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パレスチナ和平は海図なき漂流状態
持田直武 国際ニュース分析

2011年7月3日 持田直武

パレスチナ和平の先行きが見えなくなった。和平仲介役のオバマ大統領がパレスチナの将来の国境問題でパレスチナ寄りに大きく舵を切った。イスラエルは猛反発。一方、パレスチナ側も和平交渉に見切りをつけ、国連総会にパレスチナ国家として加盟を申請すると発表。パレスチナ和平関係3者が海図なき漂流状態になった。


・オバマ大統領の提案の狙い

 オバマ大統領は5月19日中東政策に関する演説の中で「イスラエルとパレスチナの将来の国境は67年の第三次中東戦争前の境界線を基本とするよう」提案した。国境の画定は和平交渉の最大の焦点だが、米大統領がこのように境界線を具体的に挙げて提案したのは初めてだった。しかも、この提案は明らかにパレスチナ寄りだった。最近の大統領の中で最もイスラエル寄りと言われたブッシュ前大統領は第三次中東戦争前の境界線に戻るのは「非現実的」として見向きもしなかった。

 第三次中東戦争前の境界線に戻ることは、イスラエルが同戦争で獲得した占領地から撤退することを意味する。国連安保理は同戦争直後の決議242でイスラエルの占領地からの撤退を要求していた。パレスチナやアラブ諸国はこれを歓迎したが、イスラエルは撤退すれば国家の安全が維持できないとして拒否。米歴代政権はこのイスラエルの主張を支持し、その後の3者鼎立の関係が続いてきた。今回のオバマ大統領の提案は米がこの立場をパレスチナ寄りに変えたことを意味している。

 オバマ大統領がこの提案をした背景には最近の中東情勢の変化がある。民主化の波がチュニジアからエジプト、シリアへと拡大し、パレスチナのイスラエル占領地にもこの動きが波及。若者たちの中には、イスラエルの占領に対する不満からパレスチナ自治政府幹部を突き上げる動きも出ていた。オバマ大統領が第三次中東戦争前の境界線を基に交渉するよう提案したのは「この趨勢が続けばイスラエルがパレスチナを占領したままで平和な国はつくれない」との判断からだった。


・イスラエルはオバマ提案に猛反発

 オバマ大統領が中東演説の中で、この提案をしたのは5月19日。翌日にはイスラエルのネタニャフ首相とホワイトハウスで会談する予定が決まっていた。5月21日付けの英紙ガーディアン(電子版)によれば、オバマ政権内にはこの時点で提案することに反対する意見が多かったという。中東情勢が動いている時、イスラエルとの関係が混乱することを恐れたのだ。しかし、オバマ大統領は予定どおり演説し、ネタニャフ首相には演説開始の数時間前に提案の部分を伝えた。

 ネタニャフ首相の反発は予想どおり激しかった。同首相は提案の主要部分を受け取ると、直ちにワシントンのクリントン国務長官に電話、和平提案の部分を演説から削除するよう要求した。刺々しいやり取りが続いたが、オバマ大統領はネタニャフ首相の要求を拒否した。このため演説は開始が25分遅れたという。このあと、同首相は特別機でワシントンに向かったが、機中で記者団を前に「時には、カーペットの下に隠すことができないものもある」と述べ、怒りを露わにした。

 翌日のオバマ、ネタニャフ会談は50分の予定を延長、90分間も続いた。両首脳は会談のあと記者会見したが、ネタニャフ首相はこの席で「幻想に基づいた和平は中東の現実に当って砕け散る」と述べ、オバマ大統領の和平方針を批判した。英紙テレグラフによれば、同首相はワシントン滞在中にオバマ提案を撤回させ、ブッシュ前大統領が示した「第三次中東戦争前の境界線は非現実的」という見解を復活させると意気込んでいた。同首相がこのために選んだのが米議会の説得だった。


・パレスチナ側はネタニャフ首相の和平案に反発

 米議会には親イスラエル議員が多い。ネタニャフ首相は5月24日、連邦議会の上下両院合同会議で演説し、和平に関するイスラエル側の主張を展開、大喝采を浴びた。同首相はこの中で、将来の国境に関するオバマ提案を拒否する理由として「67年の第三次中東戦争から現在まで44年間に起きた変化を無視するのは非現実的」とブッシュ前大統領と同じ見解を主張。その上で「67年前の境界線に戻せばエルサレムは再び東西に分割される。イスラエルはエルサレム再分割を許さない」と強調した。

 ネタニャフ首相はまた、イスラエルがパレスチナ国家の建設を認める条件として「パレスチナはイスラエルをユダヤ人の国家として認めなければならない」と主張した。同首相によれば、このユダヤ人国家はユダヤ人入植地の多いエルサレム郊外やテルアビブ郊外も国境内に取り込むほか、治安維持のためイスラエル軍がヨルダン川沿いに駐屯する。また、帰還を希望するパレスチナ難民はこのユダヤ人国家の国境の外側に居住地を与えるという。難民の帰還権を制限するという主張である。

 このネタニャフ首相の和平演説は40分間だったが、米議会は合計29回のスタンディング・オベーションで答えた。米議会の大げさな反響に対し、パレスチナ側は態度をますます硬化。パレスチナ自治政府幹部のナビル・サース氏はAP通信のインタビューに答え「演説はイスラエルが和平の核心であるエルサレムの地位と難民問題についてパレスチナ側の要求と拒否したもので、パレスチナに対する宣戦布告と同じ。米議会はそれにスタンディング・オベーションで答えた」と反発した。


・パレスチナは交渉に見切り国連加盟の要求へ

 ネタニャフ首相の演説から1ヵ月後の6月27日、パレスチナ自治政府のアッバス議長はパレスチナ国家の国連加盟を求めると発表した。和平交渉は再開の見通しも立たないと見切りをつけ、問題を国際化しようとする動きだった。パレスチナ国家は1988年、パレスチナ解放機構(PLO)が樹立を宣言、国連のオブザーバー資格を取得しているが、加盟を求めるのは初めて。だが、現在の状況で、パレスチナが国連に加盟を要求しても実現する見通しがないのは明らかだった。

 国連に加盟するには安全保障理事会の承認と総会で加盟国の3分の2以上の支持を確保することが必要だ。国連の現在の加盟国は192カ国、パレスチナはこのうち128カ国以上の支持を得ることが必要だが、現在パレスチナ国家を承認している国が112カ国に上るため3分の2の支持確保は可能とみられる。問題は安全保障理事会で、米が拒否権を行使しパレスチナの要求を葬るのが確実なことだ。パレスチナ側もそれを見越した上で、今回の加盟要求を出すとみて間違いない。

 パレスチナ側の狙いは加盟支持国を可能な限り募って米とイスラエルに圧力をかけることだ。中でも欧州主要国の支持確保が重点になる。英BBCによれば、ドイツ、イタリア、オランダは加盟反対だが、英仏両国は9月の国連総会までに和平交渉が再開できなければ、パレスチナの加盟を支持すると示唆している。パレスチナが狙っているのはまさにこの点にある。国連がパレスチナの加盟問題を取り上げる時、パレスチナのイスラエル占領地では大規模なデモが起きるだろうとの見方も出ている。


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