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米大統領選挙戦 オバマ大統領の再選戦略
持田直武 国際ニュース分析

2012年3月11日 持田直武

オバマ大統領が米国初の国民皆保険制度の完成に職を賭している。実現すれば、リンカーンの奴隷解放、ルーズベルトの社会保障制度、ジョンソンの高齢者と低所得者の医療保険制度に並ぶ実績になる筈である。だが、その前に最高裁判所の違憲立法審査をクリアーし、大統領の再選を果たすことが必要だ。


・再選で国民皆保険制の完成を狙う

 米国の大統領が再選を狙うにはそれなりの理由が必要だ。オバマ大統領は昨年12月CBSテレビに出演した際、司会者が番組の最後に「何故、あなたは再選に値すると考えるのか?」と質問したのに対し、次のように答えた。「私は大統領就任以来2年間、内政と外交の各面で歴代大統領に劣らない業績を挙げた。例外を挙げるとすれば、ジョンソン大統領、ルーズベルト大統領、それにリンカーン大統領だけだ」。オバマ大統領が自分の業績を歴代大統領と比較した興味深い発言だったが、放送時間の制約のためか司会者はその真意を質さないまま終わった。

 CBSテレビも内容が不十分とみたのか、この部分をカットして放送した。しかし、系列のCBSニュースが電子版でカット部分を含むインタビューの全文を公開した。その結果、オバマ大統領が放送で何を言おうとしたのか、選挙戦の最中だけにその後様々な推測が飛び交うことになった。中でも、共和党の大統領候補指名争いで一番手を走るロムニー候補は2月28日の遊説先で「オバマ大統領が自分は歴代大統領の中で上位4人の中に入ると言った。そんなことが信じられるか?」と冷笑した。  その一方で、3月1日のワシントン・ポスト(電子版)は別の見方をした。同紙は「オバマ大統領は現在推進中の国民皆保険制度が完成すれば上記3人の先輩大統領の業績に匹敵するものになる。そのためにも再選を求める」と言いたかったと推測した。3人の大統領に共通するテーマは「社会的弱者の擁護」である。リンカーン大統領の場合、それは「奴隷解放」である。ルーズベルト大統領は福祉の基礎となる「社会保障制度」を創設した。一方、ジョンソンン大統領は低所得層や高齢者の医療保険制度「メディケイドとメディケアー」を設立した。オバマ大統領の国民皆保険制度も完全に実施できればこれらに勝るとも劣らない。


・焦点は産児制限の保険カバー

 国民皆保険制度は10年3月議会を通過した「医療保険改革法」に基づいてオバマ政権が実施の準備を進めている。だが、医療保険問題は保守派とリベラル派が際どく対立する生命倫理の分野に踏み込む難題が多く、その調整にはまだ前途多難が予想されている。オバマ大統領が1月20日に公布した同改革法の施行令もその1つである。同大統領はこの施行令で産児制限の費用を保険でカバーするよう指示。職場の雇用主は従業員の避妊用ピルや避妊手術の費用を保険でカバーするほか、レイプ被害者には中絶誘導ピルの費用を負担するよう指示した。教会は原則として除くが、教会付属の学校や病院の雇用主はこの対象に含まれることになる。

 宗教団体や学校などから予想どおり強い反発が起きた。宗教団体などの中には妊娠中絶はもちろん産児制限にも反対している団体がある。しかし、雇用主の立場になれば自分の信条に関係なく従業員の産児制限の費用を負担しなければならなくなる。議会上院では共和党の保守派議員がこのオバマ大統領の施行令を拒否する修正案を提出した。3月1日の表決で賛成48票、反対51票の3票差で修正案は否決され、オバマ政権の方針が承認された。しかし、再選を控えた民主党議員3人が造反し、民主党内も一枚岩でないことが露呈した。

 一方、下院では多数を握る共和党が公聴会に民主党推薦の参考人が出席するのを拒否する異例の事態になった。参考人はジョージタウン大学法科大学院3年の女子大学院生で産児制限費用を保険でカバーする運動を展開して知られていた。共和党は出席拒否の理由として手続きの不備を挙げたが、不満な民主党は2月23日議会内で独自の公聴会を開催、女子大学院生を招いた。ワシントン・ポスト によれば、この席で女子大学院生は「女子学生の産児制限費用が年間1,000ドルに上る」などの実情を紹介。さらに「この費用は保険でカバーするべきだが、何を対象とするかは医師と女性が決めるべきだ」と主張し、雇用主が対象を決めるとする共和党の主張に反対した。


・超保守のラッシュ・リンボーが横車

 それから6日後、過激発言で知られるラジオショーのホスト、ラッシュ・リンボーがこの女子大学院生の発言に咬みついた。同ホストのラジオショーは週5日、1日3時間で全米600局が中継し、聴取者は1500万とも2千万とも言われる。超保守の過激発言が多く、物議をかもすこともしばしばある。女子大学院生の発言は、同ホストが2月29日から3日間にわたって番組で取り上げた。同ホストはその中で「彼女はセックスすることで報酬を得ようというのか。あるいは我々にカネを払えと要求しているのか。そうなら、彼女はあばずれか、売春婦だ」と強い調子で非難した。

 議会では産児制限費用を保険でカバーする問題をめぐってオバマ政権と共和党のせめぎ合いが続いていた時だ。テレビや新聞がラッシュ・リンボーの発言に飛びつき、女子大学院生にはテレビ局から出演要請が相次ぐ騒ぎになった。そして、この騒ぎにオバマ大統領も一役買って出た。ラッシュ・リンボーの女子大学院生非難が3日目に入った2日、オバマ大統領は彼女に直接電話をかけた。ホワイトハウスのカーニー報道官によれば、同大統領は数分間にわたって彼女と会話、「彼女が不当な非難にめげず自分の主張を貫く姿勢を賞賛した」という。ラジオショー・ホストの女子大学院生いじめに大統領が乗り出して女子大学院生の肩を持ったのだ。

 世論はラッシュ・リンボーにとって厳しい雰囲気になった。共和党のボイナー下院議長がラッシュ・リンボーの発言を批判。共和党の大統領候補指名争いに参加しいているロムニー、サントラムなど各候補も「発言は不適切」などと批判した。同ホストのラジオショーにコマーシャルを提供していたスポンサーが相次いで撤退、中継しているラジオ局の中には中継を中止する局も現れた。ラッシュ・リンボーもこの状況の変化にやむなく3月3日「私の言葉の選択は最上ではなかった」と謝った。反オバマのオピニオン・リーダーを自認してきたラッシュ・リンボーにとって謝罪はオバマ大統領に屈服したのも同じだった。


・国民皆保険実現にあたって越えるべき2つの山

 ラッシュ・リンボーが謝罪したあとAP通信はオバマ大統領が何故騒動に介入したかについて次のように伝えた。「オバマ大統領は女子大学院生の肩を持つことによって、今米国で問題になっている産児制限の保険負担問題は信教の自由の問題ではなく、女性の権利の問題であることを明白にした」。信教の自由は産児制限の問題を事業主の立場から見た問題提起であり、これは共和党が主張する立場である。これに対し女性の権利は、産児制限の問題を女性の立場から見た問題提起で、これはオバマ政権と民主党の立場だというのである。

 オバマ大統領はこの立場を基礎にして国民皆保険制度を完成させる計画だが、それには2つの超えなければならない山がある。1つは、この夏に予想される最高裁判所の違憲立法審査で国民皆保険が憲法違反ではないとの判断が出ること。もう一つは11月の大統領選挙でオバマ再選が実現することである。どちらか1つでも、オバマ大統領にとって好ましくない結果が出れば、国民皆保険制度は雲散霧消するに違いない。


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