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北朝鮮の核危機(19) パキスタンの援護射撃
持田直武 国際ニュース分析

2004年2月16日 持田直武

パキスタンが北朝鮮への濃縮ウラン核技術の流出を認めた。米ブッシュ政権の年来の主張を裏付ける援護射撃である。ところが、北朝鮮はこれを米国の捏造と一蹴、混迷状態は変わらない。ブッシュ政権がまぼろしのイラク大量破壊兵器に眼がくらみ、北朝鮮の核開発を軽視したつけがまわってきた。


・パキスタンがブッシュ政権の主張を援護

 パキスタン政府は2月1日、同国の記者20人を招いて核技術流出の経緯を説明した。捜査当局が12月から行っていた捜査の結果をまとめたものだ。それによれば、一連の流出にかかわったのは、パキスタンの原爆の父、前核開発研究所長のアブドル・Q・カーン博士と彼の部下の科学者数人。博士自身が罪を認めて供述書に署名し、その後テレビで国民に謝罪した。

 流出した品目は、核開発研究所が開発したウラン濃縮用高速遠心分離機、その設計図、核弾頭の設計図、関連部品など。流出先はイラン、リビア、北朝鮮の3カ国。流出の期間は、イランが89年から91年、リビアと北朝鮮が91年から97年、このうち北朝鮮には2000年まで追加分とみられる流出が続いた。

 また、カーン博士はこれら核技術の流出にあたって、リビアの科学者とカサブランカやイスタンブールで会合したほか、イランの科学者とカラチ、北朝鮮の科学者とはマレーシアで会合して部品の組み立て方などを指導した。また、北朝鮮には博士自身が10回余り訪れたという。

 このパキスタンの公式発表は、核技術の海外流出をカーン博士と科学者の犯行とし、政府や軍は無関係とするなど、疑問は多い。しかし、イラン、リビアについては、最近の調査で、この発表内容の事実が確認されている。一方、北朝鮮への流出については、CIAが02年6月にまとめたNIE報告(National Intelligence Estimate)で、今回のパキスタンの発表と大筋同じ内容を記録していた。


・ブッシュ政権はウラン核開発に硬直した対応

 CIAはイラク開戦前、大量破壊兵器について判断を誤ったとして、評判が悪い。しかし、02年6月のNIE報告では、パキスタンから北朝鮮への核技術流出をほぼ正確に指摘していた。このNIEは極秘とされ、ブッシュ大統領と限られた政府幹部にだけ配布されたが、核問題専門家セイモアー・ハーシュ記者はその内容を取材し、03年1月27日付けのニューヨーカー誌に発表した。

 それによれば、NIEは要旨次のように述べていた。「パキスタンと北朝鮮の核取引は97年から始まった。当時、パキスタンは北朝鮮からノドン・ミサイルを輸入していたが、支払代金の外貨に窮し、代わりに核技術を提供するようになった。提供した品目には、高速遠心分離機の部品、設計図、ウラン濃縮技術、核弾頭の設計図、核実験のデータなどが含まれている。また、CIAが確認しただけでも13回、カーン博士がこれに関連して北朝鮮を訪れた」。

 北朝鮮は94年、クリントン政権と枠組み合意を締結、プルトニウム核開発を凍結し、朝鮮半島の非核化に努力すると約束した。NIEが指摘したウラン核開発は、明らかにこの合意違反だった。ケリー国務次官補が02年10月訪朝して、この合意違反を糾弾する。だが、ブッシュ政権の対応は柔軟性を欠き、硬直していた。同政権がイラク開戦準備に手一杯で、北朝鮮との二正面作戦を嫌ったこと、枠組み合意で裏切られたクリントン政権の二の舞を演じたくないなどの理由があった。また、ブッシュ政権内の意思統一もなく、対応の不手際も目立った。


・強硬派がケリー次官補の交渉権限に歯止め

 上記ハーシュ記者の論文によれば、ケリー次官補が訪朝する時、ブッシュ政権内では、北朝鮮に最後通告を突きつけるか、それとも話し合うかをめぐって激烈な議論があったという。この議論を経て、同次官補には「米国はウラン核開発を探知した。北朝鮮がこれを中止するまで対話をしない」と伝える権限だけが与えられた。NSC(国家安全保障会議)の強硬派が書いたシナリオだった。同次官補が北朝鮮側と対話をする余地はまったくなかった。

 10月3日からの会談で、姜錫柱第一外務次官はケリー次官補に対して「北朝鮮がウラン核開発を中止する代価として、米国は不可侵と関係正常化を約束すべきだ」と提案したという。ウラン核開発を認めた上での提案だった。これに対し、同次官補は「北朝鮮がまず行動すべきだ」と答えるに止まり、それ以上の追及をしなかった。上記論文で、ハーシュ記者は、交渉権限を制限されたため、同次官補は硬直した対応しか出来なかったと述べている。

 ブッシュ政権がこの北朝鮮の提案を公表するのは、今年になってからだ。ケリー次官補が2月13日ワシントンで講演、初めて提案に言及した。なぜ、公表を控えたのか、同次官補は説明しなかったが、対応の不手際を曝したくなかったためと勘ぐられてもしかたがない。同次官補はまた、「カーン博士の供述が、ウラン核開発の予想以上の進展を裏付けた」と強調、「稼働すれば、年間2個以上の核爆弾用濃縮ウランを製造できる」との危機感を表明した。ウラン核開発の存在をめぐって堂堂巡りをしている時ではないのだ。


・北朝鮮はパキスタンの核流出は米の捏造と主張

 一方、北朝鮮外務省スポークスマンは2月10日この問題で初めて声明を出し、「パキスタンの核技術流出は米国の捏造」と否定。さらに「米国は6カ国協議を脱線させ、イラクで行ったような侵略を北朝鮮でも行うために、カーン博士の話をでっち上げた。この米国の卑劣なたくらみに対抗するには、核抑止力を持つ以外に方法はない」と述べた。パキスタンを中心にリビア、イランなどで起きている一連の動きとは、まったく無縁の強硬姿勢である。

 上記の02年6月のNIEは、米国が北朝鮮にウラン核開発の証拠を示して対決した場合の相手の出方を予測している。そして、米国が証拠を示して追求しても、北朝鮮は「94年の枠組み合意を破るような冒険はしないし、核拡散防止条約から脱退もしない」という結論を出した。実際に起きた事態とは逆の判断をしていたのだ。この甘い判断が、ブッシュ政権のイラク戦争優先、北朝鮮問題の後回しに貢献したことも間違いないだろう。

 ブッシュ政権はイラクの大量破壊兵器が見つからず、窮地に追い込まれた。また、北朝鮮の核危機でも、政権の基本戦略に疑問が出ている。大統領支持率も就任いらい最低になった。一方、大統領選で民主党候補のトップを走るケリー上院議員は北朝鮮との直接交渉を主張、北朝鮮の年来の主張と軌を一にしている。北朝鮮がこの動きを見逃すはずはない。北朝鮮がパキスタンの公式発表をブッシュ政権の捏造と一蹴したのも、同政権の足場のぐらつきを見てのことと考えなければならない。 

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