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イラク主権返還計画の現実
持田直武 国際ニュース分析

2004年2月23日 持田直武

イラク主権返還を4ヶ月後に控え、治安は武装勢力の攻撃激化で悪化した。返還に備えた統治機構作りでは、各派と米暫定行政当局が対立。北部のクルド族は自治と民兵の保有、石油利権拡大を要求して一歩も引かない。一方、南部のシーア派は多数派の地位確保とイスラム法の導入を目指して早期選挙を掲げている。ブッシュ政権は開戦前には予想もしなかった現実と直面することになった。


・主権委譲計画の混乱ねらう武装勢力

 武装勢力は2月中旬からイラク各地で大規模なテロ攻撃を仕掛けた。10日は、バグダッド南のイスカンダリアの警察署。11日は、バグダッドの米占領軍司令部からわずか2キロのイラク兵募集事務所。14日は、バグダッド西のファルージャにある警察署とイラク人部隊駐屯地。ねらわれたのは、いずれも主権委譲後の治安を担当するイラク人部隊や警察で、死者は120人余りに上った。

 このうち、ファルージャでは早朝、覆面をした数十人の武装集団が車に分乗して町に浸入、ロケット砲や機関銃を乱射してイラク人部隊と市街戦を展開した。ファルージャは米占領軍に対する抵抗がもっとも強いスンニ派三角地帯の一角。2日前には、米中央軍のアビザイド司令官の車列が攻撃された。このような大規模武装集団が車で町に浸入し、戦闘を展開したのは昨年夏いらいの出来事だった。

 米暫定行政当局は主権委譲に備え、警察官7万人、陸軍4万人、民間防衛隊4万人など合計22万人余りのイラク人部隊を組織し、訓練している。そして、昨夏以降、これら部隊を徐々に前面に出し、米主要部隊は駐屯地に待機する態勢をとった。今回、武装勢力側はこのイラク人部隊に的を絞って攻撃を加え、打撃を与えた。暫定行政当局のブレマー行政官はファルージャ攻撃後の15日、CNNテレビで「イラク人部隊では主権委譲後の治安を維持できない」と述べ、計画変更に追い込まれたことを認めた。


・南部シーア派とクルド族は自衛のため民兵の保有を主張

 南部のイスラム教シーア派と北部クルド族が独自の民兵組織の維持を主張する背景には、この治安面の不安がある。両者は、フセイン政権以前から政党所属の民兵組織を持っていた。クルド族の場合、クルド民主党とクルド愛国同盟が合わせて5万人余。シーア派は、イスラム革命評議会など2グループが民兵組織を持ち、構成員の数は不明だが、いずれも活動的なことで知られている。

 クルド族とシーア派は、この民兵の維持を2月28日制定予定の暫定憲法に明記するよう要求している。しかし、米暫定行政当局は民兵を新イラク軍に統合し、新政権の一元的な指揮下に置く計画を変えない。クルド族、シーア派ともこれに強く反発、話し合いは物別れに終わっている。武装勢力の攻撃激化で治安が悪化していることが、クルド族、シーア派両派の要求を強めていることも否定できない。

 クルド族はこの民兵保有要求のほか、居住地域の自治権の維持、居住区内にある油田収入の分配などの要求でも、米暫定行政当局と対立している。クルド族は、湾岸戦争いらい米軍に協力してフセイン政権と戦い、ようやく自治権を獲得した。いわば、血を流して獲得した権利だ。ところが、米暫定行政当局は新生イラクを連邦制国家とすることを決め、クルド族から自治権を取り上げ、油田収入も中央政府が一元管理する方針なのだ。米とクルドの同盟関係が敵対関係に変わってもおかしくない状況である。


・早期選挙の要求に込められたシーア派の狙い

 南部イスラム教シーア派は2月19日、国連の判断を受け容れ、それまで主張してきた暫定議会選出のための選挙実施要求を取り下げた。だが、これで問題が解決したわけではない。要求の狙いはほかにあるからだ。米当局の計画では、イラク暫定議会の議員は、米大統領選挙の党員集会方式で選出する予定だった。政党支持者が集会を開き、あらかじめ決められた数の代議員を選出する方式だ。これを採用すれば、シーア派はあらかじめ決められた数の議員しか暫定議会に送れないことになる。

 シーア派はイラクの人口2,200万の約65%、フセイン政権を支えたスンニ派の2倍以上だ。選挙を実施すれば、圧倒的多数を確保し、スンニ派から実権を奪えるという計算なのだ。だが、党員集会方式では、それが保証されるとはいえない。シーア派主導者が早期選挙を要求したのは当然だった。ブレマー行政官は2月19日の記者会見で「議員の選出方法は変更も可能だ」と述べ、党員集会方式の断念を示唆した。しかし、シーア派が受け容れるような選出方法があるのか、疑問は多い。

 イラクでは、フセイン政権も選挙を実施したが、きわめて杜撰なものだった。国勢調査も過去20年間、正確に実施されたことがなく、住民登録も完全なものはない、従って有権者の正確な数も不明だ。その結果、シーア派は有権者が確定していないのを利用して、隣国イランのシーア派住民を大量に動員、投票させるといううがった見方も流れている。一方、シーア派内には、最近の武装勢力の攻撃は、スンニ派がサウジアラビアの過激派を呼び込んで実行しているという見方もある。この対立をどう調停するのかも、米暫定行政当局の課題である。


・米はじめ外国軍隊の駐留長期化は必至

 中東の近隣諸国がこうしたイラク国内の動きを警戒しないはずはない。トルコやシリアは、クルド族が自治権を維持し、発言権を強めることに懸念を示している。両国に住むクルド族がイラクの同族と連携して独立の動きを強める可能性があるのだ。また、南部のシーア派が政治力を強化することに懸念を示す国もある。同じシーア派のイランの影響力がイラクに及ぶことが間違いないからだ。イラク統治評議会が昨年末、シーア派の主導のもと、イスラム法を民法に取り入れる決定をしたのは、イランの影響力の現われの1つとみられている。

 国際テロ組織がこうしたイラク各派の思惑の間隙を衝いてテロを仕掛ける動きも出ている。米軍が1月中旬に押収したアル・カイダ幹部ザルカウイのメモは、「アル・カイダがシーア派を攻撃すれば、同派はスンニ派の仕業と疑って報復攻撃をする」と述べ、宗教セクト間の不信感を利用する攻撃の効果を強調している。こうした攻撃は主権委譲後、イラクの統治機構がまだひ弱い状態の時を狙って活発化するとみられる。

 ブレマー行政官は19日の記者会見で、「駐留米軍を全員入れ替え、主権委譲後も現在の戦闘部隊10万人規模を維持する」と述べた。長期駐留を想定しての発言である。また、同行政官はイタリアの新聞、コリエレ・デラ・セラとのインタビューで、「イタリア軍をはじめ各国軍の駐留期間は早くて05年12月まで、場合によっては、もっと長引く」と語った。

 バグダッド占領後、大統領再選を目指すブッシュ大統領は選挙戦が山場を迎える04年夏には兵士の帰還に目処をつけるとの予想が強かった。主権委譲を6月末に決めたのもその一環と見られていた。しかし、今はその予想は大幅にはずれた。米軍はじめ各国軍隊の駐留は長引き、日本の自衛隊も各国軍と同じ長期駐留を期待されるのは言うまでもない。


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