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パキスタン情勢悪化の恐れ
持田直武 国際ニュース分析

2009年10月25日 持田直武

パキスタン軍がアフガニスタン国境の過激派拠点に対する攻撃を開始した。9・11テロ事件の首謀者ビン・ラディンやタリバンの最高指導者オマール師が潜伏しているとみられる地域だ。同軍の攻撃と並行して、パキスタン各地で過激派のテロが続発。アフガニスタンの戦火がパキスタンに拡大する様相となった。


・テロ戦争の戦場がパキスタンに拡大か

 パキスタン軍は17日、北西部南ワジリスタン地区の過激派拠点に対する攻撃に踏み切った。同地区一帯はアフガニスタン国境に面した山岳地帯、地元の各部族長が伝統的な支配権を持ち、パキスタン政府の統治が及ばない半独立地帯だ。米情報機関によれば、この地域に9・11テロ事件の首謀者ビン・ラディンやアフガニスタンの旧支配勢力タリバンの最高指導者オマール師が潜伏。タリバン部隊が国境を越えてアフガニスタンの米軍部隊を攻撃する基地となっている。

 パキスタン軍がこの南ワジリスタンに進攻するのは04年以来、今回が4回目だ。前3回の進攻では、同軍は厖大な犠牲者を出し、3回とも過激派組織に譲歩する和平協定を締結して撤退した。一方、過激派組織はパキスタン・タリバン(TTP)として組織を拡大。北ワジリスタンにも進出して、アフガニスタン・タリバンの活動を支援しているとみられる。今回の攻撃は、米オバマ政権の強い要請が背後にあり、攻撃の成否がアフガニスタン情勢に大きく影響するのは間違いない。

 この米とパキスタンの動きに対し、過激派側にも新たな動きがある。パキスタンのニューズ紙などによれば、アフガニスタンのタリバンや、これと連携する過激派が最近パキスタン軍との戦闘に加わる決定をしたという。パキスタン国内ではこれまでパキスタン軍とパキスタン・タリバンが交戦、アフガニスタン・タリバンは中立を保っていた。しかし、最近のテロの中にはアフガニスタン・タリバンの関与を示す例もあると言われ、アフガニスタン戦争の行方を左右する動きとして注目されている。


・パキスタン全土にタリバンの組織拡大

 パキスタン軍がパキスタン・タリバンを追い詰めれば、アフガニスタン・タリバンが黙っていないのは間違いない。両組織は本をただせば同根で、深い繋がりがある。タリバンは80年代、アフガニスタンを占領したソ連軍に対するゲリラ戦の中で組織を拡大、96年政権の座に就いた。しかし、01年の9・11事件で首謀者のビン・ラディンを匿ったとして、米軍が進攻し、政権は崩壊。最高指導者オマール師は配下の武装勢力とパキスタン国境地帯に撤退して、同地帯から米軍に対する攻撃を続けた。

 この過程で、タリバンはパキスタン国内の過激派組織に浸透して組織を拡大、アフガニスタン駐留米軍を攻撃するアフガニスタン・タリバンとパキスタン国内で反政府活動をするパキスタン・タリバンに区別して呼ばれることになった。現在、パキスタン・タリバンはアフガニスタン・タリバンからの分派を中心にパキスタンの過激派組織や北西部の部族支配地の若者などが加わり、パキスタンの反政府勢力としては最大規模。動員兵力は約1万2,000人とみられている。

 一方、アフガニスタン・タリバンもパキスタン国内各地に拠点を築いている。アフガニスタン駐留米軍のマクリスタル司令官が8月ゲーツ国防長官に送った報告書によれば、アフガニスタン・タリバンの組織は最高指導者オマール師が率いるクエッタ・グループはじめ3グループある。いずれもアフガニスタンに支配地を持つと同時にパキスタンにも水面下のネットワークを張り巡らし、パキスタンやアラブ諸国から資金や軍事物資、それに爆発物専門家などを調達しているという。


・テロ組織が核兵器を奪う恐れが急浮上

 このアフガニスタン・タリバンがパキスタン軍との交戦に加われば、戦火がアフガニスタンからパキスタン一帯に拡大しかねない。10月に入って、その兆しと疑われるテロが連続して起きた。パキスタン軍が南ワジリスタン地区の攻撃を開始した前後18日間に、パキスタン全土で大規模なテロ事件が9件発生、200人近くが命を奪われた。狙われたのは軍の施設が多く、10日には首都イスラマバード近郊の軍総司令部に武装集団が突入、軍高官を人質にして敷地内に立て籠もった。

 また、23日には、首都近郊のカムラ空軍基地の検問所で自爆テロがあり、兵士や基地職員7人が死亡した。同基地内には核兵器関連施設があるとみられているため、核の安全管理に対する疑問が急浮上することになった。米のクリントン国務長官は「管理に問題はない」と述べて、懸念を払拭しようとした。しかし、パキスタンではかつて「原爆の父」と称されたカーン博士が原爆の秘密を北朝鮮などに横流しして「核の闇市場」が生まれたことが記憶からまだ消えていない。

 パキスタン軍は今回の南ワジリスタン攻撃で約3万の兵力と戦闘機やヘリコプターなど、これまでにない大部隊を動員している。狙いは同地区の過激派拠点の一掃だが、同時にタリバンの最高指導者オマール師やビン・ラディンの根拠地壊滅の可能性もある。その過程で、過激派がパキスタン国内の組織を挙げて反撃、戦火拡大の危険はないのか、懸念は尽きない。オバマ大統領がアフガニスタンへの米軍増派を容易に決断できないのも、見通しが立たないからに違いない。


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