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イラン核疑惑の背景
持田直武 国際ニュース分析

2005年9月5日 持田直武

保守強硬派のアフマディネジャド新政権が米欧の反対を押し切ってウラン転換作業を強行している。平和目的の核燃料サイクルを持つためと言うが、米欧は核兵器用と疑っている。石油に恵まれたイランが核燃料を必要とするとは思えない。だが、米ブッシュ政権の先制攻撃、イスラエルの核、あるいは隣国イラクの混乱、イランを核に向かわせる理由には事欠かない。


・米欧はイラン新政権に疑いを深める

 アフマディネジャド大統領は8月16日、新政権の政策大綱を発表、「核燃料サイクルを構築する」と宣言して、米英仏独が要求しているウラン濃縮活動を放棄し、核燃料を海外から調達するとの提案を拒否した。そして、8月8日に再開したウラン転換作業をこのまま続行する考えを示した。同大統領は同時に「核兵器を製造する意図はない」と述べ、核燃料サイクルはNPT(核拡散防止条約)が認めている平和利用に限定し、核兵器製造などの軍事目的に転用する考えはないと強調した。

 しかし、米ブッシュ政権、それにEUを代表して交渉にあたっている英仏独のいわゆるEU3は、このイラン新政権の宣言を信用していない。米国務省のマコーマック報道官は8月23日の記者会見で、イランを信用できない理由として、「石油、天然ガスに恵まれた国がなぜ核燃料サイクルを必要とするのか」との疑問を表明。ブッシュ政権は、イランが平和利用を隠れ蓑にし、ウランとプルトニウムの2つの核兵器計画を進めていると見ていることを明らかにした。

 マコーマック報道官はまた、イランは過去にもウラン濃縮活動の存在を何年間も秘密にし、IAEA(国際原子力機関)に証拠を突きつけられて初めて認めるなど、これまで信用できない行動が多かったと指摘。最近も、IAEAは複数のイラン政府関係者が核兵器製造に必要な資材を調達したとの疑いを持っているが、イランは調査を拒んでいること。また、IAEAの査察官がラビザンの疑わしい施設を調査する直前、イラン側はブルドーザーで同施設を破壊したなどの不明朗な行動をとったと強調した。


・核燃料サイクルを主張してEU3の提案を拒否

 イランの核疑惑は02年8月、反体制組織がアラクとナタンツの少なくとも2箇所で核兵器開発が進められていると暴露して表面化した。IAEAのエルバラダイ事務局長が03年2月、イランを訪問すると、イラン側はアラクに重水プラント、ナタンツに2つのウラン濃縮プラントがあり、ウラン濃縮作業を進めていることを認めた。イランと経済的つながりが深い英仏独のEU3が交渉に乗り出し、03年11月、イランが濃縮作業を中止することや、NPTの追加議定書に署名してIAEAの抜き打ち査察を受けることなどで合意。その見返りとして、EU3は核の平和利用面の協力や経済支援を約束し、そのための交渉をイラン側と続けた。

 そしてEU3は8月5日、イランがウラン濃縮の中止を続けることを条件に次のような提案をする。イランの軽水炉建設に協力し、核燃料を海外から調達するのを支援する。エアバス旅客機とその部品の提供や、WTO(世界貿易機関)への加盟を支持する。中東地域の安全保障協議へのイランの参加を支持する。そして、EU3はこの提案についてイラン側の回答を聞くため、8月31日に会談するよう要求した。

 だが、イランはそれを待たずに8月6日、外務省がEU3の提案拒否を表明。次いで8日には、イスファハンのウラン濃縮施設でウラン濃縮の前段階となる転換作業を再開するという強硬策に出る。イランの不満は、EU3が軽水炉建設に協力すると提案する一方で、その核燃料は海外から調達するよう要求したことだ。EU3のねらいは、イランの核燃料を国際管理の下に置き、核兵器に転用するのを防ぐことにある。だが、これは核燃料サイクルを確立し、核の自主管理を目指すイランの方針と相容れないのは言うまでもない。


・中国の反対で安保理付託の圧力弱まる

 イランの強硬策に対し、EU3はIAEAの緊急理事会開催を要請。同理事会は8月11日、イラン非難決議を採択し、ウラン転換作業の即時中止を要求した。同時に、エルバラダイ事務局長に対し、イランがNPTの義務を履行しているかどうかの報告を9月3日までに出すよう要請した。これに対し、イランは転換作業の中止を拒否、アフマディネジャド大統領は16日の政策大綱で、転換作業をさらに続ける方針を示した。EU3とイランが正面衝突のコースに入ったことは明らかだった。

 イランの主張は、転換作業はNPTが認めている平和利用の権利の行使であり、EU3やIAEAが中止を要求する理由はないということだ。イランはNPTの追加議定書にも調印し、軍事転用をしないという約束もした。実は、EU3も今回のIAEA決議に、イランが平和利用の核開発をする権利を持つという項目を加えた。イランの立場に同情的な発展途上国の支持を得るための妥協だった。米ブッシュ政権も、北朝鮮には平和利用の権利も認めない立場だが、この件ではEU3に歩調を合わせ、イランの核平和利用を認める立場をとった。こうした妥協が米欧の立場を弱めたことは否めない。

 イランのアフマディネジャド新政権はますます強硬になり、EU3は先進国に偏っていると非難、交渉相手に発展途上国を加えるよう要求するなど攻勢を続けている。この強硬姿勢の背景には、中国がこの問題の国連安保理付託に強く反対し、イランを側面から支援をしていることも見逃せない。中国は04年10月、イランと700億ドルにのぼる巨額のエネルギー取引に調印。その際、李肇星外相が核開発問題を国連安保理に付託することに反対を表明した。最近も、王光亜国連大使が「安保理はこの問題を扱う適当な場所ではない。IAEAの場で解決するべきだ」と述べ、安保理付託の道を探る米ブッシュ政権の動きを牽制した。


・イランが恐れる米とイスラエルの動き

 アフマディネジャド大統領は政策大綱で、核は平和利用に限ると述べたが、先にも記したように、これを全面的に信じる見方は少ない。イランの周辺には、混乱の続くイラク、アフガニスタンがある。インド、パキスタンは核武装をし、イスラエルも核武装していることは公然の秘密である。イランがこの不安定な状況の中、イスラム教主導の国家体制を守ろうとすれば、核に頼るしかないと見られても仕方ないだろう。国内には、NPTから脱退し、インドやパキスタンと同じ立場で核武装するべきだという主張も強い。

 イランが危機感を持って隣国イラクの状況を注視していることも間違いない。ブッシュ政権がスンニ派中心のフセイン政権を倒した結果、シーア派がイラクの実権を握る立場に立った。同派の最高指導者シスターニ師はじめ同派指導者の多くは、フセイン時代はイランに亡命、現在も強い絆で結ばれている。このシーア派の台頭に対し、スンニ派が黙っているとは思えない。スンニ派が武装勢力の暗躍を加速させ、同時にシリアのバース党、あるいはヨルダンのパレスチナ人勢力などと提携して、巻き返しに出れば、イランもイラクの混乱に巻き込まれることになる。

 だが、イランがもっとも恐れているのは、米とイスラエルの動きである。オーストラリア国立大学アラブ・イスラム研究センターのサイカル所長は8月28日のニューヨーク・タイムズに寄稿、「米がイランのイスラム政権を承認して、イラン敵視政策を中止し、同時にイスラエルも含む地域の大量破壊兵器を規制することに合意すれば、イランの核問題の解決に大きく寄与する」と主張している。しかし、サイカル教授も言うように「米はイスラエルをアラブやイランと同じ規制の下に置くことを決して望まない」のである。その結果、イランは核に向かうが如き歩みを止めないということになる。


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