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イラク情勢悪化、テロ組織が集結しベトナム化の恐れ
持田直武 国際ニュース分析

2003年8月25日 持田直武

国連事務所の爆破は、イラク情勢が新局面に直面したことを示している。イスラム諸国の過激派が潜入、バグダッドが対テロ戦争の主戦場になったのだ。サウジアラビアからは3,000人がイラク入りしたという。戦後復興計画の見直しは必至。秩序回復に手間取れば、ベトナム化という最悪のシナリオになりかねない。


・国連事務所爆破犯の背後に国際テロ組織の影

 米占領軍のアビザイド司令官は8月21日の記者会見で、「テロが戦後復興の最大の脅威となった」と述べた。米占領軍の作戦がフセイン政権の残存勢力一掃から、イスラム過激派のテロ阻止に変わったことを認めたものだ。同司令官によれば、イラク北部のテロ組織アンサール・イスラムがバグダッドに潜入したほか、イスラム諸国の過激派がシリア経由で、バグダッド、ラマディ、チクリトの3都市に集まった。このうち、アンサール・イスラムは国際テロ組織アル・カイダと関係を持つテロ集団で、戦争中はイランに逃れ、最近イラクに戻ったという。

 CNNによれば、米政府のテロ担当官は、イラクがテロの「磁場」となり、アル・カイダはじめイスラム諸国の過激派を引きつけていると見ている。ロンドン在住のサウジアラビア反体制派アル・ファタキ博士は、サウジアラビアから過激派3,000人余りが最近イラク入りしたと述べた。米占領行政当局のブレマー長官も米軍が拘束する不審者の中にスーダン、イエメン、シリアの身分証明を持つ者が増えたことを認めている。1980年代、アフガニスタンに進攻したソ連軍と戦うため、イスラム諸国から義勇兵が殺到した時の状況に似ていると、ファタキ博士は言うのだ。

 バグダッドでは、8月7日ヨルダン大使館爆破、16日石油パイプライン爆破、17日水道本管破壊、19日国連事務所爆破とテロ事件が連続して起きた。これまでのような米兵を狙う攻撃とは違う無差別テロである。国連事務所爆破は、第2ムハンマド軍武装前衛部隊という組織が犯行声明を出した。使われた爆弾とトラックは旧ソ連製、車両番号からこのトラックは戦争終結後シリア経由でイラク入りしたとの見方が強まった。国連事務所の警備員の多くがフセイン政権の情報機関と関係があったこともわかり、国際テロ組織が彼らの手引きで爆破を実行した疑いもある。


・問われるブッシュ政権の基本戦略

 ブッシュ大統領は20日、休暇先のテキサスとワシントン、バグダッドを衛星回線で結び、緊急の国家安全保障会議を開いた。ブッシュ政権が厳しい状況に直面したことは明らかだった。国連事務所爆破と同じ日、エルサレムでは、ハマスの自爆テロが起きた。イラクの戦後復興、同時にパレスチナ和平達成という同政権の基本戦略が危機に直面したのだ。態勢建て直しのため、各国に軍隊派遣や戦後復興への協力を求めることが必要だが、国連では米英主導か、国連主導かというイラク戦争開始以来の対立が根強く残り、見通しは明るいとは言えない。

 パウエル国務長官は21日、国連本部でアナン事務総長と会談、ブッシュ政権が考えている新決議案の内容を説明した。ニューヨーク・タイムズによれば、その要点は次のようなものという。1、イラク戦後復興のため、各国に軍隊派遣と経済支援を求める。2、国連代表の権限を強化する。3、米英が政治、財政、治安維持の権限を持つ。つまり、各国の軍隊派遣と復興援助を求めるが、権限は米英がこれまで通り握り、国連主導は認めないという内容なのだ。

 この米案に対し、フランスのデュクロ国連大使は安保理で、米英だけが権限を握ることにまず反対し、「各国がイラク復興の負担を分担するには、情報と権限も分担する必要がある」と述べた。また、同大使は「初めから国際協力の態勢を築いていれば、現在のような混乱は起きなかった」と批判、「国連査察団をイラクに戻すべきだ」とも主張した。米英軍が大量破壊兵器を発見していないのに、国際テロ組織がイラクに侵入し、大量破壊兵器を手に入れる危険があるというのだ。

 この対立に対し、アナン事務総長が22日の記者会見で次のような妥協案を出した。1、新安保理決議で、現在の米英中心の占領軍を多国籍軍に編成し直す。2、多国籍軍の指揮は、軍派遣国が合同司令部を組織し、最大の軍派遣国の米が指導する。アナン事務総長はこれで「負担を分担する国が権限も分担することになる」と説明した。今のところ各国はこの妥協案について何の反応も示していない。しかし、ブッシュ政権が米英主導にこだわる姿勢には米保守派の伝統的な思考が反映している。こうした点からみて、ブッシュ政権はアナン総長が提案した合同司令部についても注文をつけることは確実で、新決議成立にはまだ曲折があるだろう。


・米国内の反ブッシュ・グループが勢いづく

 国連事務所爆破は国内の反ブッシュ・グループにもあらたな出番を与えた。来年の大統領選挙に名乗りをあげている民主党のグラハム上院議員は「イラクの危機は、ブッシュ大統領が占領と戦後復興に伴う危険と困難を予見できなかった結果起きた」と批判。もう1人の民主党大統領候補ケリー上院議員も、「ブッシュ政権はイラク情勢を読み間違え、米兵を守ることもできなくなった」という声明を出した。国連事務所爆破の時、バグダッドに滞在中だった与党共和党マケイン上院議員はブッシュ政権を直接批判しなかったが、「今後、米国民は多大の忍耐を強いられることになるだろう」と述べ、イラク情勢が米国民の思うように進展しないという見方を示した。

 米国のメディアも国連事務所爆破を契機にイラク情勢の行方を懸念する論調が増えた。ニューヨーク・タイムズは20日、「爆破事件の結果、ブッシュ大統領のイラク政策にあらたな疑問が生まれた」と述べた。同紙はさらに「ブッシュ大統領はこれまでイラクが徐々に秩序を取り戻していると説明してきた。しかし、爆破事件は逆にイラクが反米テロ、反西欧テロのあらたな舞台になったのではないか、という疑問を生んだ。その結果、米駐留軍や同盟国の軍隊が危険にさらされ、米軍兵士が帰国する見通しも立たなくなったのではないかという疑問である」と伝えている。

 米国は来年1月の大統領予備選挙から政治の季節に入る。イラク情勢が悪化すれば、選挙戦の第一の焦点となることは間違いない。現在の状況が続けば、米兵の犠牲が増えることは確実、また戦費もかさみ、連邦予算の赤字を累積させることになるだろう。ブッシュ政権は共和党内の強硬派いわゆるネオ・コンが支え、イラク攻撃も同グループの主導で実施した。その点、政権を支える基盤が広いとは言えない。

 大統領選には、民主党から9人の候補が名乗り出たが、いずれも小粒で、現状では現職ブッシュに対抗できるとは思えない。しかし、イラク情勢が深刻化すれば、状況は変わるだろう。ベトナム戦争で、当時のジョンソン大統領が解放戦線の大攻勢を予知できす、米大使館を占拠されたあと、再選を断念した例もある。ブッシュ・ドクトリンを掲げて強引にイラク政策を進めたブッシュ大統領だが、失敗すれば、同じように責任を取らなければならないだろう。


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