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オバマ大統領の選択(5)赤字覚悟の財政出動
持田直武 国際ニュース分析

2009年2月8日 持田直武

米議会で、オバマ大統領主導の経済安定化法案がようやく成立する。内容は大規模な財政出動と大幅減税の2本立て。税金を減らして政府支出を増やすという赤字覚悟の景気対策だ。法案に対する世論の支持は50%強。反対も多いが、法案には米国の国際経済の覇権が懸かっている。


・民主党は財政出動、共和党は減税を譲らず

 経済安定化法案がようやく可決の見通しになった。予算総額は7,800億ドル(約72兆円)。オバマ大統領と民主党が提出した原案8,250億ドルや下院が1月に可決した8,190億ドルを下回る。内訳は、政府の財政出動が約4,300億ドル、減税が3,500億ドルである。原案では、財政出動5,500億ドル、減税2,750億ドルで、民主党の財政出動重視の意向を反映、両者の比率は2対1だった。これに対し、共和党は減税の増額を強く要求、4対3の比率になった。

 法案審議が難航した背景には、民主、共和両党の基本姿勢の違いがある。民主党は財政出動を重視、高速道路や太陽光発電施設の建設、医療改革など社会インフラの整備などで新たな雇用創出を狙う、いわば大恐慌当時のニューディール政策を継承している。これに対し、共和党は減税によって個人や企業の手元に資金を残し、民間の力で景気回復を図る、いわゆる市場原理重視だ。オバマ大統領は両党が法案支持で歩調を合わせるよう説得したが、下院では共和党議員全員が反対した。

 上院では、民主党が共和党の減税要求を多少受け容れたこともあって、共和党の穏健派議員2人が支持にまわった。この結果、民主党は上院で議事妨害を排除して採択するのに必要な60議席を辛うじて確保。今週中に上下両院で法案を調整して可決、オバマ大統領が署名して発効する見通しとなった。同大統領にとって、経済安定化法案は就任後最初の議会審議だったが、大統領の説得にも拘らず、共和党上院議員の2人以外は反対を堅持、今後の議会対策の多難さを思わせた。


・反対多数の背景に天文学的な財政赤字累積の恐れ

 経済安定化法案に対する反対意見は議会内だけのことではない。共和党全国知事会のサンフォード・サウスカロライナ州知事など共和党の5人の知事が6日、それぞれ声明を出し同法案に反対を表明した。サンフォード知事はこの声明で「この法案は赤字の上に赤字を積み重ねるだけ」と批判。また、共和党の大統領候補だったマケイン上院議員も「法案は長期にわたって赤字を累積し、それは我々の子供や孫を抵当に入れるのと同じだ」と厳しく批判した。

 確かに、経済安定化法案が赤字を増やすのは間違いない。同法案は財政支出をする一方で、減税もするため、当然巨額な赤字が出る。議会予算局の試算では、米国は今年度の連邦予算の赤字が1.2兆ドルの巨額になる。前年度の2倍だ。これに経済安定化法案と、現在執行中の7,000億ドルの金融安定化法が加わり、赤字はさらに増える。連邦予算の累積赤字は現在10.6兆ドルで、これは米国人の1人が3万7,000ドル借金しているのと同じ、これがさらに増えるのだ。

 オバマ大統領は「今、行動しなければ、事態は破局的になる」と述べて、法案支持を渋る議員を説得した。しかし、共和党議員は応じなかった。CBSニュースが5日発表した調査結果によれば、米国民の同法案に対する支持率は51%。1月中旬の調査では支持率66%だったが、これが大幅に下がったことになる。調査専門家は「1月の段階では、内容がわからないまま、事態悪化を避ける法案として支持していたが、今は内容を知って不支持が増えた」と分析した。


・米国の国際的指導力に変化はないか

 大統領経済諮問委員会のローマー委員長は6日「米議会が経済安定化法案を来週中に可決すれば、今年の第3四半期、ないしは第4四半期に景気が上向き、2010年には堅調に拡大する」との見通しを語った。また、格付け会社スタンダード・プアーズは6日のリポートで「大規模な刺激策を打ち出すことは現時点では最も賢明な選択だ。オバマ大統領は同法案で2010年までに300万人の雇用を創出するとの目標を掲げているが、達成する可能性が高い」と評価した。

 こうした見通しに対し、AP通信は「同法によって、雇用が増加、消費や企業活動が活発化しても、もう1つの問題が残る」と指摘。厖大な累積赤字の結果、米国市民は高い税金、高い利子、公共サービスの減少などの不利益を蒙ることになると伝えた。また、厖大な連邦予算の赤字を埋めるために国債の発行高が増えるが、これをどこが引き受けるかの問題もある。今は、中国、日本、英国、アラブ産油国が約3分の1を引き受けているが、これが今後も続く保障はない。

 昨年夏、金融危機が表面化した頃、ポスト・アメリカの世界が唱えられたことがある。米国が影響力を振るった時代は過ぎ、中国、インド、ロシア、ブラジルなどが台頭、今後さらに多極化するという説だった。当時、米の論客ロバート・ケーガン氏は「今は米も金融危機で苦しいがこれは各国も同じだ。いずれ、米が真っ先に不況を脱し、さらに強い立場で世界経済に復帰する」と語っていた。オバマ大統領主導の経済安定化法がその礎となるか、いずれ答が出る。


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