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パレスチナ和平、シャロン首相のねらい
持田直武 国際ニュース分析

2005年4月11日 持田直武

シャロン首相のガザ撤退計画が反対を押し切って動きだした。同首相が撤退と引き換えにねらうのは、西岸の主要入植地の維持と、東エルサレムの併合である。だが、これらは、占領地からの完全撤退を決めた国連決議に反する。同首相が頼るのは、1年前ブッシュ大統領から届いた「国連決議の額面どおり実施は非現実的」という書簡。同首相は4月11日、訪米して同大統領と会談、書簡の確認をする。


・シャロン首相が頼るブッシュ書簡の内容

 今回のシャロン首相訪米の主要目的は1つ、ブッシュ大統領が04年4月、同首相に宛てた書簡の内容を確認することである。AP通信によれば、その要旨は次のようなものだ。 「ヨルダン川西岸の各地に、イスラエル住民の大規模な居住センターが建設されるなど、現実に起きている新しい動きを考慮すれば、和平の最終的地位交渉にあたって、西岸の全面的、かつ完全な返還を期待するのは、非現実的である」。これは、米政権として初めて、1967年の国連安保理決議の額面どおりの実施に疑問を投げたものだ。

 同国連安保理決議は、「イスラエルが第3次中東戦争で占領した東エルサレムや、ヨルダン川西岸、ガザ、シナイ半島などから撤退し、戦争前の境界線へ回帰すること」を要求したものだ。これに対し、イスラエルはシナイ半島をエジプトに返還したが、そのほかの占領地については、アラブ諸国側が安保理決議のもう1つの項目、「イスラエルを国家として承認」しないことを理由に返還を拒否。そして、70年代後半から占領地内に次々に入植地を建設して、イスラエル化を進めた。

 イスラエル内務省によれば、入植地は現在ガザと西岸合わせて140箇所余り、人口は24万人余りという。このうち、撤退するガザは入植地21箇所、住民は8,500人前後である。国連決議に従えば、イスラエルは和平の最終交渉にあたって、これら入植地の全面放棄を求められるとみなければならない。ガザ撤退はこの要求をかわし、西岸に建設したより大規模な入植地を維持するための取引の役割をおびている。その際、ブッシュ大統領が出した「国連決議の全面実施は非現実的」という書簡が、シャロン首相の強力な味方になるのは言うまでもない。


・新入植地建設で東エルサレム併合

 シャロン首相がねらっている、もう1つの目標は東エルサレムの正式併合だ。そのために打ち出した布石が、東エルサレム東方にあらたに3,600戸が入居する大規模な新入植地を建設。そして、その東のマーレー・アドミムの入植地と繋ぎ、東エルサレムをイスラエル人居住地で包囲して、首都西エルサレムに併合する計画である。東エルサレムは、イスラエルが第3次中東戦争で占領、その後も実効支配しているが、パレスチナ自治政府も国家を建設した際には、東エルサレムを首都とすると決めている。シャロン首相はパレスチナ側の要求を抑えるためにも、東エルサレム支配の既成事実化を急いでいるのだ。

 シャロン首相のこの動きに対し、ブッシュ大統領は4月8日、「同首相がロードマップの義務を守るよう望む」と語り、新入植地建設に反対の意向を表明した。国連と米、ロシア、EUの4者が03年4月に提案したパレスチナ和平のロードマップ(行程表)は、あらたな入植地建設の凍結を決め、シャロン首相も同意した。しかし、イスラエル政府はガザ撤退を計画する一方で、マーレー・アドミムに繋がる新入植地の建設を密かに進め、3月21日に公表した。ガザからの一方的撤退に対し、国内の保守強硬派を中心に不満が高まった。計画の公表は、それをなだめるねらいがあった。

 しかし、これはブッシュ政権の反発を呼んだ。シャロン首相はまた、このロードマップに反する新入植地建設計画を進めながら、一方でロードマップの維持を主張するという矛盾した立場をはからずも内外に示すことになった。これについて、パレスチナ側は同首相の真意はロードマップの第二段階、パレスチナ臨時政府の設立まで認め、次の第3段階の国境画定は可能な限り遅らせる作戦ではないかと疑っている。その間に、入植地を固め、東エルサレムの併合を既成事実化するというのだ。その場合も、国連決議の全面実施は「非現実的」というブッシュ大統領の書簡が、シャロン首相にとっては力強い援軍となることは間違いない。


・パレスチナ側では、強硬派ハマスの台頭必至

 ガザ撤退の最後の関門、予算承認は3月29日、イスラエル議会が58対36の予想外の大差で可決、7月20日からの撤退作業が動きだした。入植者の中にも、補償金を貰って新入植地への移住を目指す動きが出ている。入植地を神が与えた土地と信じ、徹底抗戦を誓う保守派入植者や、ネタニャフ元首相を中心とする与党リクードの反シャロン強硬派議員が首相の不信任の機会をねらうなど、撤退反対の動きも根強いが、予算が通過したことによって、シャロン首相が撤退推進に向けて事態を掌握したことは間違いない。

 これに対し、パレスチナ自治政府側はアバス議長の立場は依然不安定、治安維持の権限も完全に握っていないと見られている。イスラエルのモファズ国防相がその例として3月27日明らかにしたところによれば、「パレスチナ自治政府の情報機関が地対空ミサイルをガザ地域に密かに持ち込んだ証拠がある」という。地対空ミサイルは、低空を飛んで作戦行動をとるイスラエルのヘリコプターには大きな脅威であり、パレスチナ側がこれを持ったことはこれまでなかった。同国防相はアバス議長が自治政府内のこのような動きを抑えることができなければ、撤退計画にも支障が出ると警告した。

 パレスチナ側はガザ撤退が始まる直前の7月17日、国会に相当する評議会の選挙を実施、強硬派ハマスが初めて参加する。04年12月の地方議会選挙にも、ハマスは初めて参加、アバス議長が所属する主流派ファタハの44%に次ぐ、36%の得票で2位を占めた。ハマスの強硬路線がイスラエルをガザ撤退に追い込んだと信ずる有権者も多く、評議会選挙ではファタハを抜いて第1党になるとの予測もある。シャロン首相の和平戦略に対抗して、ハマスが和戦両面でパレスチナ自治政府の実権を握る可能性もあるのだ。久々に訪れたパレスチナ和平の好機と言われるが、一歩足並みが乱れれば、まったく逆の状況になることも考えなければならない。


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