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パレスチナ内戦の危機
持田直武 国際ニュース分析

2006年6月19日 持田直武

自治政府のアバス議長の支持勢力ファタハとハニヤ首相の与党ハマスの対立が武力抗争に発展した。背景には、イスラエルとの共存を認めるファタハと、認めないハマスの相容れない対立がある。エジプトが仲介案を提示、アバス議長は受け入れる意向のようだが、ハマスの動きは不明。現実容認に傾いたファタハと原則に固執するハマスの決戦の様相である。


・住民投票の実施をめぐって対決

 抗争は6月10日、自治政府のアバス議長がイスラエル共存政策の是非を問う住民投票の実施を発表したのがきっかけ。ハニヤ首相は直ちに反対を表明、投票のボイコットを呼びかけた。イスラエルとの共存は、ハマスは拒否しているが、世論調査ではパレスチナ住民の約80%が支持。アバス議長は、住民投票でこれを確認し、ハマスとハニヤ首相に圧力を加えることを狙ったのだ。これに対し、ハニヤ首相はハマスが多数を占める議会を動かし、これを阻止する動きに出た。

 対立は武力抗争に発展。ファタハの影響下にある治安部隊は、ハマスが支配する議会や自治政府の建物を襲撃して放火。これに対し、ハマスも自派の武装勢力を動員、睨み合いとなった。ファタハの影響下の治安部隊は7万人、ハマスの武装勢力3,000人。ハマスと共闘関係にあるテロ集団イスラム・ジハドも加わり、内戦になりかねない状況が続いている。その一方で、イスラエルのオルメルト首相は13日、アバス議長にライフル銃375丁を贈った。身辺警護を強化するための支援だが、万一の場合、介入することを示唆している。

 アバス議長が発表した住民投票は7月26日が投票日。イスラエルのインターネット新聞Ynetによれば、同議長は投票日までに混乱が収拾できる見通しが立たない場合、非常事態を宣言して、ハニヤ首相が率いる内閣を解散、臨時内閣を組織する計画という。一方、14日のエルサレム・ポスト(電子版)によれば、エジプト政府もハマスに代わる無党派の専門家内閣を組織する仲介案を提案したという。周囲の状況は、ハマスに対して厳しいものになったことは間違いない。


・エジプトがハマス内閣の退陣を提案

 エルサレム・ポストによれば、エジプト政府は仲介案を示すと同時に代表団をガザに派遣、パレスチナ各派の代表に説明した。それによれば仲介案は、次のような内容である。

・ハニヤ首相のハマス内閣に代えて、無党派の専門家内閣を組織する。
・ハマスは専門家内閣を監視する役割にまわる。
・ハマスとイスラム・ジハドはPLO(パレスチナ解放戦線)の傘下に入る。
・アバス議長が提案した7月26日の住民投票は取り止める。
・イスラエルとの交渉は続ける。
・イスラエルとの間の合意事項は住民投票にかける。

 エジプトの仲介案は、以上のようにハマス内閣の退陣を含む厳しい内容である。同代表団はこの仲介案を説明したあと、専門家内閣の首相として、パレスチナ自治内閣の元財務省バマスリ氏を推薦したという。この提案に対し、アバス議長は受け入れる意向と言われている。しかし、ハマスについては、幹部の一部は支持を表明したようだが、組織としての意見は表明していない。ハマスは1月の選挙で、議席の過半数を獲得して内閣を組織しただけに、退陣には抵抗があるに違いない。


・ハマス武装勢力の統合には基本合意

 ハマス内閣退陣と並んで、もう1つの問題は武装勢力の処遇である。エジプトの仲介案は上記のように、ハマスとイスラム・ジハドがPLOに加盟するよう提案した。アバス議長の出身母体ファタハはPLO発足時からの中心的加盟組織、その武装勢力は自治政府の治安部隊となった。エジプトの提案は、これに倣ってハマスもPLOの一員となるよう薦めたものだ。アバス議長とハニヤ首相は14日の会談でこの問題を協議、同首相はハマス武装勢力と治安部隊の統合に基本的に合意したという。

 しかし、統合の方法で、両者の意見は食い違っている。アバス議長はハマスの武装勢力を治安部隊の中に分散して吸収統合すると主張している。しかし、ハニヤ首相はハマス武装勢力を単独の師団として治安部隊に参加させると主張しているのだ。アバス議長の主張に従って統合すれば、ハマスの武装勢力は分散し、治安部隊の実権を握るファタハ系指揮官の傘下に入ることになる。ハニヤ首相はこれを警戒、ハマス武装勢力を現在のまま治安部隊に移行し、勢力の温存を狙っているのだ。この問題は、組織の生死にも係わるだけに、ハマス側も安易な妥協はしないだろう。

 もう1つの問題は、イスラエルとの共存政策である。エジプトの仲介案は、イスラエルと交渉を続けること、また過去の合意については住民投票で是非を問うことを薦めている。これによって、ハマスが拒否している2つの問題、「イスラエルの存在と過去の合意の承認」を乗り切ろうとしている。ハマスがイスラエルとの交渉に応じれば、イスラエルの存在を事実上認めるのと同じと解釈できる。だが、ハマスはイスラエルとの交渉を拒む立場を頑なに変えない。


・パレスチナ住民の不満高まる

 シドニー・モーニング・ヘラルドがガザから伝えた報道によれば、同市の金細工のマーケットには、高価な金細工製品が超安値であふれているという。ハマスが選挙で過半数を獲得後、米欧イスラエルが援助を停止。ハマス内閣は公務員に給与も払えなくなった。経済活動も停滞、困った市民が装飾品などを売りに出したのだ。各地で、治安部隊とハマスの武装勢力が対峙しているとき、西岸のラマラでは、1,000人余りの市民がパレスチナ議会を取り囲んで窮状を訴えた。ロイター通信によれば、市民の中からは「イスラエルの方が良かった」と叫ぶ声もあがったという。

 ハマス内閣のザハール外相が14日、現金200万ドル入りの旅行バッグを抱えてエジプトから陸路ガザに入った。翌日には、リズカ情報相も同じように現金200万ドルを持って帰ってきた。米、欧、イスラエルがハマスのイスラエル不承認とテロ放棄をしないことに抗議、資金援助を凍結した影響が深刻化しているのだ。ハマス側は閣僚を動員して中東諸国などから資金を集めているが、自治政府の職員16万人の給与はすでに3ヶ月も遅延。閣僚が集める現金も焼け石に水というのが実情だという。

 パレスチナが混乱する一方で、イスラエルのオルメルト首相は12日からイギリス、フランスを訪問、西岸の入植地を整理、撤退させ、国境を一方的に画定する問題で両国の支持を求めた。国連は、イスラエルとパレスチナが交渉したうえで国境を決めるよう要求しているが、オルメルト首相は一方的な画定も辞さない構えを強めている。パレスチナ自治政府が混乱状態なのも、同首相に有利に作用している。ハマスはイスラエルを認めないとの原則を守って、選挙で多数の支持を集めたが、現実の政治はそれでは乗り切れないことを示している。 


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