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米軍のイラク駐留長期化へ
持田直武 国際ニュース分析

2007年9月23日 持田直武

米軍のイラク駐留が長期化しそうだ。米世論は即時撤退、または年内撤退を要求しているが、ブッシュ大統領は年初に増派した部隊の撤収だけを決定。同時に「逃げ出すべきではない。イラク指導層も永続的関係を求めている」として長期駐留に道を残した。議会でも、共和党が民主党の早期撤退要求の動きを抑え込んだ。


・米軍は安定勢力として長期駐留へ

 ブッシュ大統領は13日のテレビ演説で、イラク駐留米軍の削減を発表した。計画では「年初に増派した5個戦闘旅団3万人を来年7月までに撤収し、駐留兵力を増派前の15個戦闘旅団13万人規模に削減する」という。同大統領は削減の理由として「増派によって、重要地域の治安の確保とイラク治安部隊の支援という目標を達成できた」と説明した。次の削減については、来年3月イラク駐留米軍のペトレイアス司令官の報告を待って判断すると約束した。

 ブッシュ大統領はまたこの演説で、民主党が早期撤退を求めていることにも触れ、「もし、我々が今イラクから逃げ出すことになれば、あらゆる過激派グループが活気付くことになる。イランがその混乱に乗じて核兵器開発に邁進し、この地域の支配的勢力になるだろう」と述べて、早期撤退を拒否した。そして、同大統領は「イラクの指導層も米との永続的な関係を求めている」と強調し、米軍がイラクに長期駐留することも必要との見解を示した。

 ブッシュ大統領がこの見解を表明した3日後、ゲーツ国防長官も朝のテレビ番組に連続出演し、米軍は地域の安定勢力としてイラクに長期駐留する必要があると強調した。その場合、駐留兵力は現在より小規模にし、任務もイラク国境の安定確保、イラク治安部隊の訓練、それにテロ組織の掃討などに限定するという。同国防長官は議会の民主、共和両党の幹部にもこれを説明したが、ブッシュ政権が米軍のイラク駐留長期化の見通しを明らかにするのは初めてである。


・民主党の早期撤退案は議会で討ち死

 だが、米世論は早期撤退要求が過半数を超えている。ワシントン・ポストとABCニュースが9月4日から4日間調査した結果によれば、58%が撤退を即時開始するか、年内開始を要求。55%は議会が法律を制定して来年春までにイラク駐留の戦闘部隊を撤退させるよう要求している。また、53%はペトレイアス司令官が現地の状況を正確にブッシュ大統領に報告していないと見ている。ブッシュ政権とイラク駐留軍の幹部に対する不信感が広がっているのだ。

 民主党はこの世論を背景に9月、国防予算の付加条項として早期撤退を促す3つの法案を提出した。しかし、上院で共和党の議事妨害演説(Filibuster)を阻止することが出来ず、法案は採決にも入れないまま全て葬られた。議事妨害演説は、全上院議員100人のうち60人以上が中止に賛成すれば、中止させて採決に入れる。しかし、民主党が19日から21日にかけて提出した撤退関連法案は、議事妨害の中止に賛成する票が最高でも56票で、採決に入れなかった。

 民主党系の上院議員は現在51人。議事妨害の阻止には、落ちこぼれを防いだ上で共和党議員9人の越境支持が必要になる。ブッシュ大統領の支持低迷やイラク政策への不満から、民主党幹部は共和党議員の多数が民主党に同調すると見たのだが、当てが外れた。これで、民主党が法律で早期撤退を促すことは当面不可能になった。ブッシュ大統領が13日、駐留米軍の削減を発表したあと、ウオーナー前上院軍事委員長などイラク政策に批判的だった共和党幹部が大統領支持に戻ったのが影響した。


・米軍駐留以外に混乱回避の方法なし

 米軍の早期撤退の可能性は消えたが、イラク混乱の不安は消えない。台風の目になってきたのが、反米強硬派サドル師の動きだ。同師は15日、国民議会の与党会派「統一イラク連合」から離脱を宣言した。同師に従う議員は30人。昨年5月、国民議会がマリキ首相を選出した時、同師はこの30人を使ってマリキ首相誕生のキャスティングボートを握った。今度は、同師が与党から抜けてマリキ首相を追い落とす役割を担うとしても不思議ではなくなった。

 マリキ首相はもともと与党会派の中でも非主流派のダワ党の出身。サドル師は同首相の誕生に決定的役割を演じたが、今年4月には対米政策で衝突、同師派の閣僚6人を引き揚げた。その後、スンニ派や世俗派のアラウイ元首相派なども閣僚を次々と引き揚げ、現在は全37閣僚のうち17閣僚が空席。この弱体政権で、マリキ首相は石油収入の公平な分配など各派の利害がからむ問題の早急な解決を迫られている。まさに何時、崩壊しても可笑しくない状況である。

 崩壊の危機にあるのは、政権ばかりではない。米海兵隊のジョーンズ退役大将は6日米議会で、イラクの治安組織の調査結果を報告。その中で「イラク警察は宗派間の勢力争いの場と化している。解体するしかない。また、警察を監督すべき内務省は名前だけで組織の実態がない」と報告した。また、イラク軍については、「警察よりは訓練が進んでいるが、単独で作戦する能力はない」との評価である。ブッシュ大統領は世論の早期撤退要求を無視して米軍の長期駐留を計画しているが、撤退した場合の混乱を考えればそれ以外に方法はないだろう。


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