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オバマ大統領の選択(4)イラク駐留米軍撤退
持田直武 国際ニュース分析

2009年2月1日 持田直武

オバマ大統領がイラク駐留米軍撤退の検討を始めた。選挙公約は就任後16ヶ月以内の撤退だが、クロッカー・イラク駐在大使は性急な撤退に警戒感を表明、米軍内にも慎重論が根強い。イラクは今年が選挙の年、宗派、民族間の抗争が再燃、マリキ政権が瓦解する可能性もあるからだ。


・選挙公約とイラクの現実の乖離

 オバマ大統領は21日、新政権として最初の国家安全保障会議を招集、イラク駐留米軍撤退の検討を始めた。大統領選挙の公約は、就任後16ヶ月以内に主要部隊が撤退し、残存部隊がイラク軍の訓練やテロの警戒にあたるという案だった。一方、ブッシュ前政権がイラク政府と合意した撤退計画は、米軍戦闘部隊が今年6月までにイラク都市部から撤退、11年末までに全部隊がイラクから引き揚げる計画で、撤退期限がオバマ大統領の公約より1年8ヶ月後になる。

 オバマ大統領は会議のあと「「撤退に必要な準備を指示した」と文書で発表。撤退期日を指示しなかったことを認めた。米軍内に性急な撤退を警戒する意見が強いことを考慮したためだ。22日のニューヨーク・タイムズによれば、イラク駐留米軍のオディエルノ司令官は、オバマ大統領が公約どおりの撤退を指示した場合を予想、2個旅団を今年夏か秋に撤退させることを検討したという。しかし、性急な撤退に反対する軍幹部が多く、主要部隊の撤退は年末の議会選挙後という見方もある。

 こうした慎重論の急先鋒がイラク駐在のクロッカー大使だ。同大使は22日バグダッドで記者会見、宗派や民族間の抗争激化の恐れがあるとして性急な撤退は危険だと警告した。イラクは1月31日に地方選挙、今年暮れには国会議員選挙を予定し、各派の活動が活発化している。選挙戦を通じての焦点は、マリキ首相が所属するダワ党と最大政党イラク最高イスラム評議会の勢力拡大競争。この争いにダワ党が敗れれば、マリキ政権の支持基盤が瓦解する恐れがある。


・イラクの将来を決める地方選挙と議会選挙

 マリキ首相は06年5月、議会の最大会派、統一イラク同盟の支持で首相の座を獲得した。だが、同首相はもともとシーア派の少数政党ダワ党の所属。首相になれたのは、05年12月の議会選挙にあたって、ダワ党がシーア派最大の政党イスラム最高評議会と統一イラク同盟を結成、その首相候補になったからだ。この経緯もあり、マリキ政権は発足後しばらくの間、イスラム最高評議会の実力者ハキム師が背後で操っていると見る向きが多かった。

 だが、今回の地方選挙を機に、マリキ首相とイスラム最高評議会の協力関係は終わった。同首相が独自の支持基盤作りを始めたからだ。地方選挙では、ダワ党を軸に「法の国連合」を結成、その傘下に候補者を取り込んでいるほか、各州に部族協議会を組織してダワ党の活動拠点を強化した。同時に、軍を再編成、首相が直接指揮する特殊部隊も組織した。このマリキ首相の動きは、年末の議会選挙への準備とともに、イスラム最高評議会の民兵組織や地方組織に対抗することも狙っている。

 両者の対立はこれだけではない。イラクの将来図でも大きく違ってきた。マリキ首相は中央集権国家を目指すが、イスラム最高評議会はシーア派信者の多い南部8州を自治区とすることを目指している。隣国イランと同じイスラム主義国家である。米国との関係についても、マリキ首相は従来どおり米との関係維持を図るとみられるが、イスラム最高評議会はイランを重視する姿勢を示している。31日の地方選挙と年末の議会選挙の結果次第で、イラクの将来像が大きく変わりかねない。


・オバマ大統領が直面するジレンマ

 イラク駐留米軍は現在14万2,000人。国連が決めた駐留期限は昨年末で切れ、今は米・イラク間の駐留協定に基づいて駐留している。6月には、主要部隊が都市部から引き揚げる。それでも、米軍がイラクに駐留する意義は大きい。26日のニューヨーク・タイムズは「もし、米軍が突然引き揚げたら、フセイン政権を支えたバース党勢力がグリーン・ゾーン(米大使館やマリキ首相の官邸所在地)を包囲し、政権幹部を虐殺する」というシーア派指導者の不安を伝えた。

 米軍が早期撤退をした場合の懸念はマリキ政権内部にも生まれている。同政権のダバフ報道官は21日、「イラクは米軍が治安維持に責任をもって撤退し、突然引き揚げたりしなければ心配はしない」と微妙な言い回しで語った。マリキ首相は米軍の早期引き揚げを主張して、渋るブッシュ政権を説得、011年末までに全米軍が引き揚げる現在の撤退協定を締結した。イラク国民がマリキ首相の政治力を再評価するきっかけとなった協定だが、今はこれが懸念材料となったことが分かる。

 イラク駐在のクロッカー大使や米軍幹部はこの状況を踏まえ、慎重な撤退を主張するが、一方ではオバマ大統領に公約どおり早期撤退を迫る圧力も強い。同大統領が21日の国家安全保障会議で早期撤退の期日を決めなかったことに対し、反戦団体や民主党議員の一部が強い不満を表明している。同大統領は早期撤退に慎重な軍幹部の意見を容れて、支持団体の失望を買うか、それとも公約どおり早期撤退を実施して軍幹部の信頼を損なうか、ジレンマに直面している。


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