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米大統領選挙異聞
持田直武 国際ニュース分析

2011年5月22日 持田直武

オバマ大統領が再選を目指して選挙資金集めを始めた。目標額は10億ドル、前回選挙の約2倍だ。同大統領に対抗できる有力候補は、今のところ与党民主党内はもちろん、野党共和党内にもいない。このまま投票日になれば、オバマ大統領の再選は間違いない。では、なぜ巨額な選挙資金が必要なのか。


・大統領を目指さない大統領候補との対決

 次期大統領選挙の投票日は来年11月6日、まだ1年半後だが、連邦選挙管理委員会に届け出た候補者は5月20日の時点で134人になった。民主党はオバマ大統領と妊娠中絶反対運動の活動家ランドール・テリー氏の2人。共和党は元下院議長ニュート・ギングリジ氏など8人。また、両党以外の諸政党からも124人が立候補の手続きをした。このうち、民主、共和両党の候補は大統領を目指す立候補だが、その他の候補は必ずしもそうではない、いわば大統領を目指さない大統領候補である。

 妊娠中絶反対運動の活動家ランドール・テリー氏がその典型と言える。ABCニュースによれば、同氏は立候補にあたって「目的は中絶禁止を訴えるため」と広言し、当選は度外視していることを明確にした。民主党の大統領候補として予備選挙に参加、中絶を容認するオバマ大統領と対決し、同時に中絶胎児の映像付き広告をテレビで流すことが目的だという。一般人がこのような広告を出すことは難しいが、大統領選挙の候補者が政見として主張する場合、規制はできないとみているのだ。

 テリー氏は51歳、過去30年間過激な中絶反対運動を展開、逮捕歴も40回あまりに上る。その一方で、98年の選挙ではニューヨークから連邦下院議員に立候補、06年にはフロリダ州の州上院議員に立候補した。いずれも共和党員としての立候補だったが、予備選挙で敗退した。今回は民主党員を名乗って立候補して同党の予備選挙に参加。同じ時期に行われる米フットボールの祭典、スーパーボールの中継時に中絶反対のテレビ広告を流す計画で、その資金250万ドルを献金で集めるという。


・政党指導部には党員の政治活動を拘束する権限なし

 テリー氏の例が示すように、米では選挙ごとに政党を変えることができるなど、日本とは違うことが多い。民主、共和両党の場合、両党とも党の組織を持つが、日本の政党のような党員はいない。強いて言えば、米の2大政党は自称党員たちのボランティア集団とでも言ったほうがよい。党員名簿もなく、党費を納めることもない。党活動の経費はすべて献金でまかなう。選挙では、予備選挙で勝った候補が党の候補者として本選挙に出馬するが、その予備選挙には党員でなくても立候補できる。

テリー氏は98年と06年の2回の選挙に共和党から立候補、党候補の指名獲得を目指したが、予備選挙で敗退した。98年選挙に立候補した時、同氏はすでに妊娠中絶に反対する過激なグループの旗手として知られ、キリスト教福音派グループ「家族に焦点」のドブソン会長も支持を表明していた。しかし、主張が余りにも過激だとして、共和党全国委員会や地域の共和党活動家の中には、穏健な中絶反対運動に悪影響を与えるという不満が出た。しかし、共和党指導部が介入することはできなかった。

そのテリー氏が今回は民主党から大統領選挙に立候補した。しかも、立候補の目的は民主党の予備選挙に参加して、妊娠中絶容認派のオバマ大統領と直接対決し、中絶問題を議論するためだと明言している。中絶反対の活動家としてでは、オバマ大統領と直接論戦することはできないが、大統領候補としてなら可能と読んだようだ。選挙の主旨に沿った行動とは言えないが、今の米の選挙制度ではこれを防ぐ手段はなく、民主党指導部も今のところ打つ手がないのが実情だ。


・草の根民主主義の落とし穴を埋める資金

 テリー氏がオバマ大統領との論戦を言い出す契機となった事件があった。同大統領が就任して2ヶ月後の09年3月20日、ホワイトハウスは同大統領が5月17日インディアナ州ノートルダム大学の卒業式で演説すると発表した。これに対し、テリー氏が強く反対する声明を大学新聞に寄稿。「ノートルダム大学は中絶禁止を掲げるカトリックの大学だ、その大学が中絶を支持するオバマ大統領を招くのは裏切りだ」と主張した。そして5月1日、テリー氏は同大学に無断侵入したとして逮捕された。

 5月31日には、もう1つの事件が起きる。かねてから中絶手術をする医師をして知られていたカンザス州の産婦人科ティラー医師が教会の行事に参加中に殺害されたのだ。事件のあと、テリー氏はビデオで声明を発表、ティラー医師を「虐殺者」と非難、同時にオバマ大統領はじめ中絶に賛成する政治家を「子供殺し」と決め付けた。テリー氏のオバマ大統領に対する挑発行為はその後も続き、今年1月20日には大統領選挙出馬の届出をし、選挙戦の場で対決する意向を明確にした。

 こうしたテリー氏の動きに対し、オバマ大統領側は特にコメントしていない。しかし、中絶問題や人種問題には草の根の世論が敏感に反応する。テリー氏が主張する中絶胎児の映像をテレビで流すことができるかどうか、まだわからない。しかし、流せば大きな反響が起きる。これを止めるには、テレビの広告時間を買い占めることも必要だ。しかも、それは中絶問題だけではない。オバマ大統領の場合、出生地の疑惑など人種にからむ問題も取り沙汰されている。選挙資金がいくらあっても足りないに違いない。


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