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和平構想をめぐる米・イスラエルの確執
持田直武 国際ニュース分析

2009年7月5日 持田直武

オバマ大統領とネタニャフ首相が西岸の入植地凍結をめぐって対立している。オバマ大統領は和平推進の突破口として凍結を打ち出したが、ネタニャフ首相は人口の自然増に見合う建設を主張して一歩も退かない。対立が長引けば、和平構想は足踏みし、中東全域に影響しかねない。


・入植地凍結を要求したオバマ大統領の意図

 オバマ大統領は6月4日、訪問先のカイロで中東和平について演説。この中で、パレスチナ問題は、イスラエルとパレスチナの2国家共存を認めることが唯一の解決策だと主張。これを実現するには、パレスチナが暴力を放棄することとイスラエルがヨルダン川西岸で進めているユダヤ人入植地の建設を凍結することが必要だと強調した。米歴代政権も入植地の建設に反対したが、このように和平実現の第一条件としてイスラエルに要求したのは、オバマ大統領が初めてだった。

 ニューヨーク・タイムズによれば、この入植地の凍結重視は、オバマ大統領がブッシュ前政権との違いを強調するために打ち出した新方針だという。ブッシュ前政権はイスラエルに密着した姿勢が目立ち、イスラエルはこれを奇貨として入植地拡大を続けた。03年のロードマップ(和平行程表)の破綻も、イスラエルの入植地拡大が原因の1つとなった。オバマ政権は、こうした前政権との違いを明確にし、パレスチナだけでなく、アラブ諸国の支持も確保することをねらっている。

 だが、イスラエルはこのオバマ大統領の新方針に強く反発。ネタニャフ首相は6月14日の演説で、パレスチナを国家として容認する姿勢を示したが、同時に次のような厳しい条件を付けた。

1)パレスチナを国家として認める場合、非武装を条件とする。
2)パレスチナ側もイスラエルをユダヤ人国家として承認すること。
3)東エルサレムの分割を拒否する。
4)パレスチナ難民の帰還は認めない。
5)入植地は人口自然増に見合う建設を継続する。

 ネタニャフ首相が条件付きながらも、パレスチナを国家として容認する姿勢を示した点を評価する見方は多い。しかし、それに付けた条件は、これまでのイスラエルの主張に加え、非武装化やユダヤ人国家としての承認要求など、パレスチナ側には受け容れ難いものが多い。また、焦点の入植地の問題についても、人口自然増に見合う建設を継続すると主張、パレスチナ側だけでなく、オバマ大統領が打ち出した建設凍結の新方針とも真っ向から対決することになった。


・イスラエルが入植地を拡大する理由

 オバマ大統領は就任してすでに半年、まだパレスチナ和平について具体的な構想を出していない。しかし、交渉を再開する場合、03年のロードマップを指針とするのは間違いない。ロードマップは03年、米、ロシア、EU、国連のいわゆる中東和平4者会議が提案、イスラエルとパレスチナの双方が受諾して交渉が始まった。だが、双方の武力衝突とイスラエルの入植地拡大が止まらず、現在交渉は休眠状態となっている。その主要な内容は次のようなものだ。

 「03年4月30日公表のロードマップ」

第一段階 パレスチナ側 暴力を停止、イスラエルの生存権を認める。
     イスラエル側 ユダヤ人の入植活動を凍結する。
第二段階 パレスチナ側 暫定憲法制定、暫定的な国境を持つ国家を建設する。
     イスラエル側 アラブ諸国と関係修復をはかる。
第三段階 エルサレムの地位と恒久的国境画定のほか、パレスチナ難民の帰還問題、
     入植地問題を最終的に解決、イスラエル・アラブ諸国が和平協定を結ぶ。

 上記のようにロードマップでも、入植地の凍結はイスラエルが最初に実施すべき項目 だった。だが、イスラエルは関係国の再三の要求を無視した。BBCによれば、当時シ ャロン首相は、入植地の凍結を迫るパウエル国務長官に対し「入植地では子供が生まれ る。この人口増に見合う建設が必要だ。妊婦に中絶を強制できない」と述べて、入植地 凍結の要求を拒否したという。この自然増の論理は、ネタニャフ首相が上記6月14日 の演説で凍結要求を拒否する理由として使っている。


・ブッシュ前政権が入植地で秘密合意

 入植地は67年の第三次中東戦争で生まれた。同戦争で、イスラエルはヨルダン川西岸とガザ、ゴラン高原、シナイ半島などを占領。これら占領地にユダヤ人が入植して建設した。その後、イスラエルは西岸以外の入植地を放棄したが、西岸では建設を続け、現在入植地は120箇所、住民は29万人余だ。戦時の民間人に関するジュネーブ条約は、占領国が占領地に自国の市民を移住させることを禁止している。米国務省もカーター政権時代の79年、入植地は国際法違反との見解を出した。

 米国務省はそれ以来、この見解を変えていない。しかし、80年代になって、レーガン大統領がこの国務省の見解に反対し、入植地は国際法違反ではないと主張するなど、米政府の見解も揺れてきた。今回、オバマ大統領は入植地の凍結を重視し、自然増に見合う建設にも反対する強硬方針を打ち出した。しかし、イスラエル政府は人口の自然増に見合う建設については、ブッシュ前政権との間で非公式に合意したとも主張。オバマ政権との溝を深めている。

 オバマ大統領は就任前から、イスラム諸国との関係改善を掲げてきた。パレスチナ和平やイラク・アフガニスタン戦争、イラン問題に取り組むには、イスラム諸国の協力が欠かせない。それには、ブッシュ前政権のイスラエル政策を変える必要があった。入植地凍結要求は、その最初の試みだが、イスラエルの抵抗は予想外に強硬だった。イスラエルが入植地に固執すれば、アラブ諸国は疑念を深め、イランは反イスラエル活動を強めるに違いない。オバマ政権は厚い壁に突き当たったようだ。


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