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米大統領選、焦点をはずした泥仕合
持田直武 国際ニュース分析

2004年9月6日 持田直武

共和党大会のあと、ブッシュ大統領の支持率が上がった。民主党ケリー候補の弱点を衝く人格攻撃。同候補の30年前のベトナム戦歴に焦点をあて、イラクの現実を棚上げ。そして、テロ戦争の勝利を強調する、この作戦が功を奏したのだ。大会直後に発表された雇用統計がまずまずだったことも追い風になっている。


・ブッシュに追い風

 タイム誌が共和党大会中の8月31日から9月2日にかけて実施した世論調査によれば、ブッシュ支持52%に対し、ケリー支持43%、消費者運動出身の独立候補ネーダー支持3%である。同誌が7月下旬に実施した前回調査では、ケリー46%、ブッシュ43%、ネーダー5%だった。党大会がブッシュ支持率の上昇にはずみを付けたことがわかる。同大会の間、延べ20万とも40万ともいわれる反ブッシュのデモが連日ニューヨークの街で見られたが、参加者のかなりが報道陣のインタビューに対し、「反ブッシュだが、親ケリーでもない」と答えていた。ブッシュ支持率の上昇はケリー候補に対する不満の裏返しでもある。

 ブッシュに対するもう一つの追い風は、労働省が大会翌日の3日に発表した雇用統計だ。それによれば、8月の失業率は前月より0.1%改善して5.4%。非農業部門の雇用は14万4,000人増加した。市場関係者は最低15万人の増加が必要との予測だったので、まずまずの結果がでたことになる。実は、ブッシュ陣営が最も懸念していたのが、この雇用統計の数字だった。党大会では、テロ戦争、安全保障などを前面に出し、この問題には触れないスケジュールを組んだ。しかし、労働組合が失業者の増加に抗議する大規模なデモを展開、反響が大きくなりかけたため、大会3日目の予定を急遽変更。中小企業経営者や労働者の家族に発言の機会を与えるなどの手を打った。激戦が続く州では、失業問題が深刻な争点として浮上しているからだ。

 ニューヨーク・タイムズの各州別の調査では、ブッシュの勝利が確実な州が15、ほぼ勝ちそうな州7、獲得する選挙人は187人。ケリーの勝利が確実な州(ワシントンD.C.も含め)が11、ほぼ勝ちそうな州3、獲得する選挙人179人。一方、どちらに転ぶか分からないスイング・ステートは15州、その選挙人は172人である。当選には、選挙人270人を獲得する必要があり、このスイング・ステートのうち、選挙人が多いフロリダ州(27人)、ペンシルベニア州(21人)、オハイオ州(20人)の帰趨が勝敗を決めるとみてよい。ところが、これらスイング・ステートの中には、雇用不安が深刻な州が多い。ブッシュ陣営が勝つためには、この不安を取り除くことが不可欠なのだ。3日の労働省の発表は、ブッシュ陣営にとってとりあえずほっとする内容となった。


・ケリー候補、泥仕合で傷つく

 9月5日のニューヨーク・タイムズは、民主党の議会幹部がブッシュ支持の上昇機運に神経を尖らせ、ケリー候補に対して運動のテンポを上げるよう圧力をかけ始めたと伝えた。ケリー陣営の運動に力動感がなく、迷いがみられるというのだ。その中の1人、コネチカット州選出の民主党ドッド上院議員は「ケリー候補は7月の民主党大会でテーマの選択を間違った。同候補はベトナム戦争従軍経験を前面に出しすぎ、大統領に当選し場合のビジョンを示さなかった」と述べ、これがその後の運動の停滞を招いていると分析した。

 ケリー候補はエール大学卒業後、志願してベトナム戦争に従軍、海軍高速艇の艇長としてメコンデルタの激戦地で戦い、3つの勲章を授与された。ブッシュ大統領がベトナム勤務の可能性がほとんどないテキサスの州兵になり、それも満足に勤務しなかったという疑惑があるのとは対照的だ。ケリー候補は党大会でこれを強調し、大統領としてテロ戦争の最高指揮官にふさわしいと主張した。同候補が大統領選挙に名乗りを上げて以来続けている主張だが、ブッシュ陣営もこれに対する反論を準備していた。

 民主党大会から2週間後の8月11日、ワシントンの保守系出版社が「Unfit for Command (司令官の資格なし)」という本を出版。ケリー候補は艇長として無能だったとか、負傷の程度を誇張して勲章をもらったなどと述べ、米国の大統領、軍の最高司令官になる資格はないと主張した。この本が飛ぶように売れ、増刷を重ねる。同時に、「真実のための高速艇退役軍人たち」と名乗るグループが登場。テレビ広告を出して、ケリー候補が海軍を退役後反戦運動に参加、議会で「米兵がベトナム人をレイプし、村を焼きはらい、まるでチンギス汗のような蛮行を行った」と証言したことを取り上げ、同候補は米国の名誉を傷つけ、国民を売ったと非難した。

 ケリー陣営もこの動きを黙ってみていたわけではない。ケリー候補と同じ高速艇に乗り組んだ当時の部下を広告に登場させ、「同候補が勇敢で有能だった」と証言してもらうなど対抗した。しかし、次第に受け身になった感は否めない。ケリー候補の地元マサチューセッツ州のボストン・グローブ紙は9月4日、ナショナル・ジャーナル誌の調査結果を引用し、この泥仕合で、ケリー候補の州別の支持が次のように下がったと伝えた。

 8月24日 ケリー  23州でリード  予想獲得選挙人 269人
       ブッシュ 25州でリード  予想獲得選挙人 232人 
 8月26日 ケリー  21州でリード  予想獲得選挙人 252人
       ブッシュ 27州でリード  予想獲得選挙人 249人
 8月31日 ケリー  20州でリード  予想獲得選挙人 231人
       ブッシュ 29州でリード  予想獲得選挙人 274人



・本音が命取りになる選挙戦

 米国の選挙では、候補者が弱音をはいて涙を流したり、主張を変えたり、本音を言ったりすることは命取りになりかねない。ブッシュ大統領もあわや、この命取りをおかしたかと思われる場面があった。8月30日放送のABCテレビのインタビュー番組で、司会者が「テロ戦争に勝てるか」と質問したのに対し、同大統領は「勝てるとは思わない。ただ、テロリストたちを世界が次第に受け入れないような状況を作ることはできる」と述べた。このインタビューは2日前に録画し、共和党大会の開会日の朝放送されたが、これを聞いた各メディアは「大統領がテロに勝つという立場を捨てた」と一斉に報じた。同大統領は翌日、遊説先の演説で「テロに勝つ」という従来の立場に戻り、何事もなかったかのように前言を撤回した。しかし、反響は大きかった。

 ケリー候補は大統領のインタビューが放送された日は休暇を取り、海岸でウインドサーフィン中だった。このため同行の報道陣に対して「テロ戦争に絶対勝つ」と簡単に答えただけだった。そして2日後9月1日の演説で「テロ戦争は、対応策が正しければ、勝つことができるし、勝たなければならないし、我々は勝てる」と練り上げた言葉使いで強調した。しかし、この時すでにブッシュ大統領は発言を撤回しており、ケリー候補の追及は空振りの感をまぬかれなかった。民主党内には、ケリー候補のウインドサーフィンのおかげで、ブッシュ追求の絶好の機会を逃し、加えてサーフィン姿の同候補の姿がテレビで放映され、イメージダウンを招いたという不満が残った。

 その翌日の9月2日、今度はニューヨーク・タイムズが社説でこの問題に介入、「テロに勝てないという大統領の発言はまったく正しい」と主張して、ブッシュ大統領の発言を援護した。そして、同社説は「テロに勝つということは、暴力に勝つということと同じで、それは不可能だ。テロは世界の平和国家と連携し、国際的な戦略で対抗して初めて極限化し、抑制することができる。ブッシュ大統領がこの微妙な問題に関する発言を、ケリー陣営の批判を考えて、撤回したことは、テロ対策を真剣に話し合う機会に対する打撃となった」と主張した。同社説はさらに「今は選挙戦たけなわで、候補者は意味のない相手攻撃に時間を費やす時なのだ」と述べ、大統領の本音の発言が通らない選挙戦の現状を批判した。


・決定打になるのは失業率か

 本音が通らず、建前に縛られるのは、ケリー候補も同じだ。各種調査で、民主党大会の代議員の過半数がイラク戦争は間違いと考え、可能な限り早く撤兵するべきだと考えているということが分かっていた。しかし、ケリー候補はこれに合わせたイラク政策をたてることは出来なかった。02年10月、同候補は上院議員として、イラク開戦容認決議に賛成したことが理由だ。今になってイラク戦争は間違いだったと受け取られるようなことをすれば、指導者としての資質を問題にされ、ブッシュ陣営の格好の餌食になる。民主党大会では、関係者がこの問題を巧みに隠蔽したが、代議員の不満はすでに表面化している。

 投票日まで2ヶ月弱、当面ブッシュ大統領が追い風に乗る状況が続くだろう。そして、選挙戦最後の月の10月、いわゆるオクトーバー・サプライズで、何が起きるかも選挙情勢に影響を与える可能性がある。共和党大会の会場周辺で語られていたのは、核に関するサプライズ2つ。その1つは、北朝鮮の核実験説。もう1つは、イスラエルがイランのウラン濃縮施設を爆撃するというサプライズである。ブッシュ、ケリーのどちらがこれで有利になり、あるいは不利になるかは、その時の両候補の対応次第で予断を許さない。

 もう1つは、サプライズにあたるかどうかは別にして、労働省が10月8日に発表する次の雇用統計である。当日の夜はブッシュ、ケリー両候補による2回目のディベートがある。統計で注目されるのは、どれだけ雇用が増加するかで、市場関係者は15万人の増加が目安と予測している。もし、この数字を大きく下回ることになると、ブッシュ大統領の経済政策が批判に曝され、冒頭の部分で述べたようにスイング・ステートのフロリダ、ペンシルベニア、オハイオの各州をケリー候補に奪われかねない。逆に雇用が順調に増加していれば、ブッシュ有利が確実となるだろう。


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