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北朝鮮の核危機(23) 中国の疑問、米の不信
持田直武 国際ニュース分析

2004年6月20日 持田直武

中国が、北朝鮮のウラン核開発に関する米ブッシュ政権の主張に疑問を提起した。同政権が中国に対し、納得できるような証拠を示していないというのだ。一方、韓国も米国の主張に必ずしも同調していない。イラクの大量破壊兵器問題で、米情報機関の威信が失墜したことが影響している。第3回六カ国協議を前に、米中韓、それに日本の間に隙間風が吹いている。


・中国政府の疑問

 中国の周文重外務次官は6月8日、ニューヨーク・タイムズのインタビューに答え「中国は、北朝鮮がウラン核開発を進めているというブッシュ政権の主張に疑問を抱いている」と語った。同外務次官はさらに「中国は、北朝鮮のウラン核開発については、まったく知らない。それが存在するのか、どうかも知らない。米国は(その存在を主張しているが)、それを証明できる、納得できる証拠をまだ示していない」と語った。この発言は、中国政府が現在の核危機について、ブッシュ政権とは認識が大きく違うことを示している。

 ブッシュ政権の主張は、以下のとおりだ。「北朝鮮は94年の米朝枠組み合意で核開発の凍結を約束したにも拘わらず、これを破り、ウラン核開発を開始した。その後、プルトニウム核開発も再開した。米国は、北朝鮮がウラン、プルトニウム両核開発を完全で、検証可能、かつ不可逆的な方法で廃棄しない限り、関係改善も、経済支援もしない」。これに対して、北朝鮮は「ウラン核開発は存在しない」と主張。再開した「プルトニウム核開発を凍結する見返りの補償」を当面の要求として主張している。

 ブッシュ政権の主張によれば、今回の核危機の原因は「北朝鮮がウラン核開発を開始した」ことだ。しかし、北朝鮮は、「米国がウラン核開発という有りもしないことを理由に敵対政策を始めた。北朝鮮はこれに対抗するため、プルトニウム核開発を再開、抑止力を持った」ということになる。中国が、周文重外務次官の発言のように、ウラン核開発の存在を疑い続けるなら、その立場は北朝鮮に限りなく近づき、六カ国協議で、米ブッシュ政権の主張を受け入れることはできないことになる。


・中国の米ブッシュ政権に対する不信

 周文重外務次官はまた上記のインタビューで、「ブッシュ政権はウラン核開発に関する決定的な証拠を示せないなら、この問題で北朝鮮を追求するのは止めるべきだ。この問題が(六カ国協議の進展を阻む)大きな障害になっている。同協議を成功させるためには、米国と北朝鮮が妥協することが必要だが、その多くの責任は米国の側にある」とも語った。六カ国協議の議長国、中国は米ブッシュ政権が六カ国協議停滞の原因になっているとの認識なのだ。

 この中国の批判に対して、米国務省のバウチャー報道官は6月9日の記者会見で、「米政府はウラン核開発について中国にも十分に説明している」と述べ、周外務次官の発言に当惑を隠さなかった。そして、同報道官はウラン核開発の証拠については、ケリー国務次官補が02年10月、平壌を訪問して北朝鮮側に突きつけ、「北朝鮮側も存在を認めたこと」。また、その後も、パキスタンのカーン博士から得た情報などで、「北朝鮮のウラン核開発は時間を経るにしたがって一層はっきりとした存在になっている」と主張した。しかし、バウチャー報道官は、周外務次官が指摘したような「決定的な証拠」を中国に示したのかどうかについては言及しなかった。

 実は、米政府がこのような証拠を外国政府に示すのは余程のことがない限りありえない。イラク戦争開戦前、パウエル国務長官は国連安保理で、イラクの大量破壊兵器に関するCIA情報を公開、開戦の必要を力説したが、これは例外中の例外だった。しかも、この情報に基づく大量破壊兵器はいまだに見つからず、米情報の信頼度を大きく傷つけた。中国が北朝鮮のウラン核開発問題で、ブッシュ政権の情報に疑問を抱く背景には、このイラクの大量破壊兵器問題も影響しているとみて間違いない。


・韓国、日本も米ブッシュ政権に距離

 6月21日付けのタイム誌アジア版は、北朝鮮の金正日総書記の肖像を表紙に掲げ、「この男はなぜ笑っているか」というテーマで特集記事を組んだ。そして、中国、韓国、日本も含む隣国がいまや金正日体制の存続を望み、そのための貢献をしている、「彼が笑顔なのは、そのためだ」と説明している。中でも、韓国の潘基文外交通商相がタイムとのインタビューで、「北朝鮮が核兵器を持っているかどうか、われわれはまだ確信を持てない」と語ったと伝え、これは米国が北朝鮮を核保有国と見る立場と大きく違うと指摘している。

 韓国は、北朝鮮に対する経済支援についても、盧武鉉大統領が6月15日、核の完全廃棄を前提とする凍結に応じるなら、食料支援はじめ大規模な本格支援を計画するとの立場を打ち出した。中国、ロシアも規模など詳細には触れないものの、韓国と同じような立場をすでに示している。一方、日本は特定船舶入港禁止法の成立などもあり、国内では北朝鮮に対する圧力強化が強まる印象が強いが、タイム誌は小泉首相が訪朝して食料25万トン、医療品1,000万ドル相当の支援を約束したことをあげ、金正日総書記の笑顔に貢献した例の1つにあげている。

 こうした北朝鮮近隣諸国の動きに対し、ブッシュ政権は従来どおりの姿勢を崩さない。小泉首相が6月8日の首脳会談で、ブッシュ大統領に対し、金正日総書記が直接対話を望んでいると伝えたのに対し、同大統領は「(あの国は)信用できない」と言下に拒否したという。ブッシュ政権の北朝鮮政策は、金正日政権不信が原点になっており、同大統領の発言はこれが微動もしていないことを示している。


・ブッシュ戦略の誤算

 六カ国協議は、信用できない北朝鮮を公開討議の場に引き出し、各国の前で核開発放棄を約束させるという趣旨から始まった。遅々とした進行で、進展もほとんどないが、その過程で、議長国中国の影響力が次第に大きくなり、しかもブッシュ政権と対立する動きを示している。中国の影響力の拡大は、米国と対抗するような覇権国家をたとえ地域的であっても許さないというブッシュ・ドクトリンの原則に反することになる。

 また、米中関係のみでなく、上記のように米韓の間の溝も目だってきた。それに、小泉政権の日本がブッシュ政権と必ずしも連動して動いていない。23日からの六カ国協議で、北朝鮮が核廃棄を前提とした核凍結と検証に応じた場合、日本もエネルギー支援の用意を表明するという。拉致をめぐる小泉首相の一連の動き、特に金正日総書記とブッシュ大統領の仲介をするような動きは一歩間違えば、米国との信頼関係を損ないかねない。

 米国は11月に大統領選挙を控え、ブッシュ政権は北朝鮮政策で大胆な動きはできない。その間に、今のような近隣諸国の動きが続けば、金正日総書記の笑いは止まらないことになる。米国内では、ブッシュ政権に対する不満が募り、北朝鮮との直接対話を主張する民主党のケリー候補が有利な立場に立つ可能性もある。しかし、それは金正日総書記がまさに望むところである。ブッシュ大統領は大きな誤算をしたのかもしれない。

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