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オバマ新大統領の選択(3)変化か伝統か
持田直武 国際ニュース分析

2009年1月25日 持田直武

米国はWASP(白人、アングロ・サクソン、プロテスタント)が建国した国である。その国に、オバマ新大統領が登場した。黒人で父はケニヤ人のイスラム教徒。WASPには大きな衝撃だったはずだ。新大統領は選挙戦では「変化」を掲げたが、大統領就任式ではWASPの「伝統」に従った。


・大統領就任式にも変化の波が寄せる

 米国憲法は政教分離を原則としている。しかし、国家行事の多くは、キリスト教プロテスタントの伝統的慣行を取り入れている。大統領就任式もその例外ではない。オバマ新大統領の就任式でも、式が始まると、プロテスタント福音派のウオーレン牧師がキリスト教の神に祈りを捧げた。そして、オバマ新大統領が就任の宣誓をし、その最後に「神よ、私を援け給え」と祈った。そのあと、もう1人のプロテスタント派牧師ローリー師が登場、感謝の祈りを捧げた。

 プロテスタント以外の宗教の信者や、無神論者がこれに不満を募らせるのも無理は無い。無神論の教会を主宰するニュードウ弁護士と無神論者の10団体が昨年12月30日、この就任式の式次第を変更するよう要求してワシントン連邦地裁に訴訟を提起した。要求したのは、次の3点である。

1、 オバマ新大統領が宣誓の最後に「神よ、私を援け給え」と祈るのを中止する。
2、 プロテスタント福音派のウオーレン牧師の祈りを中止する。
3、 ローリー牧師の感謝の祈りも中止する。

 訴えた原告側は、上記3点が政教分離の原則に反すると主張した。だが、連邦地裁は1月15日、憲法の原則に反しないとして訴えを却下。オバマ新大統領は予定どおり就任宣誓をし「神よ、私を援け給え」と祈った。この式次第は、初代のワシントン大統領が1789年に就任した時に定めた。それ以来、歴代大統領が踏襲してきた、いわばWASPの伝統的遺産だ。第44代オバマ新大統領はWASPではないが、その伝統を引き継いだ。だが、この伝統にも「変化」の波が寄せている。


・政教分離に対する裁判所の微妙な判断

 連邦地裁の合憲判断は、オバマ新大統領の表現の自由を根拠にしている。大統領就任式は、憲法が定めた行事で、宣誓文の内容も憲法で決めている。しかし、「神よ、私を援け給え」という祈りの言葉は規定がなく、初代大統領ワシントンが独自の判断で宣誓のあとに付け加えた。その後、歴代大統領の多くが踏襲し伝統化した。オバマ新大統領も昨年暮、就任式に加わる牧師2人を指名、宣誓のあと祈りの言葉も付け加えると就任式主催者のロバーツ最高裁長官に伝えた。

 連邦地裁は、こうした経緯を踏まえ、就任式の祈りはオバマ新大統領個人の意見表明にあたるとして、政教分離の原則に反しないと判断した。しかし、ニュードウ弁護士はじめ原告側は不満で、4年後の次期大統領就任式に改めて訴えを起こす構えだ。こうした政教分離に関する訴えは、これまで数多く提起されたが、最高裁で憲法違反と判断された例はまだない。しかし、一審や二審で憲法違反と判断され、最高裁判所で辛うじて合憲と認定された例はある。

 その代表的な例がロードアイランド州ポータケット町の「キリスト生誕図」展示事件だ。町当局が1984年のクリスマスに商店街の飾り付けに参加、その中に「キリスト生誕図」を加えた。これを見た町民が憲法の政教分離の原則に反するとして提訴。一審、二審とも憲法違反の判決を下した。しかし、最高裁は「町当局がキリスト生誕図を飾ったのは、特定の宗派を支持する意図からではなく、祭りへの参加が目的だった」として5対4の僅差で下級審の違憲判決を却下、合憲の逆転判決を下した。


・オバマ新大統領の選択が決め手になる可能性

 ニュードウ弁護士が提訴した就任式の訴えも却下されたが、彼ら無心論者の主張は軽く扱うべきではないとの主張もある。評論家デビッド・ウオーターズ氏は1月5日のニューズウイーク(電子版)に寄稿、ニュードウ弁護士の提訴に関連して次のように主張した。「米憲法が定める政教分離は、政府が宗教各派や無神論のいずれにも中立であることを要求している。従って、政府が無神論者の存在を知りながら、大統領就任式に牧師が参加し、新大統領が神に祈るのを認めるのは中立とは言えない」。

 ニュードウ弁護士が大統領就任式に関連して提訴するのは、今回が初めてではない。01年と05年のブッシュ大統領の就任式でも提訴したが、却下された。同氏は公立学校が生徒に神と国旗に対する誓いを強制することでも提訴を続け、一部では変人扱いする向きもある。これに対し、裁判所の中には、同氏の提訴を認め、公立学校で生徒に神や国旗に対する誓いを強制するのは憲法違反との変決を出した例もある。しかし、最高裁判所はまだこの件を取り上げていない。

 上記のロードアイランド州の「キリスト生誕図」の裁判では、合憲5に対し、憲法違反は4、1人の差だった。米では、連邦裁判所の判事は大統領が指名、議会の承認を受けて着任する。最高裁判事に欠員が出れば、オバマ新大統領が新判事を指名することになるが、その指名次第で政教分離に対する判断が180度転換、就任式はじめ公的行事からキリスト教色を排除する事態も起きかねない。オバマ新大統領は就任式ではWASPの伝統を踏襲したが、そんな変化も見通しているだろう。


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