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イラク米軍削減計画の賭け
持田直武 国際ニュース分析

2005年8月1日 持田直武

ブッシュ政権がイラク駐留米軍を削減する準備を始めた。憲法起草、国民投票、正式政府発足という政治プロセスが年末までに完了する。それを待って、早ければ来年春から削減を開始するという。治安回復の見通しが立ったからではない。来年11月の米中間選挙を意識した政治的判断からである。混乱が続けば、削減計画はすべてご破算になる。


・削減は早ければ来年春から実施

 ラムズフェルド国防長官は7月27日、予告なしにイラクを訪問、ジャファリ首相やケーシー駐留米軍司令官と会談し、米軍削減計画を検討した。会談後の記者会見で、ジャファリ首相は「イラク人治安部隊の訓練を急ぎ、イラク人が治安維持の責任を持つようにしたい。米軍など各国の駐留軍はできるだけ早く撤退することを希望している」と述べ、早期削減に同意した。

 また、米駐留軍のケーシー司令官は「米軍の削減は来年春、または夏から実施できる」という見通しを明らかにした。同司令官はまた、削減を実施する条件として、8月の憲法草案の起草や、10月の国民投票、12月の総選挙と正式政府の発足など、今後の政治プロセスが予定どおり完了すること、それにイラク人治安部隊の強化が予定どおり進むことを挙げた。

 米軍の撤退と削減については、ブッシュ大統領は6月末まで、時期の明示を拒否してきた。イラク駐留軍や国防総省の幹部が、武装勢力を有利にするとして反対していたからだ。これに対し、議会の共和党幹部は、来年11月の中間選挙を控え、撤退の時期を明示するよう要求していた。今回の公表は、この時期明示の要求が強まり、ブッシュ大統領も無視できなくなったことを示している。


・武装勢力の背後にフセイン元大統領一族

 政治的判断で削減計画が動き出したことに対し、駐留米軍幹部に不安があるのは明らかだった。ケーシー駐留米軍司令官は上記の記者会見で、「治安が回復しなければ、この賭けはすべてご破算になる」と語った。また、ボルチモアー・サン紙は30日、「難破は確実」という論評を掲載。「削減計画が予定どおり実施される可能性は少ないが、もし実施されれば、イラクの現在の政治プロセスは米軍という後ろ盾を失って崩壊する」と論評した。

 7月24日のロサンゼルス・タイムズによれば、武装勢力の攻撃は1日平均65件、1週間に500件近い。しかも、今後6ヶ月間、このペースで攻撃を続けることが出来ると。米軍は見ているという。イラク治安部隊は現在100個大隊組織されたが、米軍の支援なしに戦えるのは、3個大隊しかない。10月には、憲法承認の国民投票、12月には、総選挙もある。武装勢力はこれらを混乱させ、5年以内に米軍を撤退に追い込み、最終的には権力を奪取することが狙いだという。

 同紙はまた、イラク情勢に詳しい外交筋の話しとして、武装勢力は億ドル単位の資金を持ち、フセイン元大統領の第一夫人が元締め役となって、シリア経由でイラクに送金しているとも伝えている。一方、米財務省によれば、シリアには、同元大統領の異母弟4人が潜伏、第一夫人と連絡を取りながら、資金と武器を調達してイラクへ送っているという。フセイン元大統領の一族の名前がこのような脈絡で浮上したのは初めてで、武装勢力が組織化されているとの見方も出ている。


・米軍撤退でイラク分裂の危惧も

 不安があるのは、治安だけではない。憲法草案の起草でも、問題が数多く浮上した。イスラム法を立法の基本とすることも、その1つ。実施されると、市民生活に宗教色が強まり、女性は結婚相手を選べないほか、離婚、遺産相続などで権利が制限され、女性の地位がフセイン政権時代よりも後退しかねない。イスラムの原理に忠実なシーア派が憲法起草委員会の多数を占め、フセイン政権を支えた世俗的なスンニ派がほとんど力を持たない結果が現れている。

 もう1つの懸念は、シーア派とクルド族の両勢力がともに自派の結束を強めることに腐心し、イラクの国家としての結束がなおざりにされかねないことだ。シーア派は南部で、シーア派の家族法に基づいたコミュニティーを作ることを優先し、それを可能とする条文を憲法に書き込もうとしている。モデルは隣国イランのイスラム原理主義体制である。ブッシュ政権が唱える民主主義の中東へ拡大、という路線とは相容れない動きである。

 一方、クルド族は北部の居住地の自治拡大を目指すほか、8年後に独立を問う住民投票の実施を憲法に盛り込もうとしている。憲法でこれを認めれば、その時の状況如何によっては、クルド族が独立し、イラクは分裂しかねない。現在のクルド居住区の人口は350万人だが、トルコ、イランなど周辺のクルド住民を合わせれば2,000万人。イラクのクルドが独立すれば、その動きは他の地域のクルド族の独立運動を刺激し、周辺国の不安定要因になることも間違いないだろう。


・ブッシュ政権のジレンマ

 憲法草案は内容に問題があるが、起草は進んでいる。今後の焦点は10月の国民投票で承認されるか、どうかだ。国民投票は各州単位で実施し、3省が否決すれば成立しない。少数派のクルド族の権利擁護を目的に設けた制度だが、スンニ派がこれを使って憲法草案を葬ることが可能になった。武装勢力もそれを狙ってスンニ派住民の多い省で攻撃を激化するに違いない。憲法草案が否決された時の混乱は想像もつかない。

 憲法が承認されたとしても、課題は残る。12月の総選挙と正式政府の組織。武装勢力はこれも攻撃目標にすることは間違いない。これに対し、イラク治安部隊が米軍の支援なしでこれに対応する力を持つと見る見方は皆無と言ってよい。正式政府が発足したとしても、この状況が変わることはないだろう。

 ブッシュ政権がこの状況で米駐留軍の削減に踏み切ることは、武装勢力の思う壺にはまることを意味するかもしれない。ベトナムでは、ニクソン政権が国内の反戦機運に圧されて1973年に米軍を全面撤退した。そして、2年後にサイゴン陥落の屈辱を味わうことになった。イラクでも、米軍削減は、武装勢力に願ってもない展望を開くことになるのは間違いない。そして、混乱が続けば、クルド族は独立に走り、シーア派はイスラム主義の殻に閉じこもる。ブッシュ政権が標榜した中東民主化は砂漠の露と消え、混乱だけが残ることになるだろう。


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