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米国は核兵器を廃絶できるか
持田直武 国際ニュース分析

2009年7月19日 持田直武

オバマ大統領が核兵器のない世界を提唱して3ヶ月余。主要国首脳会議(ラクイラ・サミット)が7月8日支持声明を出すなど、肯定的な反応も出た。だが、米国内には慎重な見方が多い。ニューヨーク・タイムズは「オバマ大統領はまもなく激流に直面する」と警告する専門家の論評を掲載した。


・核廃絶に賭けるオバマ大統領の決意

 米歴代大統領で核廃絶を唱えたのは、オバマ大統領が初めてだ。だが、閣僚級では、キッシンジャー元国務長官やマクラマナ元国防長官など、冷戦期の核戦略を支えた政権幹部が冷戦後一転して核廃絶を唱えている。中でも、キッシンジャー氏はシュルツ元国務長官、ペリー元国防長官、ナン元上院軍事委員長と連名で07年1月、核兵器のない世界を提唱する共同論文を発表。核廃絶のゴールに向けて道程表を決め、それに沿ってねばり強く努力すべきだと提案した。

 オバマ大統領は選挙戦中の07年10月、核廃絶を公約に掲げたが、その背景には、こうした米国内の動きがあった。そして、同大統領は就任後2ヵ月余り経た4月5日、訪問先のプラハで演説して「米国は核兵器のない世界実現に向けて確実に歩む」と宣言、公約を実践に移すことを約束した。その上で、今年から来年にかけて次のような具体的な行動を取る意向を表明した。

1)核弾頭を大胆に削減するため、米ロ間で戦略兵器削減条約の後継条約を締結する。
2)核実験の全面禁止条約の上院批准に取り組む。
3)核兵器用プルトニウムや高濃縮ウランの生産を全面禁止する交渉を開始する。
4)核不拡散条約を見直し、監視体制や制裁を強化する措置を新設する。
5)来年中に核問題に関する世界サミットを米国で開催する。

 オバマ大統領はプラハ演説で、上記のような行動の道程表を示したものの、核廃絶のゴールを設定することは避けた。同大統領はその理由について、「核廃絶のゴールは簡単に到達できるものではない。おそらく私の生存中は無理かも知れない」と述懐。その上で、「しかし、我々は核兵器を使用した唯一の国として、この問題で行動する道義的責任がある。我々だけでは成功しないが、我々はこの行動を主導することができる」と核廃絶に向けた決意を表明した。


・主要国首脳は支持、だが米国内では

 このオバマ大統領の核廃絶演説から3ヶ月後の7月8日。イタリアのラクイラで開催した主要国首脳会議(G8)は核不拡散に関する首脳声明を採択し、「核兵器のない世界に向けた状況をつくることを約束する」と宣言した。主要国(G8)には、核兵器保有国である国連安保理の常任理事国5カ国も加わっている。その主要国首脳がオバマ大統領の核廃絶の方針を支持し、廃絶に向けた状況をつくることで一致した。核廃絶問題でこれだけ肯定的反応が出たのは初めてだった。

 だが、米国内には楽観論ばかりではない。主要国首脳会議が核廃絶支持の声明を出した翌日。ニューヨーク・タイムズは軍事専門家フィリップ・タウブマン氏の「オバマ大統領のミサイル大実験」という論評を掲載。オバマ大統領は「今後、自分の政府及び核兵器エスタブリッシュメントと真正面から対決せざるを得なくなる」と指摘した。同氏によれば、「核廃絶への道程は山岳地帯の渓流下りと同じで、初めは流れが穏やかでも、やがて想像もしなかった激流が続く」というのだ。

 タウブマン氏は激流の具体的な例として、国防総省が来年1月議会に提出する「核戦略見直し報告」を挙げている。同報告は今後5ー10年の核戦略の指針となるもので、国防総省はすでに4月から見直し作業に着手している。内容は非公開だが、ブッシュ前政権が提出した前回02年の報告は、小型核兵器の新規開発の必要性などを盛り込み、いわば核依存を拡大する方向だったといわれる。オバマ大統領の核廃絶方針はこのブッシュ前政権が設定した方向とは正反対になる。


・大統領の課題は国内の廃絶反対派の説得

 オバマ大統領の在任期間は4年か、8年か、まだ分からない。いずれにしても、現在作成中の核戦略見直し報告が同大統領の核戦略の指針となる。同大統領が核廃絶で実績を挙げるためには、同報告にその趣旨を盛り込まなければならない。だが、タウブマン氏によれば、そこで激流に直面する。国防総省と軍幹部、それに議会の保守派が同大統領の前に立ちはだかるというのである。彼ら核兵器エスタブリッシュメントは次世代核兵器の開発推進を目論み、核廃絶など論外なのだ。

 オバマ大統領がこの激流を乗り切っても、次の激流が控えている。核実験全面禁止条約(CTBT)の上院批准だ。同条約は1996年、クリントン政権が調印したが、上院が大差で否決した。批准には、上院100議席のうち67議席以上の支持が必要。現在の議席配分は与党民主党が58議席。オバマ大統領はこの58議席の支持を固め、さらに共和党の穏健派議員の切り崩しに政治力を発揮しなければならない。しかし、現状は民主党内の支持一本化も確実ではないという。

 米国の保守派は、核兵器は安全保障の要として依然必要と考えている。核実験はその核兵器の精度を維持し、万一の場合が起きた時の新規開発に備えるため禁止すべきではないともいう。オバマ大統領が掲げた核廃絶や核実験の全面禁止は、この保守派の思考の対極に位置している。同大統領が核廃絶への流れを確実にするためには、この米国内の反廃絶派をどう説得するかが鍵。その成否は、主要国首脳会議をはじめ今後の国際世論の動向を左右することになる。


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