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イラク戦争、ブッシュの貸借対照表
持田直武 国際ニュース分析

2003年9月22日 持田直武

イラクがブッシュ政権を揺さぶっている。治安の悪化で増える米兵の犠牲。再建費負担の重圧。政権幹部が成果を強調しても、国民は信用せず、大統領の支持率は下落。それでも、野党の大統領候補が揃って小粒なのが幸いし、来年の選挙では、ブッシュ再選は固そうなのだという。


・ブッシュ政権の公式見解に現場は不満

 ラムズフェルド国防長官は9月16日の記者会見で、米軍を中心とする連合軍がイラク再建に果たした成果を強調、その具体例として次のような項目を列挙した。

1、イラク国民をフセインの独裁から開放、国民の代表からなる統治評議会を組織、文民閣僚を選出した。
2、国民の90%が市町村の行政サービスを受けるようになった。
3、初等、中等学校、大学、病院のほとんどが正常化した。
4、5万6,000人のイラク人が軍人、警察官、国境警備隊員として活動を開始、まもなくこの数は7万人に達する。

 ラムズフェルド長官は、これらの成果が4月末の大規模戦闘終了後、わずか4ヶ月半の間に達成されたと強調。第二次世界大戦後のドイツでは、警察の正常化に14ヶ月かかったが、イラクでは2ヶ月だった。また、ドイツでは新紙幣の発行は3年後だったが、イラクは2ヶ月半だったと述べ、占領行政が順調に進んでいると自賛した。

 だが、このバラ色の成果強調に対し、同長官の足元から反論の声があがる。記者会見の翌日、ニューヨーク・タイムズが国防総省当局者の内部告発をもとに「イラクの現実はラムズフェルド長官や政権幹部が描く状況とは違う」という記事を掲載したのだ。それによれば、米情報機関が最近「イラクの一般国民が米軍の占領に対する反感を募らせ、今後米軍の最大の敵は一般国民ということになりかねない」という分析を出した。イラク現地の米軍指揮官たちもこの認識を共有しているという。

 同当局者は「イラク国民にとって、米軍は独裁者フセインを倒した解放軍ではなく、むしろ民家のドアーを蹴破って、妻や娘に向かって突進する乱入者になった」と述べている。同当局者はこの話をニューヨーク・タイムズに洩らすにあたって「政権の公式見解から逸脱した内容を話して、処分の対象にされないか心配だ」と語ったという。政府の公式見解をめぐって政権幹部と現場が対立したベトナム戦争当時を思い起こさせるものがある。


・主要メディアや米議会内に疑問が拡大

 米主要メディアが伝えるイラク情勢とブッシュ政権のそれとの差が目立つようになった。メディアによれば、治安回復の兆しはなく、米軍に対する攻撃は毎日12−3件、犠牲者は増えるばかりだ。イラク中部のカルディアで18日、米軍の車列が組織的な攻撃を受け、米兵3人が死亡。これでイラク戦争開始以来の死者は297人になった。ワシントン・ポストは、攻撃現場近くでその夜、住民約100人がフセイン大統領の写真を掲げ、踊りながら発砲、「我々の血と魂をフセインに捧げる」と叫んだと伝えた。

 議会内でも、批判的な雰囲気が強まる。ブッシュ大統領が17日議会に送った870億ドルのイラク再建追加予算案には与野党から不満が出た。同追加予算案は、電力施設に57億ドル、治安維持費51億ドル、上下水道に37億ドルなどを配分する。同大統領はこの追加予算案に「これら再建費用はイラクの秩序を回復し、米軍の早期帰国を実現する上で必要不可欠」と強調する手紙を付けた。

 しかし、議員の多くは、イラクに対する多額の支出が自分の選挙区の予算配分に影響しないか心配なのだ。中西部オハイオ州選出のボイノビッチ共和党上院議員は「イラクで多額のカネを使うので、国内の道路や水道に廻す予算がないと国民に言えるのか」と批判した。また、再建費用を全額贈与とすることにも不満があり、借款にしてイラク再建後に返還させるべきだという主張も多い。

 一方、民主党の大統領候補の1人、バイデン上院議員は17日、財源を捻出するための手段として、ブッシュ大統領が実施した大幅減税の一部中止を求める法案を提出した。可決されれば、税の再徴収をすることにもなりかねない。共和党優勢の現在の議会構成では、法案が可決される見込みは皆無だが、大統領選挙戦の論戦のテーマになるのは間違いなさそうだ。


・高まる日本の再建費用分担への期待

 ブッシュ政権がこうした国内の不満を抑える切り札と期待しているのが、国連安保理の新決議に基づく多国籍軍の派遣と日本などによる再建費の分担だ。国連安保理では、治安維持と再建の権限をめぐる対立が依然続くが、新決議が成立すれば、これまで渋っていたインド、トルコ、パキスタンなどが派兵に踏み切ると期待できる。また、韓国も旅団か師団規模の増派をするとみられる。ブッシュ政権はこれによって、長期駐留で疲弊している米軍の一部を来年2月か、3月に帰国させたいのだ。

 一方、再建費用については、ブッシュ政権は議会に要求した870億ドルのほか、今後さらに500−750億ドルが必要とみている。同政権は10月23日、マドリッドで国際会議を開催し、各国に分担を要請する。パウエル国務長官によれば、各国の負担額は04年度分として100億ドル。すでに、カナダが3億ドルの分担を非公式に伝えてきたほか、EUも2億5,000万ドル程度の分担を検討中という。

 一方、ロイター通信は18日、「日本は10億ドル、場合によっては30億ドルを分担する準備をしている」と共同通信の報道を引用して伝えた。同じ日のニューヨーク・タイムズはヨーロッパの外交官の発言として、「目標の10%、10億ドルが集まれば幸運」と伝えた。ブッシュ大統領はマドリッド会議直前の10月17日訪日して小泉首相と会談するが、この日本の動きに期待していることは間違いない。しかし、たとえ日本が30億ドル負担しても、目標額100億ドルに及ばないことは明らかで、不足分は米国自身が負担せざるをえないだろう。


・支持率下落にもかかわらず再選は固い

 イラクの混迷を反映し、ブッシュ大統領の支持率は下落している。ワシントン・ポストの調査によれば、イラク攻撃に踏み切った3月20日時点の支持率は67%、大規模な戦闘が終了した4月30日には71%に上昇し、9月13日には58%に下落した。ブッシュ大統領が確固としたイラク政策を持っているのか疑問だという答えが55%もあるほか、85%がこのまま泥沼にはまらないか心配だと答えている。

 米国がベトナム戦争の時のように、イラクでもずるずると泥沼にはまってしまうのではないかとの不安があるのだ。イラク再建追加予算870億ドルについても、ワシントン・ポストの調査では10人のうち6人が反対している。ブッシュ政権になってから連邦予算の累積赤字があっと言う間に膨張したことも懸念材料である。同政権が発足した01年度、連邦予算は黒字1,270億ドル。当時、議会予算局は03−08年までに累積黒字が2兆9,000億ドルに達するとのバラ色の見通しを出した。

 ところが、ブッシュ政権下、同じ03−08年度は逆に赤字が1兆9,000億ドルも累積する見通しとなった。イラク戦争をはじめ、9・11事件後の対テロ戦争、長引いた不況とともに、同政権の看板政策、大幅減税も赤字累積に一役買っている。今後、減税の効果が出て、経済が立ち直り、税収が見込みどおり増えればよいが、期待通りの結果が出なければ、ブッシュ大統領は史上最高の赤字を残した大統領として歴史に残りかねない。

 8月25日発売のニューズウイークは来年の大統領選挙で、ブッシュ大統領の再選を望まないが49%に増加、再選を望むの44%を初めて上まわったと伝えた。しかし、ワシントン・ポストの調査では、同大統領と民主党の有力大統領候補4人を比較した場合、いずれも15%以上の差で同大統領が有利だという。民主党の大統領候補には10人が名乗りをあげたが、ブッシュ大統領に対抗できる候補は1人もいない。同大統領に失点があっても、再選は固いということなのだ。


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