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米大統領選挙 女性大統領の可能性
持田直武 国際ニュース分析

2007年5月13日 持田直武

ヒラリー・クリントン上院議員が善戦している。女性大統領が誕生する場合、彼女が最も近い位置にいると言われてきた。弁護士として米国の100人に選ばれた実績、大統領夫人としての経験と知名度、豊富な選挙資金など、他候補を圧倒している。だが、政敵が多いのも事実。米国初の女性大統領への道は平坦ではない。


・共和党保守派から一転、民主党反戦派へ

 ヒラリー・クリントン上院議員は1947年10月、イリノイ州で生まれた。父親は繊維工場の経営者、中西部に多い保守的な中産階級の家庭だった。ヒラリーはメソジスト教会に通い、ガール・スカウトで活動。高校3年になった64年には、共和党保守派の大統領候補ゴールドウオーター上院議員の選挙運動に参加した。大学の学部時代は共和党学内支部の会長も務めた。ところが、エール大学大学院時代の72年、ベトナム反戦を掲げる民主党大統領候補マクガバン上院議員の選挙運動に参加。共和党保守派を裏切ることになった。

 米国の政治家が党籍を替えることはよくある。今や共和党の理想的大統領像となった故レーガン元大統領も若い頃、ルーズベルトのニューディール政策を信奉する民主党員だった。ハリウッドの俳優組合の委員長のほか、米国民主行動委員会など民主党系の団体に加盟、民主党から下院議員に立候補しないかと誘われた。しかし、62年に共和党に鞍替え、66年の選挙でカリフォルニア州知事、80年選挙で大統領に当選した。90年に出版した自叙伝で、元大統領は民主党員だった頃を回想し「世界の役にたつとみられた組織にはすべて盲目的に加盟した」とジョークを交え述懐している。

 だが、ヒラリー・クリントンの場合、ジョークでは終わらない。民主、共和両党がベトナム戦争やニクソン大統領の弾劾裁判をめぐって対決していた時だ。ヒラリーはマックガバン選対で働いたあと、ニクソン弾劾調査委員会に民主党側の弁護士として参加、大統領の犯罪追及の先鋒を努めた。彼女はその後も実績を重ね、法律専門誌が米国の法律家100人のうちの1人に選んだ。一方、夫のビル・クリントンは78年、32歳で故郷アーカンソー州知事に当選。その後、民主党指導者会議を結成し、大統領をねらう立場に立った。その一方で、共和党内に反クリントン・グループが形成される。


・保守派の大陰謀

 反クリントン・グループは、初めはアーカンソー出身者の集まりだった。事務局長役はクリントンの英国留学時代の仲間、クリフ・ジャクソン弁護士。だが、クリントンが知事に当選、大統領をねらう動きを見せると、東部メロン財閥の4代目当主リチャード・メロン・スカイフ氏や、レーガン政権時代の司法次官補で保守派の雑誌アメリカン・スペクテイターの会長テッド・オルソン氏らワシントン政界の黒幕が同グループに参加。94年にはアーカンソー・プロジェクトという政治団体を組織してクリントンの女性スキャンダルや汚職情報を探った。

 同プロジェクトの最大の成果は、98の年クリントン弾劾裁判のきっかけを作ったことだ。同プロジェクトが、知事時代のクリントンからセクハラを受けた元OLを探し出し、訴訟に持ち込んだ。この裁判で、クリントンは不倫をしたことはないと証言。ヒラリーも夫を弁護し、訴訟は「保守派の大陰謀」と批判した。ところが、ホワイトハウスの女性インターンが「大統領と不倫関係にある」と告白し、大騒ぎになった。議会下院はクリントン大統領を偽証罪で弾劾。クリントンは上院の表決で辛うじて大統領の罷免は免れたが、ヒラリーが受けた打撃は大きかった。

 ニューヨーク・タイムズ(07.2.19)によれば、メロン・スカイフ氏は同プロジェクトのために200万ドル以上を使った。同氏をはじめ保守派にとって、クリントン夫妻は米国の伝統的価値観を破壊する過激なリベラルだった。70年代から80年代、若者はコカインに溺れ、モラルを見失った。同夫妻はそれを助長する元凶と映った。現在、メロン・スカイフ氏はじめ同プロジェクトの関係者は活動を止めている。しかし、同プロジェクトが育んだ「ヒラリー嫌い(Hillary Hater)」は根強く残り、「保守派の大陰謀」が再び仕組まれても不思議はないとの見方もある。


・支持はトップ、反感もトップ

 最近の世論調査にも、この「ヒラリー嫌い」ははっきり現れている。支持率では、ヒラリー・クリントンが次のように30%台で民主党候補のトップ。同時に好感度調査では、ヒラリーに好感を持てないという有権者が42%もある。オバマ上院議員の24%に較べ、「ヒラリー嫌い」は突出している。

「支持率」
・CNN、タイム (5月4日―6日)   ・USA Today  (5月4日―6日)
 クリントン支持 38%        クリントン支持 38%
 オバマ支持   24%        オバマ支持   23%
  
「好感度」
・USA Today (5月4日―6日)     ・USA Today (5月4日―6日)
 クリントンに好感を持つ 50%    オバマに好感を持つ 50%
     好感を持てない 42%      好感を持てない 24%

 ヒラリーに「好感を持てない」理由として考えられるのは、リベラルすぎるという点である。確かに、彼女は結婚しても旧姓を名乗り続けるなど、若い頃はリベラルな行動が目立った。夫のクリントンが80年の選挙で、知事の再選に失敗すると、メディアは旧姓を名乗るヒラリーに原因があると非難した。彼女はこのあと、クリントン姓を名乗り、発言も中道派的になった。しかし、インターネットで「ヒラリー阻止」の運動を進めているリチャード・コリンズ氏によれば、「彼女は大統領になりたくて中道のフリをしているだけだ」ということになる。


・鍵は今後打ち出す政策

 こうしたネガティブなイメージがあっても、ヒラリーは出馬表明して以来、支持率、資金集めともトップで安定している。問題は、今後打ち出す政策如何にかかってくる。冷戦を終結に導いたレーガン大統領が掲げた選挙スローガンは「強いアメリカ」だった。夫のクリントンは冷戦後の国内経済再建を重視し「変化(Change)」を掲げた。いずれも、当時の時代背景を背負った政策提言だった。現在の最大関心事はイラク戦争の収拾である。ヒラリーがこれにどう答えるか、それが米国初の女性大統領誕生の鍵になるだろう。


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