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米大統領選、ブッシュ陣営に亀裂
持田直武 国際ニュース分析

2004年10月18日 持田直武

ブッシュ大統領に冷たい風が吹いている。イラクの混迷、雇用の低迷など、同大統領の足を引っ張る状況が続く。ケリー候補との政策討論会では、同大統領は3連敗。おまけに討論会で、同大統領が小型受信機をスーツの下に背負い、楽屋裏の指示に従って発言していたとの疑惑も浮上した。ブッシュ陣営のキャンペーン戦略に亀裂が入ったのは間違いない。


・第1回政策討論会がブッシュ低迷の始まり

 10月に入ってからブッシュ大統領の支持率が低迷している。各メディアの支持率調査では、良くてケリー候補とほぼ互角、あるいはわずかだが、ケリー候補にリードを許している。選挙人の予想獲得数でも、ケリーがブッシュを上回ってきた。ニューヨーク・タイムズの州別調査では、17日現在ケリーの選挙人予想獲得数は221人。一方のブッシュは213人。1ヶ月前には、ブッシュ257人、ケリー181人で、ブッシュは当選に必要な270人まで残り13人に迫っていた。この状況が消えてしまった。

 ブッシュ優位の流れが変わったのは、9月30日の政策討論会がきっかけだ。同討論会で、ブッシュはイラク問題で「途方もない失策をした」とケリーに追求され、効果的な反論ができなかった。しかも、ケリーの発言中、カメラがブッシュのイライラした様子を捉え、マイナス・イメージを増幅してしまった。事前の取り決めでは、カメラは発言中の候補にだけ向け、聞き手には向けないことになっていた。だが、保守寄りの報道で知られるフォックス・ニュースをはじめ全社がこれを破った。同大統領のイライラが際立ち、報道する側としては黙殺できなくなったこともある。

 ブッシュにとって不幸はこれだけではなかった。カメラマンが、事前の取り決めを破って、大統領の背後にまわって撮影した。それが、ブッシュのスーツの背中の微妙なふくらみを捉えたのだ。数日して、インターネットにisbushwired.comというウエブサイトが登場、「背中のふくらみ」は、小型受信機で「ブッシュが別室のスタッフの指示を受けて発言していた証拠」と主張。ブッシュ選対のスタンゼル報道官は「馬鹿げている」と一笑に付した。だが、噂は広がり、上記ウエブサイトにヒットが殺到。CNNテレビやワシントン・ポスト、ニューヨーク・タイムズなど主要メディアもこれを報道することになる。政策討論会はそのあと、10月8日、13日と続くが、ブッシュは冴えない場面が多く、メディアはブッシュの3連敗という判定を下した。


・大統領周辺から受信機の情報が漏れる?

 ブッシュ大統領が政策討論会で本当に受信機を背負い、スタッフの指示を受けて発言していたのか、真実は今のところわからない。しかし、スーツの「背中のふくらみ」の映像が出て以来、上記isbushwired.comはじめ、インターネットのウエブサイトには、さまざまな投書が交錯する。その中には、受信機の専門家が「背中に受信機を背負い、小型レシーバーを耳に付けて別室からの声を聞く」装置があると解説するものもある。この投書はまた、ブッシュの「背中のふくらみ」から、蛇がくねるような影が上向きに出て、右肩に達していると説明し、これは受信機から伸びたワイヤーが原因でできた影と考えられるという。映像を見ると確かにそのように見える。

 国務省契約通訳フレッド・バークスからの投書もあった。彼は01年9月19日、ブッシュ大統領とインドネシアのメガワティ大統領の会談の通訳をした。そして、90分にわたった会談で、ブッシュがインドネシア政治の細部に至るまで、詳細に把握していることに驚いたという。バークスはその後2回、ブッシュの通訳をし、同僚の通訳たちとも意見を交わす機会があった。その結果、彼は「ブッシュは一般に考えられているより優れた能力の持ち主か、それともスタッフがレシーバーに密かに答を送っている」という結論に至ったと述べている。バークスは実名で、この投書は最初民主党のウエブサイトに掲載され、isbushwired.comが転載した。

 ブッシュ陣営内からも受信機説を肯定する仮名の投書が届いた。発信者はブレッド・メンフィルと名乗っていたが、これは仮名で実はブッシュ選対のワシントン本部で働く男。投書の内容は、テネシー州ブッシュ選対のスコット・ゼイルから聞いた話として「ブッシュ周辺の中堅スタッフが受信機の話を外部に漏らした」というもの。スコット・ゼイルは実在の人物で、各方面からの問い合わせに対して「名前と使われて迷惑だ」という立場だった。しかし、彼の記憶から投書の主として選対本部で働くスタッフの男が浮かび、isbushwired.comが接触した。このスタッフは本名を伏せることを条件に自分が投書の主であることを確認し、「投書の内容は正しい」と主張している。


・ブッシュ選対の思惑を無視した報道カメラ

 この騒動は、スーツの「背中のふくらみ」から始まったが、この映像撮影の経緯にも腑に落ちない点がある。ブッシュ陣営は今回の政策討論会を決めるにあたって、陣営の大御所ベイカー元国務長官が交渉に当たった。そして、第一回目のマイクは机に固定したワイヤー連結のもの各1個だけ。カメラは正面から向け、発言者だけを撮影し、聞き手は撮影しないという取り決めだった。今から考えれば、背中のふくらみを隠し、しかも受信機の混信を防ぐ配慮をした取り決めと言えないこともない。

 しかし、報道陣のカメラはこの事前の取り決めを完全に無視、聞き手にまわっているブッシュ大統領のしかめっ面に正面からカメラを向けて撮影、次は背後にまわってスーツの背中のふくらみを映し出した。そして、これが放送されると、インターネットで「背中のふくらみ」追求が開始される。だが、主要メディアの動きは鈍かった。CNN、ワシントン・ポスト、ニューヨーク・タイムズが取り上げるが、それはインターネットで情報が飛び交い、取り上げざるをえなくなってからと言われてもしかたがない頃だ。ケリー陣営の反応も迅速だったとは言えない。

 isbushwired.comには、この点について追求する投書もあり、主要メディアが民主、共和両党と一体のエスタブリッシュ化している様子を衝いている。カメラは両党の取り決めに今回叛旗を翻したが、主要メディアの花形記者はこの問題になると妙に逃げ腰になるという、記者仲間からの投書もあった。ホワイトハウス担当の記者で、内部事情に食い込んでいる場合、受信機問題のような微妙な問題についても、立ち入った情報をキャッチする可能性は高い。しかし、それを安易に口外すれば、その後の取材活動に支障が出ることも明らかと言わなければならない。「背中のふくらみ」の映像は、そんなメディアの現在の状況も映し出した。


・ブッシュ陣営の戦略にひび割れ

 「背中のふくらみ」が撮影されたあと、ブッシュ大統領は政策討論会で連敗、支持率も下がった。それに加え、選対首脳が不快感をもよおすような動きも次々に出た。イラク問題で、ブレマー前行政官が「投入兵力の不足が現在の混乱の原因」と発言してブッシュ大統領のイラク政策を真っ向から批判。また、大量破壊兵器調査団のドルファー団長は「開戦前のイラクに大量破壊兵器なし」という結論をぶり返した。

 ブッシュ陣営の重鎮ラムズフェルド国防長官までが、「フセインとアルカイダの関係を結びつける十分な証拠はない」と発言する始末となった。投票日まで残すところ1ヶ月を切るという、肝心なときに陣営内の足並みが乱れ始めたのだ。そんな中、「背中のふくらみ」騒動は、インターネットが中心になって盛り上げたが、ブッシュ陣営内部をかく乱したことでは他に追随するものはないかもしれない。エスタブリッシュメント化した既存のメディアに対して、インターネットが世論盛り上げの強力な道具になることを示している。


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