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米大統領選挙 共和党期待のダークホース
持田直武 国際ニュース分析

2007年6月10日 持田直武

共和党保守派のフレッド・トンプソン元上院議員が立候補準備を始めた。弁護士、検事を経て上院議員。その傍ら俳優としても活躍。最近は連続テレビ・ドラマで社会派検事を演じて人気があった。身長2メートルの大男、渋い顔。共和党保守派の証である妊娠中絶反対、同性愛者の結婚反対、銃規制反対の3点セットにも忠実。保守派期待の本命候補との呼び声が高い。


・レーガンを継ぐ男になるか

 共和党の大統領候補は現在10人が出馬表明しているが、保守派の眼鏡にかなう候補がいない。トンプソン元上院議員はその空白を埋めるとの期待を担って登場した。6月1日に立候補準備委員会を設立、7月4日の独立記念日を目処に立候補宣言をするという。準備に専念するため、出演していたNBCの連続テレビ・ドラマ「法と秩序」の社会派検事役も降りた。他候補に比べ半年以上も遅れてのスタートとなるが、共和党保守派の期待を一身に集めている強みがあり、今後正式に立候補すれば、指名争いのトップ・グループに加わることは間違いない。

 共和党で大統領候補の指名を得るには、保守派の支持が不可欠である。同党はキリスト教右派をはじめ保守的な団体の影響力が強く、その動向が選挙結果を左右する。ブッシュ大統領は2000年選挙で、これら保守票の80%を確保したと言われた。ところが、現在の候補の中には、これに匹敵する保守派の支持を集める候補がいない。そこで、トンプソン元上院議員に白羽の矢が立った。保守派上院議員としての活動暦に加え、俳優としての知名度もあり、共和党の理想の大統領像となったレーガン元大統領の名籍を継ぐとの期待も生まれた。

 共和党保守派の政治理念はレーガン元大統領時代とほぼ同じである。「小さい政府をつくり、減税をする。そして、強いアメリカをつくる」。また、社会政策では「妊娠中絶反対、同性愛者の結婚反対、銃の規制反対」である。トンプソン元上院議員は立候補準備委員会を設立した翌日、バージニア州の共和党員の集会で演説、この理念に忠実であることを強調。現在支持率上位の3人、ジュリアーニ・ニューヨーク前市長、マケイン上院議員、ロムニー前マサチューセッツ州知事とは違い、共和党保守派を継ぐ正統派候補であることを訴えた。


・ベーカー前駐日大使の秘蔵っ子

 フレッド・トンプソンは1942年8月、アラバマ州生まれ。学齢期にテネシー州に移ってバンダービルト大学大学院を終了、弁護士資格を取った。連邦検事補を2年間務めたあと、72年テネシー州選出のハワード・ベーカー共和党上院議員(前駐日大使)の選挙責任者に就任、同議員の再選に貢献。その後、上院院内総務など共和党の要職を歴任する同議員の知遇を得た。72年のウオーターゲート事件で、議会が調査委員会を設置した時は、同上院議員の推薦で共和党の主席調査官に就任した。この時、民主党の調査官の1人がヒラリー・クリントン上院議員だった。

 この調査で、トンプソンは共和党の調査官だったが、結果的にニクソン大統領を辞任に追い込む役割を演じた。事件から1年後、議会調査委員会内には、同大統領がホワイトハウス内に盗聴器を仕掛けているとの疑問が浮上した。そこで、調査委員会はホワイトハウスの記録担当だったバターフィールド補佐官を召喚。トンプソンが「大統領執務室に録音装置が設置してあるのを知っているか」と質問した。すると、同補佐官は「イエス」と何の躊躇もなく答えた。その装置がニクソン大統領を辞任に追い込む会話を録音していたのだが、その時は双方とも気付いていなかった。

 その4年後の77年、トンプソンが俳優に転進する契機となる事件が起きた。テネシー州知事が特赦委員会のマリー・ラギアンティ委員長を解任、それを不服とする同委員長がトンプソンに弁護を依頼した。調べると、知事周辺が賄賂を取り、受刑者を恩赦や仮釈放にした事実が判明。それに気付いたラギアンティ委員長が知事と対立。知事が解任したことがわかった。FBI(連邦捜査局)も介入、知事は別件で有罪、服役した。この事件に興味を持ったロジャー・ドナルドソン監督が85年、「マリー」の題名で映画化し、トンプソンを弁護士役で起用した。


・保守派が期待するのは社会派検事役

 トンプソンは「マリー」出演のあと、冷戦中の米ソの潜水艦対決を描いた映画「レッド・オクトーバーを追え」や「ダイハード2」など24本の映画に出演した。また、テレビでは、NBCが02年から開始した連続テレビ・ドラマ「法と秩序」の社会派検事を演じ、好評だった。その役柄について、ニューヨーク・タイムズは94年「渋い顔の大男トンプソンには、大統領補佐官やFBI捜査官、海軍提督などがはまり役だ。国家権力を背負う役柄が良く似合うからだ。ハリウッドの監督たちは、そんな俳優が必要になると、トンプソンに連絡する」と評価した。

 トンプソンは94年、共和党から上院議員選挙に立候補して当選した。映画で演じた権力を背負う役柄が評価され、上院議員として実践することになった。映画で知名度が高かったこともあって、民主党の対立候補に大差をつけて当選、2期勤めた。上院では、政府活動委員会委員長として、中国が米政界に違法献金した疑惑をはじめ、政治献金にまつわる問題を追及。国家権力を背負って不正を追求するイメージを広めた。NBCが02年、連続テレビ・ドラマ「法と秩序」を始めるにあたって、主役の社会派検事役にトンプソンを起用したのも、そんな背景があった。

 共和党保守派がトンプソンに期待するのも、この社会派検事役である。保守派は米社会に、妊娠中絶が蔓延し、同性結婚が増え、銃規制が強まることに危機を感じ、この流れを止める役割を期待しているのだ。保守系のフォックス・ニュースが6月5日―6日にかけて実施した調査によれば、共和党大統領候補の支持率1位はジュリアーニ・前ニューヨーク市長で22%、2位はマケイン上院議員で15%、3位は立候補準備中のトンプソンで13%、4位はロムニー・マサチューセッツ州前知事で10%。立候補準備中のトンプソンが支持を伸ばしている。


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