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米韓首脳会談、作戦統制権の返還合意
持田直武 国際ニュース分析

2006年9月17日 持田直武

米韓首脳が、戦時作戦統制権の韓国返還に合意。朝鮮戦争以来続いてきた米軍主導の韓国防衛体制に終止符を打つことになった。米韓連合軍司令部は解体、有事を想定した米韓合同作戦計画も変更する。盧武鉉大統領念願の自主国防への一歩だが、北朝鮮がこの動きをどう見るか、予断を許さない。


・難問山積の作戦統制権返還の前途

 ブッシュ大統領は9月14日、盧武鉉大統領と会談したあと記者会見し、戦時作戦統制権の返還に基本的に合意したことを明らかにした。返還の時期は「米韓両国の国防長官が協議して決める」と述べ、10月に開催される恒例の米韓安保協議会で日程を協議する意向を示した。ブッシュ大統領はまた、「私と盧武鉉大統領は、この問題を政治問題化するべきではないという点で意見が一致している」とも発言。韓国内で返還をめぐって、野党や歴代国防相が強く反対していることに配慮、純粋に軍事面から返還問題を扱うとの方針を示した。

 韓国軍の作戦統制権は、朝鮮戦争勃発直後の1950年7月、当時の李承晩大統領がマッカーサー国連軍司令官に委任。その後、平時の作戦統制権の返還はあったが、戦時作戦統制権は米韓連合軍司令官(在韓米軍司令官が兼務)の下に置いた。しかし、自主国防を掲げる盧武鉉大統領は、この状態を「国軍統帥権に関する憲法の精神にも一致しない非正常な状態」と主張。8月15日の光復節の演説でも「返還によって、これを正常に戻す」と約束した。ブッシュ大統領の返還合意は、この盧武鉉大統領の要求に応じたものだが、その前途には難問が山積している。

 その1つは、返還の時期だ。韓国の尹光雄国防相が8月上旬、ラムズフェルド国防長官に「2012年返還」を要請する書簡を送ったのに対し、同長官は「09年の返還」を回答した。韓国側が12年としたのは、作戦統制権の行使に必要な防衛力整備を考慮したためだった。ところが、米側はそれを3年も前倒しする逆提案をした。同長官は世界的規模の米軍再編を推進中だが、これまで在韓米軍はこの枠外だった。しかし、作戦統制権の返還で、米側はこの枠をはずすことができ、大歓迎だったのだ。ただ、韓国内には、国防相が提案した12年返還でも時期尚早の意見が強く、混乱も予想される。


・北朝鮮に対する抑止力の低下は必至

 韓国内の反対の理由は、作戦統制権の返還によって北朝鮮に対する戦争抑止力が低下すると見るからだ。現在の米韓連合軍司令部体制下では、北朝鮮の攻撃は米韓両国に対する攻撃とみなし、両国が「作戦計画5027」に従って反撃する。その際、在韓米軍司令官が米韓連合軍司令官として戦時作戦統制権を行使し、米軍は5個空母船団を含む艦艇160隻、戦闘機2,500機、陸海の兵士69万人(いずれも上限)を朝鮮半島に追加派遣することが決まっている。

 韓国の国防関係者は、この体制が北朝鮮に対する抑止力として働き、戦争を防ぐ大きな力になっていると強調する。しかし、韓国が戦時作戦統制権を持つ体制では、この抑止力は大幅に低下すると主張する。米軍は米軍司令官の作戦統制権の下でしか行動しない伝統があり、韓国軍司令官の作戦統制下に入らないことは確実。このため、米が韓国に作戦統制権を返還すれば、現在の米韓連合軍司令部の解体は必至。「作戦計画5027」も変更、ないし破棄となることも確実である。この結果、北朝鮮に対する抑止力は当面低下することも間違いない。

 ブッシュ大統領は14日、盧武鉉大統領と会談したあとの記者会見で、「米政府は朝鮮半島の安全保障に関して依然として責任を負っている」と述べたが、これは作戦統制権を返還したあとも防衛協力をするとのメッセージだった。しかし、その場合でも、協力は極めて制限されたものになると見られている。朝鮮半島のような狭い戦域に、米韓両国が作戦統制なしに大部隊を投入することはまずできない。同士討ちも起きかねないからだ。従って、米側の安保協力は空軍や海軍が中心になるとも見られている。


・北朝鮮の出方も懸念材料の1つ

 この防衛協力に関連するもう1つの問題は、戦略目標をどう設定するかである。在韓米軍のベル司令官は7日の講演で、「北朝鮮が侵攻した場合、韓国の最終目標は何かを決めなければならない」と主張した。韓国軍は北朝鮮の攻撃に反撃するが、その場合、北朝鮮軍を非武装地帯まで押し返すことを最終目標とするのか、それとも金正日政権を倒し、南北統一を目指すのか、明確にしなければならないというのだ。作戦統制権返還後の米軍の防衛協力の規模や役割がこれによって決まるからだ。

 もう1つの大きな疑問は、北朝鮮の核開発やミサイル発射によって朝鮮半島が緊張している今、なぜ抑止力の低下になりかねない問題を持ち出すのかだ。歴代の国防相や外交官、大手新聞などがこぞって反対しているのに対し、盧武鉉大統領とその周辺だけが返還を急いでいるとしか思えない面もある。朝鮮日報と韓国ギャラップが11日に実施した世論調査によれば、返還反対は66.3%、賛成29.4%だった。韓国の野党第1党ハンナラ党は8月30日、政府に対して「作戦統制権の協議中断」を要求する決議をした。同党内には、07年の大統領選挙で勝利した場合、統制権返還の合意を白紙化するべきだとの強硬論もある。

 北朝鮮がこの動きをどう見るかも無視出来ない。藩基文外交通商相は1日の記者会見で、作戦統制権返還は「北朝鮮と平和体制の協議をする場合、肯定的な条件になる」と述べた。在韓米軍のベル司令官は「北朝鮮の攻撃に反撃する場合、韓国の最終目標は何か」と問いかけているが、韓国の政権中枢の視線はまったく別の方向を見ているかのようだ。願わくは、北朝鮮も作戦統制権の返還を攻撃の好機と見るようなことをせず、南北協調への肯定的条件と捉えてくれればよいのだが。


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