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北朝鮮の核危機(24) 北朝鮮外交変身の背景
持田直武 国際ニュース分析

2004年7月5日 持田直武

北朝鮮外交が変化の兆しを見せた。北京の第3回6カ国協議では、米の新提案を評価。ジャカルタの米朝外相会談では、白南淳外相がパウエル国務長官に対し、核凍結の見返りに200万キロワット分の重油を提供する案を詳しく説明した。北朝鮮が新経済政策を実施してから丁度2年。計画推進のためのエネルギー確保が至上命題となった。折も折、ロシアと韓国がサハリン沖から朝鮮半島へのパイプライン敷設を目指して動き出した。


・北朝鮮の要求、200万キロワットは軽水炉2基の発電量

 6月23日からの第3回6カ国協議、7月2日のアセアン地域フォーラム、両会議で北朝鮮代表団は従来になく柔軟だった。米代表が24日の6カ国協議で、「北朝鮮が核廃絶を前提にして核凍結をすれば、日韓中ロがエネルギー供給をする。核施設の解体、核物質の国外搬出をすれば、関係を正常化する」と提案をしたのに対し、北朝鮮は検討する姿勢を示した。そして28日、外務省スポークスマンは「米側が我々の要求どおり、行動対行動の原則を受け入れた」と述べ、核凍結という行動に対し、米側がエネルギー供給という行動で答える姿勢を示したことを評価した。

 一方、北朝鮮代表は24日、核凍結の内容を説明、「これ以上核兵器を生産しない。核兵器を第3国に移転しない。核実験もしない」という3原則を示した。そして、この凍結の見返りに年間200万キロワット分の重油を要求した。7月2日、ジャカルタで開かれたアセアン・フォーラム外相会議では、北朝鮮の白南淳外相とパウエル米国務長官が別室で会談。会談のあと、北朝鮮代表団の幹部は「席上、白南淳外相は核開発凍結の見返りにエネルギー支援を求める提案にについて詳しく説明した」と語った。北朝鮮が要求をエネルギー支援に絞っていることがわかる。

 北朝鮮の要求、200万キロワットの発電には、重油約270万トンが必要になる。一方、北朝鮮の現在の年間発電量は推定で約800万キロワット。この4分の1にあたる量の供給を要求しているのだ。だが、北朝鮮にすれば、この要求には根拠がある。94年の米朝枠組み合意で、北朝鮮がプルトニウム核開発を凍結したとき、米クリントン政権は見返りに軽水炉原発2基の建設を約束。その1基目を2003年、2基目を2005年までに引き渡すことになっていた。その発電量が合計200万キロワットである。北朝鮮のウラン核開発疑惑の浮上で、軽水炉建設は中断したが、北朝鮮はこの約束に相当するエネルギー供給の履行を迫っているということになる。


・新経済政策の実施でエネルギーの確保が至上命題に

 北朝鮮にとってこれまでは食料の確保が最重要課題だった。しかし、2年前の7月から新経済政策、「経済管理改善措置」を実施してからエネルギーの確保が食料と並ぶ重要課題となった。同新政策は、国営企業を利潤追求型に改革、自由市場を拡大、食料配給制度を段階的に撤廃、価格規制の撤廃、賃金引上げなど、市場経済の競争原理を大幅に取り入れた政策。韓国統一院の6月末の推定によれば、企業は計画外の製品や副産物の自由処分ができるほか、農民は400坪、約1,300平米の土地を自由に耕作し、その収穫を自由に処分できるという。

 首都平壌には、この結果自由化された商品を扱う自由市場が約40箇所、全国では300箇所もできた。しかし、順調な面ばかりではない。6月25日の朝鮮日報によれば、新政策実施前、1キロ44ウオンだった白米が最近は10倍に高騰。配給制度の段階的撤廃もあって、一般市民の食糧難が悪化、最悪だった95年に勝るとも劣らないという。朝鮮日報は、外貨稼ぎのため中国に来た人民軍将校の話として「兵士が空腹と栄養失調のため部隊を離脱し、民家を襲撃する事件が起きている」と伝えている。新経済政策の結果、物資の流通はやや自由になったが、生産が伴わない。その結果、物価は高騰する。わずかな賃上げではとても追いつかないのだ。

 新政策を開始した02年7月、北朝鮮当局は軽水炉2基の発電を見込んで計画を立てたことは明らかだった。その年9月、訪朝した小泉首相に対して、金正日総書記が拉致を認め、被害者5人を帰したのも、国交正常化後の日本の経済協力に期待したからだろう。新経済政策は軽水炉が発電する電力、それに日本の経済協力を加えて、完成するはずだった。しかし、同年10月、ウラン核開発疑惑が浮上、ブッシュ政権の主張で軽水炉建設は中断、日本との国交正常化も遠のいた。北朝鮮問題専門家セリグ・ハリソン氏によれば、人民軍の強硬派は金正日総書記のこの一連の対応を強く批判しているというのも、頷けるのだ。


・ロシア、韓国は北朝鮮縦貫パイプライン構想で支援

 北朝鮮外交の変身は以上の事情を抜きには考えられない。それと、もう一つ、ロシアと韓国の動きもこれにからむ。米国は第3回6カ国協議で、北朝鮮が核廃絶を前提に凍結を約束すれば、日韓中ロがエネルギー支援をすると提案し、これまでの完全廃棄後でなければ支援をしないという姿勢を変えた。これを促したのが、韓国政府の説得だった。韓国企業が今年から北朝鮮の経済特区、開城工業団地へ進出を開始、操業を始める。そのエネルギー問題を、韓国政府が黙って見ているわけにはいかないからだ。

 同工業団地は板門店の北10キロ、6月30日に一部が完成、15社が入居して11月から操業を始める。7年後に完成すると、入居企業は最大300社になる予定だ。土地の賃貸料は格安、労働力も中国に進出した場合に較べ半分。北朝鮮は進出企業に対して従業員のノービザの出入国、通信の自由の保証、治安対策などを約束。その結果、企業の中には中国への進出計画を変更して、同工業団地に入居申し込みをする例もあり、競争率は7倍という。だが、弱点はエネルギーの確保が保証されないこと。韓国政府は当面の措置として、韓国国内から送電線を引き、電力を送る計画だが、進出企業が今後増えれば、これではとてもまかなえない。

 そこで脚光を浴びているのが、ロシア極東からのパイプライン構想である。ロシアはかねてから朝鮮半島縦断のパイプライン構想を練っていたが、6カ国協議でエネルギー支援の動きが出ると、これを取り込む動きを始めた。6月29日のニューヨーク・タイムズによれば、ロシア極東プリモリエ県のダーキン知事は同紙のインタビューに答え、「プーチン大統領が決断すれば、我々は来年から北朝鮮にエネルギー支援をすることができる。すでに準備は出来ている」と語った。同知事によれば、ロシアの水力発電所の過剰電力を流す計画で、そのためのシステムの調整はすでに済んでいるという。

 もう1つ、ロシアが計画しているのが、サハリン沖の天然ガスをシベリア経由で北朝鮮、韓国に送る長期計画だ。パイプラインの延長は3,000キロ、建設費35億ドル。米石油大手のエクソン・モビルが4年計画で建設に着手している。ロシアのラブロフ外相は7月3日から韓国、北朝鮮を訪問して両国首脳と会談するが、議題の中心はこのパイプライン問題になる。ブッシュ政権の意向で中断した軽水炉提供の代わりに、ロシアが天然ガスや電力を供給することになる。それは、将来ロシアが朝鮮半島のエネルギー供給者として大きな存在になることも意味している。

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