メインページへ戻る

イラン核疑惑と米欧の確執
持田直武 国際ニュース分析

2004年11月29日 持田直武

IAEA(国際原子力機関)理事会がイラン核疑惑で混乱している。英仏独が提案したウラン濃縮関連活動の全面停止をイランが拒否、遠心分離機の一部作業継続を要求。問題の安保理付託回避をねらった3国の提案が宙に浮いた。イランがこの要求に固執すれば、核兵器開発の疑惑を深め、米ブッシュ政権が主張する安保理付託、経済制裁発動という強硬策が浮上する。イランの石油埋蔵量は世界第2位。米、欧がそれぞれの主張にこだわる背景には、この利権をめぐる思惑もうごめいている。


・イラン、土壇場でウラン濃縮活動停止に例外を要求

 今回のIAEA理事会(11月25日―26日の予定)は英仏独3国の外交努力が実を結んで波乱なく終わるとの見通しが強かった。3国が提案したウラン濃縮関連活動の全面停止をイランが受け容れ、11月22日から次のような措置を取ったからだ。

1. ウラン転換施設でのあらゆる作業を停止
2. ウラン濃縮に使う遠心分離機の部品製造、組み立て、テストを停止
3. イスファハンの転換施設内にあるウラン関連物質をIAEAの監視下に置く
4. 11月22日から作業を停止し、同日から査察を受ける

 IAEAのエルバラダイ事務局長もイランが実施したこれらの措置を確認した。この結果、同理事会では問題の国連安保理付託を回避する英仏独主導の温和な決議案が通過する見通しが強まった。ところが、イランは理事会開始前日の24日、停止の対象になっている遠心分離機20台を「研究目的のため運転を続けたい」とIAEAに要求。このため、全面停止を提案した英仏独との交渉が再開された。そして、週明けの29日まで協議を続けることになったが、今のところ解決の見通しは立っていない。

 この問題とともに、イランはウラン濃縮関連活動を停止する前、約1ヶ月間に3.5トンの六フッ化ウランを駆け込み製造したことも判明。六フッ化ウランは核弾頭に必要な濃縮ウラン4分の1相当になることなどから、イランが核兵器開発計画を進めているという米ブッシュ政権の主張に根拠を与えることになった。また、濃縮関連活動に停止についても、イランの核問題の総責任者である最高安全保障委員会のロハニ事務局長は11月15日の記者会見で、「全面停止は3ヶ月以内に見直す」と発言し、停止が暫定的なものであることを示した。いわば、IAEAの安保理付託決議を回避することをねらった一時的停止という見方もできる。


・米国内に根強いイラン警戒論と強硬策の主張

 イランがこのような動きを続け、英仏独の外交努力が成果を挙げなければ、米ブッシュ政権のかねてからの主張、安保理付託、経済制裁の発動という強硬策が浮上することになる。ブッシュ大統領は22日、訪問先のコロンビアで記者会見し、「イランが本当に核兵器開発の野心を持たないのか、検証しなければならない」と強調した。また、パウエル国務長官も17日、チリで記者会見し、「イランがミサイルに核弾頭を搭載できるよう改良を加えている。米国はその情報を掴んでいる」と述べた。イランの動きは核弾頭を製造することと、それを運搬するミサイルの改良という2つの面で並行して進んでいるというのだ。

 これに関連して、24日付けのニューヨーク・タイムズはCIA(米中央情報局)の最新のレポートを引用、「パキスタンのアブドル・カーン博士の核の闇ネットワークがイランに新しい核弾頭の設計図などを提供していた」と報じた。それによれば、提供の時期は90年代、提供した設計図は闇ネットワークがリビアに提供し、今年になってブッシュ政権が入手したものと同じとみられている。また、同じ設計図は同ネットワークが北朝鮮にも提供したらしいという。

 また、ニューヨーク・タイムズは翌25日、英仏独が提案した活動停止はウラン核開発を対象とするだけで、プルトニウム開発を見逃しているとの批判記事を掲載した。イランはウラン開発のほか、テヘラン南西のアラクに40メガワットの重水炉を建設中で、数年後にプルトニウム抽出が可能になるという。しかし、英仏独の今回の提案は、重水炉は完成まで時間がかかるとして停止の対象にしなかった。これについて同紙は、核弾頭を製造する場合、プルトニウムのほうが濃縮ウランより小型化しやすいなどの利点があり、これを放置するのは2つのドアーのうち、1つしか戸締りしないのと同じという専門家の批判的意見を紹介している。


・米欧の確執の背景に石油をめぐる思惑

 イランの核問題で米と英仏独の見解がこのように分かれる理由の1つは、イスラエルをめぐる立場の相違からである。特に、ブッシュ政権はイランの核開発がイスラエルの安全を脅かすことを警戒している。イスラエルは1981年、イラクが核兵器開発に進むとみて同国の核施設を空爆し、破壊した。イランの核保有が確実となれば、イスラエルは同様の強攻策に出るのではないかとの懸念がある。その場合の中東の混乱は81年の比ではないことは明らかだろう。そうなる前に米が手を打ち、イスラエルの安全を確保するというのが米歴代政権の優先課題である。

 もう1つ、米と英仏独の見解が分かれる理由はイランの石油資源をめぐる思惑の違いである。米国は1979年のホメイニ革命、その最中の米大使館員人質事件でイランと国交を断絶、米石油企業も撤退した。その間隙に英仏独、それに中国、ロシアが利権を拡大している。今回の核疑惑の焦点の1つ、ブシェールの原子力発電所は冷戦後ロシアが本格的に参入した例だ。また、最近経済発展の著しい中国も将来の石油資源を求めてイランに大規模に進出中である。イランのザンガネ石油相は10月末、北京で総額700億ドルという巨額のエネルギー契約に調印した。李肇星外相も11月6日からイランを答礼訪問、記者会見で「安保理付託は問題を複雑にするだけだ」と述べ、ブッシュ政権がねらう安保理付託や経済制裁に反対する考えを明らかにした。

 世界のエネルギーたる石油は中東に偏在し、総確認埋蔵量の22.9%はサウジアラビア、11.4%がイランにある。しかも、生産量はサウジが世界総生産の12.8%、イランは5.1%と少ない。埋蔵量が多いのに生産が少ないということは、それだけ長持ちすることを意味する。主要各国が長期契約をねらってイランの関心を引こうとするのは無理もない。米歴代政権もそれをねらわなかったわけではないが、敵対関係が先に立って実利を追えなかった。そこで体制変革という強硬策が俎上に載ることになる。

 ブッシュ政権内では、イランの核疑惑は、そのきっかけを作る可能性として意識されている。英ブレア首相はイラクでブッシュ大統領と共同行動をとったが、イランの核疑惑では仏独と歩調を合わせ、ブッシュ政権と袂をわかっている。小泉首相はどちらの道を選ぶのか。日本もイランとアザデガン油田の開発契約を結び、中国ほど巨額ではないが、イランとの関わりを深めている。ことが荒立つのを祈るだけでは済まなくなるだろう。


掲載、引用の場合は持田直武までご連絡下さい。


持田直武 国際ニュース分析・メインページへ

Copyright (C) 2004 Naotake MOCHIDA, All rights reserved.