんどを提供。また、活動家の多くはアフガニスタンとパキスタンにあるアル・カイダの施設やフィリピン南部のモロ・イスラム解放戦線の施設で訓練を受けた経験がある。そして、95年マニラ訪問中の法王暗殺未遂事件をはじめ、同年の米旅客機12機の同時ハイジャック未遂事件など、その後東南アジア各地で起きた大規模なテロ事件のほとんどに組織として関係したと疑われている。


・深まる米国の介入、反発を強めるテロ組織

 バーシルはシンガポールのテロ計画が発覚したあと在宅起訴され、8月12日懲役15年を求刑された。罪状は00年にインドネシア各地で起きた教会爆破事件や99年と01年の2回にわたってメガワチ大統領(当時は副大統領)の暗殺計画に参画したことなどだった。バーシルには、マレーシア、シンガポール両国も逮捕状を出し、両国内で起きたテロ事件について追求している。

 一方、米ブッシュ政権もジェマー・イスラミアが9・11事件の実行犯2人を事件前の00年1月マレーシアに招いて同組織関係者と会議を開いた件を追及している。この会議には、ハンバリも出席し、彼のアパートが会議場になった。また、9・11事件でただ1人起訴されたモロッコ生まれのムサウイ被告も同年暮れ、2度にわたってマレーシアを訪問、ジェマー・イスラミア関係者と会った疑いがある。

 ブッシュ政権はテロ戦争の一環として、マレーシアはじめ各国に対し、これら9・11事件関連の捜査協力を要請、米情報機関員を派遣している。今回のハンバリの逮捕も、米情報機関員がインドネシアのハンバリの立ち回り先を監視し、タイからかかった電話を逆探知したのがきっかけだった。そして、タイ警察と協力し、彼がアユタヤのイスラム教住民の集落に妻と潜伏しているところを逮捕した。東南アジア諸国のテロ戦争が、テロ組織と米情報機関の対決になっていることがわかる。

 東南アジア諸国はシンガポールなどの例外を除き、治安維持の能力は低い。インドネシアは特にその面で不安がある。ブッシュ政権はそれを警戒し、さまざまな形で介入を強めている。しかし、マリオット・ホテル事件の犯行声明を見るまでもなく、テロ組織はその米の姿勢に反発、次の攻撃の理由にする。バリ事件、マリオット事件、ハンバリ逮捕、これら一連の出来事がまた次のテロを呼ぶと思わざるをえないのだ。


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