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イラク選挙、投票が終わり政治闘争始まる
持田直武 国際ニュース分析

2005年2月7日 持田直武

選挙は予想どおりシーア派の過半数確保が確実になった。だが、大統領、首相の座を確保し、憲法を制定するには3分の2の絶対多数が必要。シーア派はクルド族の政党、あるいはアラウイ首相の世俗政党との連立に向けて動きだした。これから1年間、国づくりの主導権を目指して駆け引きが始まったのだ。ブッシュ大統領は選挙を「歴史的偉業」と自画自賛したが、前途は波乱含みだ。


・選挙はブッシュ大統領の勝利か

 ブッシュ大統領は1月30日、イラク選挙が終わると同時にテレビで演説、「イラク国民は歴史的な偉業を達成した」と称賛した。米メディアも好意的な評価をまじえた報道が多かった。ワシントン・ポストは、片足を失った32歳の自爆テロ被害者が「投票所には這ってでも来て投票するつもりだった」と取材記者に語ったという感動的な逸話を紹介した。また、ニューヨーク・タイムズも「ブッシュ政権の政策には深刻な疑問を感じているが、イラク国民が心強い前進をしたことは嬉しい。この結果、投票前の数々の政治的失敗も少しは救済できる」と評価した。ブッシュ大統領にとっては久しぶりの勝ち戦の雰囲気だった。

 ブッシュ大統領は2月3日、この雰囲気を背景に議会で一般教書演説をしたが、これも予想以上の評価を受けた。演説直後、CNNとUSA Today紙が実施した世論調査によれば、同大統領が一般教書で示したイラク政策が「正しい方向に向かっている」という答えが78%。一般教書全体の支持率も86%で、これは02年1月29日の一般教書演説以来の高い評価だった。当時は9・11テロ事件の恐怖が強く残っていた頃だ。今回の調査は、演説を聴いた485人を対象に電話で実施したが、演説を聴いたのは共和党員が多かったため、高い評価が出たのは当然と伝えたメディアもあった。

 イラク情勢の推移は、このような楽観的見方を今後も許すとは思えない。選挙の最終結果はまだ出ていないが、2月4日までの中間集計では、シーア派の統一イラク同盟が66.6%。アラウイ暫定首相の世俗政党イラク・リストが17.5%。開票はシーア派が多数を占める南部など10省が早く進み、クルド族が多数住む北部の各省、スンニ派の多いバグダッド周辺などの省は遅れている。この段階で、シーア派が66.6%の得票だったことは、最終的に同派が単独で3分の2の議席を確保できないことを示している。暫定憲法の規定では、正副大統領の選出、憲法草案の承認などには議員の3分の2の賛成が必要。この結果、シーア派が新議会で主導権を握るには、クルド政党と連携するか、アラウイ首相の世俗政党と組む以外に道はないことになる。


・立ちはだかる3分の2の議席の壁

 04年3月に制定された暫定憲法は正副大統領の選出、憲法制定などについて次のように規定している。「議会は3分の2の支持で、大統領と2人の副大統領を議員の中から選出し、この3人が大統領協議会を構成する。同協議会は全会一致で、2週間以内に首相を選出する。首相の議会承認は過半数の支持が必要。また、憲法は、議会の3分の2の支持を得たあと、国民投票にかけるが、その際、全国18省のうち3省を超える省で反対が3分の2を超えた場合、否決される」となっている。

 この3分の2の規定には、当時の米英占領当局がシーア派を抑えようとした意図が反映している。シーアは人口の60%、自由選挙を実施すれば、過半数を確保するのは確実で、憲法の制定、その他で絶対有利な立場に立つ。そこで3分の2の壁を設け、少数派のスンニ派やクルドと連立せざるをえないようにした。また、憲法制定の国民投票で、反対が3分の2を超える省が3省以上になった場合、否決という項目はクルド族の要求を容れたものだ。クルド族の主な居住地はドホーク省など3省、クルド族は自派に不利な憲法草案が議会を通過しても、国民投票で拒否する権利をこれで得たことになる。クルドがかねてから要求していた自治の既得権の維持をこれで保障し、独立志向を抑えることをねらったのだった。

 今回の選挙では、この項目がスンニ派の救済にも役立つことになりそうだ。スンニ派は人口20%、投票をボイコットした政党が多かったが、例え参加してもシーア派に対抗する力は持てない。しかし、憲法制定の国民投票で、スンニ派住民を動員すれば3省以上で3分の2以上の反対を集め、憲法草案を葬る力があるとみてよい。選挙のあと、イラク暫定政府やシーア派がスンニ派に対し、議席がなくても、憲法制定に参加できると働きかけ、スンニ派内にもこれに応じ動きがある。しかし、同派内には、旧フセイン政権時代の軍幹部やバース党の活動家、それに武装勢力に参加しているグループもあり、彼らをイラク新体制に迎えることには強い反発が起きるだろう。


・協調ムードは短期間で終わりか

 こうした動きと並行して、新体制の大統領、首相のポストをねらう動きも活発になっている。大統領には、現在のヤワル大統領が名乗りをあげた。また、アラウイ首相も新体制下の首相をねらっていることは間違いない。同首相が率いる世俗政党イラク・リストは4日の集計では17.5%でシーア派の統一イラク同盟に次いで2位。同首相は最終的には30%を超え、3分の1以上の議席を確保したいと言う。3分の1を超えれば、シーア派はアラウイ首相を無視して議会を運営できないという計算である。しかし、シーア派は必ずしも同じ思惑で動いていない。同派の幹部レドハ・タジ氏は2月5日、AP通信に対して、「シーア派は大統領、または首相のいずれかを取るが、どちらかと言えば、首相を欲しい」と語った。名目的な大統領より、憲法制定に力を振るえる首相をねらっているのだ。

 一方、クルド族の政党、クルド愛国同盟のタラバニ議長も3日の記者会見で、「大統領か首相を要求する」との意向を表明した。クルド族は人口では15%でスンニ派にわずか及ばないが、選挙では高い投票率を示し、場合によってはアラウイ首相のイラク・リストを抜いて2位に浮上する可能性もある。クルド族が今回の選挙で、クルド居住地の独立を問う住民投票を独自に実施し、これが投票率をかさ上げした。非公式集計では、独立賛成11に対し、反対は1の割合だったという。クルドはフセイン政権の弾圧を受けた点ではシーア派と共鳴する点があり、今は同派と協調する姿勢を示している。しかし、独立問題では、双方は相容れず、協調が何時まで続くか予断の限りではない。

 イラクはこれから、米国やイランとの関係、それにイスラムと国家の関わり方など、国づくりの基本をつくる作業に入る。今後、どの勢力が主導権を握るかで、国家のかたちも変わってくる。各派、各勢力とも今はお互いに協調姿勢を示しているが、これが何時まで続くのかという疑問も消えない。協調が崩れ、シーア派が単独で主導権を握れば、イスラムの法制度を大幅に導入するだろうし、クルドは念願の独立達成の機を窺うだろう。スンニ派が今後の処遇に不満を高めれば、シーア派との内戦になることも考えられる。ブッシュ大統領は選挙を「際立った成功」と称賛したが、選挙の実施だけでは問題は解決しないことがやがて明らかになるだろう。


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