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拉致被害者に関する再調査の焦点
持田直武 国際ニュース分析

2008年8月17日 持田直武

北朝鮮が拉致被害者の再調査に応じた。調査委員会が秋までに結論を出すという。北朝鮮の再調査は3回目。日本は過去2回の調査結果にまったく納得しなかった。今回は北朝鮮が再調査を開始した時点で制裁の一部を解除する。前回と違う何かを期待できるのか。


・制裁解除の約束は北朝鮮のペース

 北朝鮮は8月11−13日、瀋陽で開催した日本との実務者協議で日本人拉致被害者に関する再調査の具体的な方法について、次のような5項目を確認した。

1北朝鮮は生きている被害者を探し出し、帰国させるための調査を行う。
2調査は権限を与えられた調査委員会が実施し、可能な限り今年秋までに完了する。
3調査の進捗状況を日本側に随時通報し協議を行う。
4北朝鮮は日本側が関係者と面会し、関係資料を共有し、関係する場所を訪問し、調査結果を直接確認できるよう協力する。
5日本は北朝鮮側調査委員会の調査開始と並行して制裁の一部を解除する。

 北朝鮮が再調査を約束するのはこれで3回目になる。注目されるのは、日本が北朝鮮の調査開始と並行して制裁の一部解除を約束したことだ。読売新聞によれば、高村外相は13日の記者会見で解除の理由について「北朝鮮がこちらの言い分をのんだ。(拉致問題は)前進した」と説明した。また、斎木アジア大洋州局長も「今回は協議という形で調査の進捗をチェックする仕組みが確保されている」と指摘、過去2回の再調査とは違い期待を持てる点を強調した。

 だが、制裁解除の約束が北朝鮮のペースに沿ったものであることも否定できない。北朝鮮は05年9月の6カ国協議共同声明で核放棄や拉致事件の解決で合意した際、声明に「行動対行動」という1項目を加えるよう要求、各国の合意を取り付けた。北朝鮮が行動した場合、相手もそれに見合う行動をするという原則である。今回、日本が北朝鮮の調査開始と並行して制裁を解除するのは、この原則に従ったものだ。日本国内には、調査の結果を見てから解除を決めるべきだとの主張が強いが、この原則がそれを許さない。北朝鮮のペースに乗せられた感は否めない。


・北朝鮮の再調査は期待できるか

 調査結果を見てから解除を決めるべきという主張の背景には、北朝鮮の調査に対する不信感がある。日本の外務省関係者は今回の北朝鮮の再調査が「権限を与えられた調査員会によって実施されることや、日本側が調査の進捗状況を随時チェックするほか、直接北朝鮮関係者にあって聞き取り調査もできることなどを評価。過去2回の調査とは違う結果を期待できるかのように説明している。しかし、調査委員会の設置や日本側の聞き取り調査は過去の調査でも実施し、成果がなかった。

 日本外務省が04年12月に作成した「安否不明の拉致被害者に関する再調査」と題する文書によれば、北朝鮮は過去2回の再調査でも「権限を与えられた調査委員会を設置し、生存者がいれば全員帰国させる方針で調査を進めた」。これは04年11月平壌での実務者協議で調査委員会の陳日宝委員長(人民保安省捜査担当局長)が日本側に説明した。それによれば、同年5月小泉首相が訪朝して金正日総書記と会談。北朝鮮側は会談の約束に基づいて調査委員会を6月3日に設置した。

 北朝鮮はこの調査結果を8月と9月の実務者協議で日本側に伝えた。しかし、日本側は北朝鮮側の説明を裏付ける物証もなく、調査は不十分と判断。11月の実務者協議では、日本側担当者が平壌に出向いて調査委員会の陳日宝委員長や関係する16人の「証人」から直接聞き取り調査をした。また、横田めぐみさんが入院していたという病院の現地調査や田口八重子さんの交通事故記録など物証も調査した。つまり、日本側は過去の再調査でも北朝鮮側の調査をチェックしたが、納得する結果は得られなかったのだ。


・特殊機関が調査に協力するかが鍵

 理由は北朝鮮の特殊機関の存在である。日本外務省は上記「安否不明の拉致被害者に関する再調査」で「特殊機関が真相究明にとって大きな障害である」と断定した。外務省はその具体例として「日本側が北朝鮮の調査委員会に対して質問をしても、同委員会は特殊機関が拉致に関する資料をすべて焼却したとして満足な回答をしなかった。日本側が面会を要求すると、当人が特殊機関関係者であることを理由に拒否した」などを挙げている。今回の再調査で、この点が変わるのかが焦点になる。

 北朝鮮の特殊機関関係者が拉致事件を実行したことは北朝鮮も認めている。02年9月の日朝首脳会談で、金正日総書記は小泉首相に対して「特殊機関の一部妄動主義者らが実行した。関係者は処罰した」と認めた。事件の真相を解明し、被害者の帰国を実現するためには、これら事件の実行当事者の調査が不可欠なのは言うまでもない。ところが、北朝鮮の調査委員会が行った過去2回の再調査では、その特殊機関が協力せず、真相究明の大きな障害になった。

 北朝鮮が3回目の再調査で如何なる結論を出すか予断を許さない。だが、鍵は金正日総書記が握っている。同総書記が特殊機関に対して調査に協力するよう指示するかどうかが結果を大きく左右する。指示がなければ、北朝鮮の調査委員会は特殊機関の壁を超えた調査をすることが出来ず、過去2回の調査と同じ結果しか出せないに違いない。しかし、高村外相は13日「(拉致問題は)前進した」と自信に満ちた発言をした。その背景に、北朝鮮が特殊機関の壁を超えた調査を行うとの確信があるのだろうか。


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