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イランの核危機
持田直武 国際ニュース分析

2008年7月22日 持田直武

ブッシュ政権がイランに秋波を送っている。イランがウラン濃縮を中止しなければ交渉しないとの原則を棚上げ、バーンズ国務次官を交渉の場に派遣した。テヘランに外交代表を常駐させる案も検討している。難航する核交渉の背後で、米イランが密かに動いている。


・イランに譲歩したP+1の新提案

 ブッシュ政権が19日イランとの核交渉にバーンズ国務次官を派遣した。イランとの核交渉は、EUのソラナ外交代表のもと米英仏中ロの国連常任理事国P5にドイツを加えた6カ国、いわゆるP5+1が進めてきた。しかし、ブッシュ政権はイランがウラン濃縮を中止しなければ交渉しないと主張、これまで交渉の場に代表を送らなかった。ライス国務長官はこの立場に変化はないと説明するが、バーンズ次官の派遣は同政権がこの原則を実質的に変えたことを示した。

 P5+1も19日の交渉では、ウラン濃縮中止という条件を棚上げ、代わりに「濃縮施設の拡大凍結」という譲歩案を提案した。ソラナ代表が6月に提案した包括的解決案は、イランがウラン濃縮を中止すれば、原子力発電に関する協力などの交渉を始めると約束していた。しかし、イランが濃縮中止拒否の姿勢を変えないため、イランがウランを濃縮する遠心分離機など施設の拡大を6週間「凍結」すれば、P5+1側も制裁をこの間「凍結」すると譲歩したのだ。

 19日の交渉で、イラン側は2週間後の交渉再開に応じたが、凍結案には回答しなかった。APによれば、イラン政府高官は交渉が終わったあと「イランが『凍結対凍結』の提案を受け容れることはない」と語ったと伝えた。「凍結対凍結」を受け入れれば、イランは新規の核施設増設を凍結しなければならないが、現在稼動している3,000基の遠心分離機をそのまま稼動して、ウラン濃縮を続けることができる。ブッシュ政権としては大きな譲歩だ。


・米外交代表のテヘラン常駐案も浮上

 ブッシュ政権がイランに送っている秋波はこれだけではない。英紙ガーディアンは17日「米がテヘランに外交代表を常駐させる計画を8月に発表する」と伝えた。ニューヨーク・タイムズも17日、政府高官が外交代表をテヘランに常駐させる案を検討しているが、実施の時期は決まっていないと伝えた。この米の動きに対し、ロイター通信によれば、イランのアフマディネジャド大統領は13日「米がイラン国内に利益代表部の設置を求めるなら考慮する」と肯定的な発言をしたという。

 米とイラン関係雪解けの観測はここ数週間目立ってきた。19日のCNNニュース(電子版)によれば、モッタキ外相は最近、米外交代表のテヘラン駐在のほか、米イラン間の航空ルート再開や学術関係者の交流に触れる発言をした。イランはすでにワシントンのパキスタン大使館内にイランの利益代表部を設置、イラン人外交官が常駐している。米も同じ方式で米外交官をテヘランに常駐させることも可能で、実現すれば、1980年の断交以来28年振りの外交官復帰となる。

 この動きがさらに進めば、米のイラン政策は根本的に変わることになる。17日付けのニューヨーク・タイムズ(電子版)によれば、この動きはライス国務長官の主導で始まったという。同長官はイランに対する外交圧力と経済制裁が効果をあげて、イラン指導部内に柔軟な主張が現れたと判断。ブッシュ、チェイニー正副大統領はじめ政権幹部と協議した上で、この新たな外交を展開し始めたという。バーンズ国務次官の交渉参加はその顕著な現れの1つだった。


・米の方針転換の背景にイスラエルと原油

 この米のイラン新政策は、もう1つの側面も持っている。ブッシュ政権が外交で問題を解決すると強調し、武力行使の要求を抑えることだ。イスラエルが6月東地中海で大規模な空爆演習を実施して以来、イスラエルがイランの核施設を空爆するとの見方が強まった。イスラエルもこれを否定せず、バラク国防相は9日「イスラエルの安全が危機に瀕するなら、イランの核施設爆撃も辞さない」と断言した。ブッシュ政権の新たな外交はこうした動きを抑えることもねらっている。

 もう1つ、ブッシュ政権がねらうのは、原油価格高騰を抑えることだ。イスラエルの空爆訓練、イランのミサイル発射など中東の安全を脅かす動きは、原油高騰の大きな原因となった。国務省のマコーマック報道官は16日、イランとの交渉にバーンズ国務次官が出席することについて、「米が交渉で問題を解決するとの強いシグナルをイランに送る意味がある」と強調した。米が交渉で問題を解決することを強調し、イランとイスラエルに軍事的な挑発を控えるよう要求したのだ。

 だが、こうしたブッシュ政権の要求をイランとイスラエルが受け容れるとの保証はない。イラン国営放送は16日最高指導者ハメネイ師が「交渉はイランのウラン濃縮の権利を尊重しなければならない」と述べたと伝えた。ウラン濃縮中止の要求は呑めないと言っているに等しい。イスラエルがこれを聞けば、「核施設爆撃も辞さない」態度を続けるに違いない。ブッシュ政権が始めた外交努力も、両国がこの基本姿勢を変えない限り実を結ぶのは難しいだろう。


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