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韓国の核関連実験の波紋拡大
持田直武 国際ニュース分析

2004年9月13日 持田直武

韓国が82年のプルトニウム抽出実験、2000年のウラン濃縮実験のほか、90年代にもウラン濃縮実験を行なった疑いが浮上した。IAEA(国際原子力機関)がこれを察知したほか、米政府も知っていた節がある。北朝鮮は反発し、6カ国協議への影響は必至。米情報機関は、北朝鮮が最近核実験の準備を始めた兆候を掴み、大統領に報告したという。


・韓国歴代政権の秘密プロジェクトか

 韓国の核関連物質の実験は、政府がこれまで明らかにした以外にもあった疑いが出ている。英紙フィナンシャル・タイムズは9月10日、ウイーンの西側外交筋の話として「IAEAが13日からの理事会で、韓国が90年代にもウラン濃縮実験を行った事実を公表する」と伝えた。同紙によれば、この実験は2000年に行なったレーザーによるウラン濃縮実験の前段階にあたるものだという。これが事実なら、韓国が行った核関連物質の実験は、82年のプルトニウム抽出実験、2000年のウラン濃縮実験、それにあらたに浮上した90年代の同濃縮実験の計3件になる。

 また、90年代の実験が2000年の実験の前段階だったとすれば、実験は90年代から2000年までの長期間にわたる実験だった疑いも出る。韓国政府はこれまで、82年と2000年の2つの実験の存在を認め、いずれも科学者が研究目的で行ったもので、抽出した核物質の量は少なく、実験も短期間で、政府への報告もなかったと、政府の関与を否定している。しかし、何年にもわたる長期間の実験が存在したことが事実なら、政府が知らなかったでは済まされなくなる。本当に知らなかったとすれば、政府の管理能力の欠如として、そのほうが深刻な問題になりかねない。

 韓国は70年代、朴正熙大統領が核兵器開発に乗り出し、察知した米国が強い圧力をかけて中止に追い込んだ。今回浮上した82年の実験は、同大統領暗殺のあと登場した全斗煥大統領の時代、90年代の実験は盧泰愚と金泳三の両大統領、2000年の実験は金大中大統領時代であり、見方によっては歴代大統領の全員が核の秘密プロジェクトを推進していたと考えられなくもない。韓国は現在原子力発電所19箇所を持ち、発電量は全電力の40%、世界でも有数の原発国家である。北朝鮮が公然と核開発を進めていることを考えれば、韓国も原発が生み出す使用済み燃料棒を再処理して、核兵器転用を考えたとしても不思議ではない。


・背景に米韓の安全保障をめぐる確執

 米歴代政権は、この韓国の動きを把握する機会があった。今回の一連の実験が表面化したあと、韓国政府が認めたところによれば、IAEAは今から6年前の98年と03年、韓国政府に対して疑わしい動きがあると指摘していた。そして、査察チームが訪韓したが、韓国政府側の応対は必ずしも協力的ではなかったという。問題の98年は金泳三大統領が退陣、金大中大統領が登場した年、03年は金大中大統領が退陣し、現在の盧武鉉大統領が就任した年だ。米政府もこうしたIAEAの動きと、それに対する韓国の対応を把握出来る立場だったことは間違いない。そして、韓国の対応に不満を持っていたことも窺えるのだ。

 今回、韓国政府は2000年のウラン濃縮実験しか最初は公表しなかった。これを見た米国務省高官がAP通信に対して82年1月から2月にかけてのプルトニウム抽出実験の存在をリークし、韓国政府がこれも公表せざるを得ない立場に追い込んだ。82年2月と云えば、韓国の全斗煥大統領が訪米、就任したばかりのレーガン大統領と会談して米韓両国の防衛協力強化で合意。翌年の米韓安保協議会では、ワインバーガー国防長官が韓国に対する核の傘強化を約束した。その一方で、韓国は独自のプルトニウム抽出実験を行なっていたことになる。これを知ったとき、米側が裏切られたと考えたとしても不思議ではない。

 韓国がこうしてまで核物質の実験を続けた理由も検討しなければならない。一般的には、北朝鮮の核の脅威に対抗するためだったことも確かだ。しかし、そればかりではない。2000年のウラン濃縮実験の当時の金大中大統領は「北朝鮮が核兵器開発に必要な高性能起爆実験を5年間に70回余り実施したとの報告を受けたが、何の対応措置も取らなかった」と、当時の高国家情報院長が03年7月の国会報告書で述べている。同大統領は2000年6月、平壌で金正日総書記と首脳会談をするが、そのときこの起爆実験を知っていた。同時に、韓国の科学者がウラン濃縮実験をしていることも知っていたと思われるのだ。

 首脳会談のあと、金大中大統領はワシントン・ポストのインタビューに答え、両首脳は会談で「朝鮮半島は大国に囲まれている。もし米軍が撤退したら同半島は巨大な真空地帯となり、これら大国が覇権を求めて争うという見解で一致した」と述べた。同大統領は「従って、駐留米軍の存在が必要」と主張したというのだが、駐留米軍の代わりに核兵器と言い換えることもできるだろう。米国は自分の都合次第で、駐留米軍を引き揚げるため当てにできないというのが、韓国の政治家に共通する信念なのだ。


・世界の次の関心は日本の出方

 ブッシュ大統領は02年10月、北朝鮮がウラン核開発を推進しているとして、これを解決するための6カ国協議を提案、中国が議長を勤めることになった。このとき、同大統領は韓国の核関連実験も知った上で、この交渉方式を考え出したと思われる。同協議では、米主導で朝鮮半島を非核化することをまず決めたが、これは北朝鮮の核開発と同時に、韓国の動きも封じ込めることもねらったものだろう。そして、出来れば韓国の実験問題には触れずに非核化の実施に持ち込みたい意図だったようだが、これは今回の実験の浮上で不可能になった。

 韓国の実験を知った北朝鮮は、韓国のウラン濃縮に目をつむるブッシュ政権のダブル・スタンダードを非難し、「北東アジアの核軍備競争の拡大を防ぐことが出来なくなった」と態度を硬化させた。9月12日のニューヨーク・タイムズは、北朝鮮の核施設周辺の活動が最近活発になり、米情報機関が核実験の準備の可能性もあると見て、ブッシュ大統領に報告したと伝えた。北朝鮮が核実験をすれば、韓国の動きと相俟って、朝鮮半島情勢は一変することになりかねない。その場合、日本がどんな対応をするかも世界の関心の的になる。

 チェイニー副大統領は03年3月、NBCテレビの番組で「北朝鮮の核武装とミサイル開発が進展すれば、日本が核問題を再検討するかどうか考慮を強いられるかもしれない」と語ったことがある。同年2月には国務省のカイザー次官補代理も講演で「日本に核武装の考えが広がり、予測不可能な動きが出るのではないと中国が懸念している」と発言した。IAEAが韓国に対して核関連実験についての疑問を指摘し、査察チームを送った頃のことである。両者の発言は、このIAEAの動きを踏まえ、日本の出方に懸念を表明したものだ。


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