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イラク情勢悪化の背景と影響
持田直武 国際ニュース分析

2004年4月12日 持田直武

イラク情勢が恐れた方向に向かっている。過激シーア派とスンニ派武装勢力が占領軍と各地で衝突し、日本人などを人質にとった。両派の狙いは、占領軍を撤退させ、米主導の戦後復興計画を葬ることだ。ブッシュ政権は米軍を増強し、鎮圧するとの強硬姿勢だが、予断はできない。長引けば、再選を控えたブッシュ大統領が苦戦するだけではない。小泉首相はじめ派兵国の政権も苦境に立つことになる。


・過激な反米シーア派指導者サドル師の狙い

 今回の衝突のきっかけは3月28日、米占領当局がサドル師の週刊新聞アル・ハウザの閉鎖を命じたことだ。同紙が「暴力を煽っている」との理由だ。サドル師の支持者はこれに反発し、連日数千人が各地でデモを展開。そして4月5日、サドル師が指揮下の民兵組織マフディ軍に対して「実力行使」の命令を下し、武装闘争に入った。この日の最初の戦闘で、占領軍側は米兵8人とエルサルバドル兵1人が戦死、イラク側は20人が戦死した。それ以来、デモと戦闘が続くことになる。

 サドル師側が新聞の閉鎖に反発したのには理由がある。同紙はイスラム教の聖地ナジャフの教義センター「アル・ハウザ」の機関紙。サドル師の父サディック・サドル師はこの「アル・ハウザ」の教主だった。フセイン前大統領が同師の就任を支援した。同大統領はイラン人指導者が多い南部シーア派を警戒して弾圧。その一方で、イラク人のサディック・サドル師を「アル・ハウザ」教主に据えて対抗させようとしたようだ。湾岸戦争後、フセイン政権の力が弱まったのを機に、南部シーア派は大規模な反乱を起こしたが、鎮圧された。

 一方、サディック・サドル師は1999年、2人の息子とともに暗殺される。フセイン政権が同師の勢力拡大に危機感を抱き、消したと言われるが、真相は不明だ。暗殺を逃れたもう1人の息子が現在のサドル師、事件後一時身を隠すが、まもなく「アル・ハウザ」教主の後継者を僭称し、反米活動を開始した。ブッシュ政権がイラン生まれの南部シーア派指導者シスターニ師や、亡命政治家、クルド族という反フセイン3勢力を基盤にして戦後構想を進めることに反対し、これを葬るのが狙いである。閉鎖された機関紙はその宣伝活動の武器だった。

 サドル師が武力行使に出たあと、占領当局は同師に殺人事件の逮捕状が出ていることを明らかにするが、この事件も南部シーア派との軋轢が原因だった。フセイン時代、多数の南部シーア派指導者がイランに亡命するが、その一人、アヤトラ・コーエイ師が03年4月、米軍のバグダッド占領直後に帰国。モスクの集会に出席中に暗殺された。占領当局は、サドル師が側近を使って暗殺したと断定、逮捕状を出したのだ。そして、機関紙の閉鎖と同じ日、実行犯としてこの側近を逮捕した。これでサドル師もあとに退けなくなった。


・特殊任務中に殺害された米民間人戦闘エキスパート

 サドル師の機関紙が閉鎖された3日後の3月31日、バグダッド西方ファルージャで米民間人4人が殺害され、死体が損傷されて、ユーフラテス川の橋に吊るされる事件が起きた。米占領当局は激怒し、海兵隊を投入してファルージャを攻撃。これに対し、同町のスンニ派武装勢力が反撃して、大規模な戦闘になった。同町はフセイン政権を支えたスンニ派三角地帯の一角。米軍が海兵隊まで投入したのは、この事件が主権委譲計画に影響しかねないとみたからだ。

 殺害された米民間人4人はただの民間人ではない。完全武装して占領当局のブレマー代表はじめ米要人を警護する、いわば私兵だ。4人はノースカロライナ州に本社を置く民間警備会社ブラックウオーター社の所属で、レインジャー部隊や特殊部隊出身の戦闘エキスパート。米政府や進出企業と契約して、占領当局の要人や企業の幹部の身辺を護る。事件の日も、4人は特殊任務中だったようだが、関係者はその内容を明らかにしていない。しかし、4人が所属するブラックウオーター社によれば、案内にあたったイラク民間防衛軍の兵士が敵に内通していた疑いが濃いという。

 ブレマー代表は4月8日、このイラク民間防衛軍の責任者、シーア派のバドラン内相に辞任を要求し、後任にスンニ派のスマイディ氏を決めた。理由は、閣内のシーア派とスンニ派のバランスを取るためという説明だったが、殺害事件が背景にあることは間違いない。民間防衛軍は要人警護などの重要任務で米民間警備会社のカウンターパートになるイラク側の組織。4人の殺害事件は、この組織にイスラム教宗派の武装勢力やテロ組織が浸透しているのではないかとの疑いが出たのだ。

 タイム誌によれば、ブラックウオーター社のような民間警備会社は米国に約20社あり、世界各地の紛争地に戦闘エキスパートを派遣している。イラクでは、数千人が国防総省や大手進出企業との契約に基づいて任務に就いている。米軍は治安を維持し、彼ら戦闘エキスパートは要人を護る、という役割分担だ。占領当局が6月末に主権を委譲し、米軍の規模縮小を進めるには、この民間警備会社の協力が欠かせない。4人の殺害後、海兵隊まで出動させたのは、占領当局がその意味を込めたものだった。


・世論を揺さぶる人質作戦

 米軍と武装勢力の衝突の一方で、日本人3人はじめ一連の誘拐事件が発生した。犯人は特定できず、誘拐された正確な数も不明だ。要求も、日本に自衛隊の撤退を要求するなどばらばらだ。武装勢力やテロ集団が、米軍など正規軍との戦闘で勝ち目がないことははっきりしている。そこで、テロや、誘拐に訴え、世論を揺さぶる。地球規模の情報化が進み、イラクの映像がただちに世界各国に届き、茶の間でくつろぐナイーブな神経を揺さぶる。その結果、世論は強硬になる場合もあれば、逆の場合もある。

 米東部バーモント州のカレドニアン・レコード紙がインターネットで、ファルージャの米人4人の殺害事件について、読者の反応を尋ねたところ4月7日までに次のような結果が出た。米国はもっと「タフになれ」369票、「撤退せよ」190票、「現在の方針を貫け」59票。ファルージャの事件は、死体を橋に吊るした映像が全米に流れ、憤慨する市民が多かった。それが「タフになれ」という強硬姿勢を生んでいる。

 一方、ブッシュ大統領のイラク政策支持率は今回の治安悪化で急落した。CNNが4月8日夜実施した世論調査によれば、同政策の支持率は44%で、前回3月26―28日の調査から7%下落した。他のメディアの調査でも、下落はほぼ同じである。これが「タフになれ」という立場からの支持率下落か、「撤退せよ」という立場からの下落と読むかで、今後の対応策が決まる。ブッシュ政権幹部の発言を聞くと「タフになれ」という立場からの支持率下落と読んだようだ。


・ブッシュ政権は強硬姿勢、同盟国内には撤退論

 パウエル国務長官は4月9日、ABCテレビに出演し、「武装勢力を鎮圧して秩序を取り戻す」と強気の姿勢を示した。そして、ファルージャでは、「海兵隊が敵を撃破し、町を取り戻す」。また、サドル師の強硬シーア派に対して、「同派の民兵組織は崩壊している。今後サドル師を捕らえ、殺人罪で裁判にかける」と述べた。同長官はまた、「6月30日の主権委譲の方針は変えない。そして委譲後、イラク軍は連合軍の指揮下に入る」と述べ、米軍が新生イラク軍の指揮権を事実上握ることを明らかにした。

 このブッシュ政権の「タフ」な姿勢に対し、野党民主党の大統領候補ケリー上院議員も基本的には同じ「タフになれ」の立場だ。ブッシュ政権と違うのは、そのために外国の協力を確保するべきだという。同候補は4月8日遊説先で、「米国の大統領の役目は目標を達成するため最大限の力を結集し、同時に米国民の負担を最小限にすることだ。ブッシュ大統領が今なすべきことは、イラクの負担を米国だけで背負わず、同盟国に分担するよう求めるべきだ」と主張した。日本やオーストラリアなどの野党陣営で起きている「撤退」を求める声とは、同じ野党でもトーンがまったく違う。

 オーストラリアの野党労働党のレイサム党首は4月7日、「我々はイラクで起きていることに関わる必要はない。現在、イラクに派遣している部隊をクリスマスまでに撤退させるべきだ」と主張した。現在のハワード政権はブッシュ政権とテロ対策、北朝鮮政策で緊密に協力し、イラクにも850人の部隊を派遣している。これに対して、昨年暮れ労働党党首に就任したレイサム氏は撤退を主張。今年中に行われる選挙では、これをスローガンに掲げて与党と対決する方針だ。最近の世論調査では、与野党の支持率はほぼ同率、今後のイラク情勢の推移次第でレイサム党首の労働党が8年ぶりに政権に返り咲く可能性が十分ある。

 このほか、米英をはじめ派兵国36カ国のうち、スペインのサパテロ次期首相、ニュージーランドのクラーク首相などが基本的に撤退の方針をすでに決めた。イラク情勢が今後も不安定なまま推移すれば、イタリアやオランダなどでも撤退を主張する野党勢力が勢いを増し、政権が苦境に立つことは確実。日本も夏の参議院選挙の結果次第で、小泉政権は苦境に立つだろう。しかし、ブッシュ大統領は民主党のケリー候補が基本的には同政権と同じ「タフになれ」という立場に立つことで救われている。派兵した同盟国の政権が潰れ、ブッシュ政権だけが生き残ることになるかもしれない。


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