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金正日総書記の訪中、溝は埋まったのか
持田直武 国際ニュース分析

2010年5月16日 持田直武

中国の新華社通信は5月7日、胡錦濤国家主席と北朝鮮の金正日総書記が朝鮮半島非核化のため協力することで合意したと報じた。だが、北朝鮮外務省はこの2週間前に核兵器に関する備忘録を発表、非核化は核の無い世界が実現する時と主張した。両国間の溝は埋まったのだろうか。


・非核化は核の無い世界が実現する時

 訪中した金正日総書記は5月5日、胡錦濤国家主席と夕食も含め4時間半も会談したという。新華社によれば、「両首脳はこの会談で朝鮮半島の平和と安定、および繁栄が中国と北朝鮮の共通の利益になるという点で一致した。また、金正日総書記は朝鮮半島の非核化を目指す方針に変わりがないことを確認した。そして、両首脳はこの朝鮮半島の非核化を実現するため05年9月に調印した6カ国協議共同声明に基づいて共同で努力することで意見が一致した」という。

 ここで注目するべき点は、朝鮮半島非核化を6カ国協議の共同声明に基づいて実現するという合意だ。同共同声明は朝鮮半島の非核化を実現する措置として、北朝鮮がすべての核兵器および既存の核計画を放棄し、NPT(核兵器不拡散条約)に早期に復帰すること、そしてIAEA(国際原子力機関)の査察を受け入れることなどを規定している。しかし、北朝鮮外務省が4月21日に発表した核兵器に関する備忘録はこの6カ国協議共同声明の規定とは相容れない内容となっている。

 その1つは、朝鮮半島非核化の実施時期についてだ。6カ国共同声明はIAEAへの早期復帰を規定、非核化の早期実現を目指している。しかし、北朝鮮外務省の備忘録は「北朝鮮核部隊の任務は世界から核兵器が無くなるまで続く」と宣言。核兵器の無い世界が実現する時、朝鮮半島非核化も実現するとの主張だ。北朝鮮の説明によれば、備忘録は重要問題に対する北朝鮮の立場を表明する外交文書。今回の備忘録は、金正日総書記の訪中に先立って核に対する北朝鮮の立場を表明するものだった。


・NPTへは核保有国として復帰すると主張

 NPTへの復帰についても、6カ国協議共同声明と北朝鮮の立場は相容れないものがある。同共同声明は北朝鮮がNPTに復帰する場合、核兵器を持たない非核国として復帰し、IAEAの査察を受けるよう要求している。これに対し、北朝鮮外務省の備忘録はNPT復帰に直接触れていないが、核兵器の拡散防止や核物質の安全管理などの問題で「ほかの核保有国と同じ立場で協力する」と主張。NPTに復帰する場合、核保有国としての立場で復帰を要求する方針を示唆した。

 北朝鮮外務省の備忘録はこのような主張をする理由として、北朝鮮の核保有で核戦争の危険が減少したという論理を展開している。同備忘録は「北朝鮮が核実験をする前、周辺諸国は膨大な数の核兵器と核の傘で覆われ、北朝鮮だけが核の空白地帯だった。しかし、北朝鮮がNPTを脱退して核実験を実施した結果、この核の不均衡は解消、朝鮮半島で戦争が起きる可能性は著しく減少した」と主張。この状況を維持するには北朝鮮が核保有国としてNPTに復帰することが必要というのだ。

 今回の中朝首脳会談で、金正日総書記がこれら北朝鮮側の主張をテーブルに載せたのかどうかわからない。しかし、新華社通信によれば、胡錦濤国家主席は首脳会談で金正日総書記に対し、中朝両国の関係強化を目指す5項目の提案をした。その第2項は「戦略的関係の強化」というテーマで次のような内容だった。「両国は、内政、外交の重要問題や国際問題、地域情勢、国家統治の経験など共通の問題について深みのある意思疎通を定期的に図る必要がある」。


・金正日総書記は不満だった

 今回の中朝首脳会談は06年1月以来4年4ヶ月振り、北朝鮮が2回の核実験をしたあと初めての会談だった。金正日総書記が訪中に先立って備忘録を発表、核政策に関する基本的立場を明らかにしたのに対し、胡錦濤国家主席も北朝鮮の核に対する基本姿勢を固めて会談に臨んだと見られる。その内容は明らかでないが、同主席が金正日総書記に示した上記の提案はその一端を示唆しているに違いない。新華社によれば、金正日総書記はこれに「全面的に同意する」と答えたという。

 だが、金正日総書記が真に同意したかどうかは疑問とする見方が多い。首脳会談後の北朝鮮側の行動がそれを示唆している。金正日書記は会談が終わった6日、予定では夕方7時半から北京で中国最高指導部と一緒に歌劇「紅楼夢」を鑑賞することになっていたが、直前になってキャンセルして帰国の途に就いた。そして、その途中瀋陽で下車、朝鮮戦争に従軍した中国人義勇軍兵士の墓に参拝した。中朝友好の原点を強調して、現在の胡錦濤体制に対する不満を暗に表明したとの見方が強い。

 それから5日後の12日、北朝鮮の労働新聞は世界で初めて核融合に成功したと報じた。各国の専門家の間では、北朝鮮の技術水準では核融合は不可能という見方がほとんどだが、中国指導部の神経を逆なでしたのは明らかだった。人民日報傘下の環球時報は「北朝鮮は水素爆弾の製造を狙っている」との見方を伝え、他の各紙も「訪中直後にこの報道を行ったことを警戒する専門家の見方」などを伝えた。金正日総書記の訪中は、核問題に関する限り中国との溝をさらに深めたようだ。


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