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イラク新政権発足、治安回復は疑問
持田直武 国際ニュース分析

2006年5月29日 持田直武

ブッシュ・ブレア会談は、撤退計画を発表出来なかった。イラク新政権は発足したものの、治安維持能力に疑問があるからだ。武装勢力もこの米英の判断を見過ごさず、攻勢を強めるに違いない。米英の国民はますます忍耐の限界に近づく。それを横目に見ながら、イタリアのプロディ新政権は予定どおり6月から撤退を始める。日本も自衛隊の撤退で決断する時になった。


・米英軍撤退の期待に肩透かし

 ブッシュ大統領とブレア首相は25日、ホワイトハウスで会談したあと記者会見し、米英両軍の撤退見通しについて「現場の司令官の判断に従う」という従来の立場を繰り返した。24日に行われたブレア首相とイラクのマリキ首相の会談で、マリキ首相が「イラク軍は07年中には、イラク全土の治安維持権限を米英軍から継承できる」と、米英両軍の撤退に水を向ける発言をした。しかし、ブッシュ・ブレア両首脳はこれに乗らなかった。撤退計画か、少なくとも削減の方針が示されると期待した両国国民には肩透かしだった。

 理由の1つは、マリキ首相の調整能力に対する疑問がある。同首相は4月22日、議会で首相に指名されたあと、「1週間」あるいは「2週間以内」に組閣を完了させると豪語した。ところが、組閣期限の30日間が過ぎても、内務、国防、安全保障担当の3閣僚を決めることが出来ず、首相自身や副首相が3閣僚を兼務してようやく議会の承認を得た。3閣僚は、国家の安全保障と国内の治安維持にあたる重要ポスト。首相はその重要人事で梃子摺って、調整能力の限界を露呈した。

 この3閣僚の人事がもたつくのは、各派の民兵の処遇がからむからだ。シーア派のジャブル前内務相は1年前の就任時、世俗派の前任者が雇用した170人の職員を解雇、代わりにシーア派民兵のバドル軍団の構成員数千人を警察部隊に雇い入れた。スンニ派は、このグループが暗殺部隊を組織、スンニ派指導者の暗殺や住民の虐殺をしていると非難。新内相には、スンニ派の立場を反映する政治家を当てるよう主張して、シーア派と対立している。マリキ首相は、これを調整する政治力に欠けている。


・憲法見直し問題はさらに難問

 マリキ首相も組閣人事に自分の腹案を持っていないわけではない。しかし、それを実現するには、シーア派、スンニ派、クルドなど各派指導者の了解が必要だが、それが難問なのだ。マリキ首相自身はシーア派ダワ党所属、前任のジャファリ前首相は同党の先輩幹部。警察部隊にバドル軍団の構成員を入れることを認めた責任者だ。マリキ首相がスンニ派の主張も容れた内相人事を実施するには、この先輩幹部の決定を覆さなければならない。23日のニューヨーク・タイムズの社説は、「イラクの政治家にとって、内相人事で妥協するより、内戦のほうが良いかのようだ」と書いている。人事に治安の成り行きがかかっているのだ。

 しかも、難問はこれだけではない。議会は新政権成立後、憲法見直しの委員会を設置して4ヶ月以内に結論を出し、国民投票にかけるという取り決めがある。05年10月の憲法制定国民投票直前、投票にスンニ派の参加を促すため各派が合意した取り決めである。見直しの項目は、国政に於ける宗教の役割、中央集権か連邦制かの問題、石油利権の配分問題などが考えられている。いずれも、フセイン政権崩壊以来、各派がそれぞれの立場で主張し続けてきたものだ。

 議会は今後委員会の構成、委員の数、委員の各派への配分などを決めなければならない。焦点は、委員の配分をどうするかだ。委員の数は、自派の主張実現の梃子になる。議会の議席数に比例した配分では、スンニ派が同意しないだろう。議会が4月22日マリキ新首相を承認した時、スンニ派の強硬派15人は投票をボイコットして退場した。この中には、武装勢力に近い政治家もいた。憲法見直し問題でも、スンニ派が少数派の不満を募らせれば、ボイコットする議員はさらに増えるだろう。それが、治安の悪化に拍車をかけることも十分考えられる。


・イタリア軍は撤退、自衛隊も撤退の判断が迫る

 マリキ新政権が20日に発足したあと、米英では駐留軍撤退の期待が高まった。英紙ガーディアンは24日、イラク南部の英軍は現在の8,000人から年末には5,000人に縮小、米軍も現在の13万3,000人から10万人に縮小すると伝えた。しかし、この期待は一気にしぼみ、撤退は遅れるとの見通しが強まっている。ハワイのマイアミ・ヘラルド紙は27日、「ブッシュ政権はイラク新政権の発足で民主主義への一歩をさらに進めたと称賛しながら、撤退には、指を十字にしてノーの合図を出した」と書き、国民の期待を裏切ったと批判した。

 こうした米英の動きの一方で、イタリアのダレマ外相は26日のテレビで、「イラク駐留イタリア軍2,700人のうち、1,100人を6月から引き揚げる」と発表した。イタリアはベルルスコーニ前内閣が3,000人の部隊を南部ナッシリアに派遣、イラク治安部隊の訓練や戦後復興にあたっていた。4月の選挙で、与党が敗北、プロディ首相の新内閣が成立したが、プロディ首相も選挙公約に撤退を掲げていた。撤退は前内閣の決定を引き継ぐ形になるが、米英とは逆の動きになった。

 日本の自衛隊も撤退への動きが表面化している。小泉首相も訪米して6月29日、ブッシュ大統領と会談する。米側は、大統領専用機を出して首相をメンフィスのエルビス・プレスリー邸に案内するなど手厚いもてなしを計画しているという。イラク戦争をはじめ数々の案件で、ブッシュ政権に協力したことに対する謝意を表すためだ。これが、自衛隊の撤退決断にあたって重荷になるのか、それとも区切りになるのか。ここは、首脳どうしの個人的な友好を抜きにした判断をしてもらわなければならない。


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