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米朝会談 何を約束したのか
持田直武 国際ニュース分析

2007年7月1日 持田直武

米のヒル国務次官補が訪朝、帰国後の記者会見で極めて楽観的な見通しを示した。北朝鮮の核施設の無能力化は今年中に可能、朝鮮戦争の休戦協定に代わる平和体制構築も今年中に開始したいという。実現すれば、核問題解決だけでなく、朝鮮半島の恒久的な和平に向けての大きな進展となる。だが、北朝鮮はそれを可能にする戦略的転換をしたのかとの疑問が消えない。


・ヒル次官補は楽観的な見通し

 ヒル国務次官補は25日、国務省で記者会見し、訪朝結果を説明した。同次官補は6月21日から22日までの平壌滞在中、金桂寛外務次官や朴義春外相と会談。寧辺のプルトニウム核施設の活動停止問題やウラン核開発問題を協議した。記者会見の内容のうち、核開発に関する部分は次の2つに要約できる。

 ・<寧辺の核施設の無能力化について>
 6月26日−29日、訪朝したIAEA(国際原子力機関)の査察チームが北朝鮮側と核施設の活動停止、封印の作業手順を協議した。そのあと、核施設の活動停止と封印を実施するが、ヒル次官補は「順調に進めば3週間以内に封印作業は終わる」との見通しを明らかにした。また、核施設の無能力化についても「今年中に実施することが可能」との期待を表明した。

・<ウラン核開発について>
 ヒル次官補はウラン核開発問題についても楽観的な感触を得たことを明らかにした。この問題では、米は「北朝鮮がウラン濃縮用の機材を購入した」などと主張、これに対し北朝鮮は計画の存在そのものを否定して対立してきた。このため、北朝鮮が次の措置として、すべての核計画の一覧表を提出する際、ウラン核開発をこれに含ませるか、どうかが焦点となっている。ヒル次官補によれば、今回の米朝会談で北朝鮮側は「双方が満足する形で解決する必要がある」と発言、これまでの否定一点張りの姿勢を変えたという。北朝鮮がウラン核開発を認めれば、プルトニウム核開発と同時に無能力化する道が開けることになる。


・朝鮮半島平和体制構築に着手

 ヒル国務次官補は今回の訪朝で、朝鮮戦争の終結宣言をする問題も取り上げたことを明らかにした。戦争の当事国、南北朝鮮と米中の4カ国が協議し、現在の休戦協定を恒久的な平和体制に変えることを目指すもので、核問題と並行して協議を進めるという。同次官補は、これに対する北朝鮮側の反応については明らかにしなかったが、異論はなかったと見られている。1950年に始まった朝鮮戦争は3年後に休戦協定を結んで戦火は収まったが、法的には現在も戦争状態。これを恒久的な平和体制に変えることが、南北関係や米朝関係を正常化する第一歩となる。

 ヒル次官補はまた、核協議の進展に合わせて現在の6カ国協議を北東アジアの安全保障を維持する機構に変身させる考えも表明した。同地域の各国が忌憚なく協議する多角的フォーラムの場とする構想だ。そのためにも、6カ国協議の合意に盛り込んだ北朝鮮と各国の2国間協議を進展させることが重要だと主張。中でも、日本と北朝鮮が2国間協議で拉致問題を解決するよう主張した。同次官補は「最終目標は、北朝鮮が核を放棄して朝鮮半島を非核化し、各国との国交を正常化することだ」と強調し、ブッシュ政権の任期中にそれを実現したいと述べた。

 実は、ヒル次官補が今回の米朝会談で取り上げた、これら一連の計画は、ブッシュ大統領が昨年11月、ハノイで韓国の盧武鉉大統領と会談した際に表明した方針に基づいている。ブッシュ大統領はこの席で「北朝鮮が核計画を放棄し、今後再開しないなら、我々は朝鮮戦争の終結宣言をはじめ、経済、文化、教育面などすべての分野で協力する容易がある」との新方針を表明した。ブッシュ政権はこれまで、核問題と拉致など人権問題の2つを北朝鮮政策の条件に据えてきたが、新方針では核問題の解決を優先、人権問題を条件から落として融和的な姿勢を示した。


・楽観論に冷水をかけたミサイル発射

 北朝鮮が2月の6カ国協議の合意に応じた背景には、こうしたブッシュ政権の姿勢の変化があった。ヒル次官補と金桂寛外務次官のベルリン会談で、バンコ・デルタ・アジアの北朝鮮資金を返還する約束もこうした背景のもと実現した。今回の平壌の米朝会談でも同じ様な水面下の約束がないのか、いぶかる見方も消えない。そんな中、北朝鮮が27日、短距離弾道弾ミサイル3発を発射した。北朝鮮は5月から2回、射程の短い地対艦ミサイルを発射していた。しかし、今回は、地対地弾道弾ミサイルで、昨年11月の国連安保理決議が発射を禁止したものだった。

 北朝鮮がこの時期ミサイルを発射した意図はわからない。発射の翌日、IAEA(国際原子力機関)の専門家チームが寧辺の核施設を視察する予定だった。同チームの作業は順調だったが、ミサイル発射がヒル次官補の楽観的見通しに冷水をかけ、ブッシュ政権内の強硬派を勢いづけたことも間違いない。北朝鮮が核放棄に向けての戦略的転換をしたとは到底思えないからだ。強硬派が多い米国家安全保障会議のジョンドロー報道官は声明を発表、ミサイル発射は「合意実施が微妙な時期に来ている時深く憂慮する行為だ」と強く非難した。

 ブッシュ政権内では、今はライス国務長官やヒル次官補が柔軟な交渉派としてリーダーシップを握っているが、政権内には強硬派も残っている。ブッシュ大統領は11月には新方針を出したが、6月5日訪問先のプラハで演説した時は、北朝鮮を「最悪の独裁国家」と非難、新方針を忘れたかのような強硬姿勢を見せた。また、ポールソン財務長官も14日の演説で「北朝鮮の違法行為を遮断するためなら、今後も金融制裁を発動する」と主張した。核施設の活動停止を前にして、北朝鮮はミサイルを発射、米は金融制裁をちらつかせる。米朝双方が相手を信頼する段階に至っていないのだ。


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