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保守派がブッシュ大統領に反旗
持田直武 国際ニュース分析

2005年10月17日 持田直武

ブッシュ大統領の支持母体、共和党保守派の中枢が反旗をひるがえした。大統領がマイヤーズ大統領顧問を最高裁判事に指名したのが不満なのだ。同派の永年の念願は、妊娠中絶の非合法化。その実現には、最高裁判事の過半数が中絶に反対することが必要である。だが、マイヤーズ顧問は判事の経験がなく、中絶に対する立場が不明。不満は、指名したブッシュ大統領に向かって噴き出した。


・大統領側近の根回しも効き目なし

 ブッシュ大統領が、マイヤーズ大統領顧問を最高裁判事に指名したのは10月3日の月曜日。不満はすぐに噴き出した。ブッシュ政権を支えるネオコン(新保守主義者)の機関紙ウイークリー・スタンダードのクリストル編集長は、反響取材に訪れた報道陣に対し、「がっかりして意気消沈、やる気がなくなった」と発言。妊娠中絶反対運動「救出手術」のニューマン代表は「指名を撤回させる」。また、保守派のシンクタンク、ケイトー研究所のピロン会長は「マイヤーズ大統領顧問が最高裁判事にふさわしい経歴を持つ人物か、私は何も知らない」と不満をあらわにした。

 マイヤーズ顧問が就任するには、上院の承認が必要だが、時間の経過とともに共和党議員の間にも不満が拡大する。前共和党院内総務のロット上院議員は10月6日テレビのインタビューに答え、「同顧問が如何なる考えの持ち主か、これまでにわかったかぎりでは、満足できない」と不満を表明。また、ブッシュ後の大統領の座を狙うブラウンバック上院議員はマイヤーズ顧問と3時間にわたって話し合ったあと、「中絶や同性結婚についての考え方に納得できないものがある」として反対を表明。報道陣が「大統領が直接説得すれば支持するか」と質問したのに対し、同議員は「反対の立場は変わらない」と答えた。

 ブッシュ大統領はマイヤーズ顧問の指名を発表する3日前から、腹心のカール・ローブ副主席補佐官やジレスピー前共和党全国委員長を使って、保守派を構成する主要組織のオピニオン・リーダーに同顧問の指名を内々に伝え、支持を求めた。指名を公表した時、リーダーが好意的な反応を示すことが重要だからだ。だが、これに応じたと見られるのは、キリスト教信者の組織「家族中心」のドブソン代表など少数。そのほかのリーダーには、大統領の根回しが効果をあげなかったことは明白だった。


・保守派の永年の念願は妊娠中絶の非合法化

 保守派、中でもキリスト教右派やネオコンがマイヤーズ大統領顧問の最高裁判事指名に反対するのは、同顧問が中絶に反対するという確認がないことだ。米国は、最高裁が1973年、妊娠中絶は憲法が保障する女性の権利という判断を示し、中絶合法化に道を開いた。最高裁長官はじめ9人の判事のうち、7人が合法化を支持、反対は2人だった。しかし、キリスト教右派などの保守強硬派は、この判決は神が授けた生命を抹殺し、殺人を認めるものなどと主張して強く反発。それ以来、同派は最高裁に中絶反対の判事を送り込み、判決を覆すことを運動の大きな目標にしてきた。

 その保守派から見れば、ブッシュ大統領は今、中絶反対の判事を増やす絶好の機会に恵まれた筈だった。最高裁判事9人のうち、保守派のレンキスト長官が9月に死去、中道派のオコーナー判事も辞意を表明。残るのは、リベラル派4人、保守派2人、中道派1人、欠員2人。大統領は9月、長官の後任にロバーツ高裁判事を任命。同判事は司法省勤務時代に中絶合法化の最高裁判決を「不当」とする書類を作ったことで知られる中絶反対派。保守派はもう1人の後任も同じような経歴の判事を期待したが、大統領が指名したのは判事の経験のないマイヤーズ顧問だった。

 同顧問はブッシュ大統領と同じテキサス州出身。同州の大学で弁護士資格を取得、州下院議員などを務めた後、当時テキサス州知事だったブッシュ氏の要請で1995年から州政府の宝くじ委員長、知事の法律顧問などを歴任。ブッシュ氏が大統領に就任するとホワイトハウスに移って秘書室長、次いで大統領法律顧問に就任した。テキサス州時代、企業担当弁護士として手腕を発揮したが、判事の経験がないため、中絶や同性結婚、人種問題などについての立場ははっきりしない。政治面でも、ゴア前副大統領が80年代に大統領選挙に立候補した時に献金するなど、一貫性がない。ブッシュ大統領が部下に報いるための褒章人事という厳しい批判が出るのもうなずけるのだ。


・ブッシュ大統領の政治力の後退は必至

 保守派の間には、ブッシュ大統領が指名を撤回するか、マイヤーズ顧問が事情を勘案して指名を辞退するべきだという主張が次第に強まっている。ホワイトハウスのマックレラン報道官は毎日のように「同顧問をよく知る人は撤回など要求していない」と弁護、大統領の指名撤回も本人の辞退もないことを強調しているが、反対の動きは止まらない。議会は10月17日、コロンバス・デーの休会が開け、議員が選挙区から帰る。14日のサンフランシスコ・クロニクルは、その結果、大統領に対して指名撤回を要求する共和党議員の声はさらに高まると予測している。

 その一方で、民主党内には、マイヤーズ顧問を支持する動きもある。同顧問の承認審査をする上院司法委員会のスペクター委員長(共和党)は10月4日、「民主党のリード上院院内総務が同顧問の最高裁判事指名をブッシュ大統領に提案した」と語った。同委員長が9月、リード院内総務とホワイトハウスにブッシュ大統領を訪ねた際、同院内総務が提案したのだという。民主党内に早くから同顧問の指名を期待する動きがあったことになり、これが共和党保守派の疑惑を一層強める役割を果たしている。

 スペクター上院司法委員長はブッシュ大統領が指名を撤回しない限り、公聴会を11月に開催、承認の手続きを進める意向を表明している。共和党内には反対意見があるものの、民主党内に支持があるため承認される可能性が高いという。しかし、承認されても、共和党保守派の不満は高まりこそすれ、収まることはない。ブッシュ大統領はイラク、ハリケーン、ガソリンの高騰などで、最新の世論調査の支持率は38%に低下。それに加え、今回の問題で同大統領の支持基盤に亀裂が入ることも確実だ。ブッシュ政権は2期目に入ってまだ9ヶ月だが、早くもレイムダック症状に入ることになる。


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