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北朝鮮新指導部のおとり外交
持田直武 国際ニュース分析

2012年3月25日 持田直武

北朝鮮の新指導部が核兵器やミサイル開発を一時停止することで米国と合意した。米は栄養食品24万トンを見返りに提供する。ところが半月後、北朝鮮は人工衛星を打ち上げると予告した。米は「打ち上げは合意違反」と主張しているが、北朝鮮は「衛星打ち上げは合意とは別」と主張し、食品の提供を要求している。オバマ政権もクリントン、ブッシュ両政権を悩ませた北朝鮮のおとり外交に捕まった。


・「正しい方向へ向けた一歩」の期待は消える

北朝鮮が米朝協議で核やミサイル開発の停止に合意したと発表したのは2月29日だった。北朝鮮がウラン濃縮や核実験などすべての核兵器とミサイルの開発を停止してIAEA(国際原子力機関)の査察を受ける。これに対し、米国は栄養補助食品など24万トンを2万トンずつ12回に分けて提供するという内容だ。米側は食品が確実に北朝鮮国民に届くのを確認するため監視要員の派遣を要求していたが、北朝鮮側は今回初めて70人の監視要員の受け入れに合意した。

オバマ政権が成立して3年だが、北朝鮮と核問題で合意したのは初めてだ。一方、北朝鮮は金正恩体制が誕生して2ヶ月余り、合意は米国がこの北朝鮮新体制を初めて交渉相手として認めたという意味もあった。クリントン国務長官は29日の下院歳入小委員会で証言した際にあえてこの米朝合意に言及、「この合意は控えめな一歩だが、正しい方向に向けた一歩である」と今後の展開に期待を表明した。ところが、この期待は北朝鮮が3月16日人工衛星の打ち上げを予告したことで消えた。

北朝鮮は米が人工衛星の打ち上げに反対することは事前に知っていた筈だった。米国務省のヌーランド報道官によれば、米は交渉の過程で北朝鮮に対し、「人工衛星の打ち上げも合意違反になる」と明確に伝えたという。米側の見解では、北朝鮮の人工衛星はミサイル開発の偽装で、打ち上げれば米朝合意に違反する。また、北朝鮮の主張どおり衛星打ち上げだとしても、国連安保理が09年6月採択した「ミサイル技術を使ったすべての発射を停止する決議」に違反するというのだ。


・北朝鮮は衛星打ち上げと合意は別個の問題と反論

北朝鮮が衛星打ち上げを発表したのは3月16日午後だった。その数時間前、北朝鮮はニューヨークの国連代表部を通じて米政府に異例の事前通告をした。米国では15日深夜である。米の担当官が「打ち上げは合意に反する」という米側の立場を説明して発表の取りやめを迫ったという。しかし、北朝鮮は応じず、数時間後に朝鮮中央通信を通じて発表した。それによれば、打ち上げは4月12日から16日の間。15日は故金日成主席の生誕100周年で衛星打ち上げは同主席への贈物だという。

米側は通告を受けたあとデイビース政府特別代表が急遽6カ国協議の参加国と電話協議し、打ち上げ阻止に向けて協力を要請した。注目されるのは中国がこの呼び掛けに積極的に応じたことだ。中国はこれまで北朝鮮にも核や宇宙を平和利用する権利があると主張し、北朝鮮に好意的だった。しかし、今回は違っていた。北朝鮮が打ち上げを発表した16日、中国の張志軍外務次官が北朝鮮の池在竜大使を外務省に呼び、「人工衛星計画に対する関心と懸念」を表明して北朝鮮を牽制した。

これに対し、北朝鮮も朝鮮中央通信を通して反論を展開した。それによれば、人工衛星打ち上げは宇宙の平和利用で「米朝合意には含まれない別個の問題」であり、このことは「合意前の段階で米側に伝えた」と主張している。米国務省のヌーランド報道官は上記のように「人工衛星の発射も合意違反になる」と交渉の段階で北朝鮮側に伝えたと説明したが、北朝鮮の主張はこれとは相容れない。しかし、この部分はやり取りがあったとしても口頭だけで合意文には入っていない。


・オバマ政権は新指導部のおとり外交に捕まる

 クリントン国務長官は「米朝合意は正しい方向に向けた一歩」と自賛したが、米国内では北朝鮮に操られているとの不満も出始めた。アメリカン・エンタープライズのオースリン日本部長は22日のウオールストリート・ジャーナルに寄稿、「オバマ政権は北朝鮮が操るゲームに乗った」と批判した。それによれば、オバマ政権はブッシュ前政権の経験を汲んで3年間、北朝鮮との接触をさけた。ところが、金正恩氏の新指導部が登場すると待っていたかのように、オバマ大統領は米朝合意を結ぶギャンブルをした。今年秋の再選を控え、核外交で成果を狙ったのだが、失敗したというのだ。

 このオバマ政権の失敗で中国がさらに影響力を増すのは間違いない。中国は北朝鮮の核問題では部外者だったが、クリントン、ブッシュ両政権の間にメイン・プレーヤーとなり、今は6カ国協議の議長国として主導的役割を演じている。26日からはソウルで第2回核安全保障サミットが開催され、北朝鮮の衛星打ち上げが各国首脳間の大きなテーマになる。中国はこれまでは米国の呼び掛けに応じて打ち上げ阻止で日本など各国と協調してきたが、今後の動きは予測できない。衛星の打ち上げには反対しても、北朝鮮を追い詰めるような強硬措置は取らないとの見方が強い。

中国の懸念は北朝鮮の衛星発射が巻き起こす周辺海域の混乱である。北朝鮮は人工衛星を朝鮮半島西南部の鉄山から南の黄海に向けて発射すると発表した。韓国政府の分析では、発表どおりに飛べば、長距離ロケットの1段目は済州島近海、2段目は発射地点から2500キロー3000キロ離れたフィリピン東方の海上に落下する。周辺諸国は万一の場合の落下物などに備え警戒を強めている。米韓両軍は情報収集衛星やイージス艦、掃海艇などを投入、ロケットの残骸など落下物を収拾する方針だ。


・中国は日本が世界の軍事大国になるのを警戒

日本も迎撃用のパトリオット・ミサイル3(PAC3)を沖縄本島や石垣島などに配備して万一に備える態勢をとる。場合によっては自衛隊法に基づく「破壊措置命令」で破壊することも視野に入れた態勢である。中国の張志軍外務次官は16日北朝鮮の池在竜大使を呼んだ際「中国の関心と憂慮」を伝え、さらに「事態がこれ以上複雑にならないよう希望する」と述べた。北朝鮮のロケットが飛来するコースは日本、中国、台湾など周辺国の領有権主張が複雑に絡み合い、各国とも対応が神経質にならざるをえないが、張志軍外務次官の発言はそれだけではない意味も感じられる。

中国政府のインターネット新聞チャイナネットは21日「日本は北朝鮮の衛星打ち上げに乗じて世界の軍事大国になるのを狙っていると報じた。日本は今でも世界有数の軍事力を持つ地域の潜在的軍事大国だが、今後さらに世界の顕在的軍事大国になって敗戦国からの脱皮を狙っているというのだ。中国政府の正式な見解ではないが、中国指導層の深部にはこうした懸念が宿っているのは間違いない。北朝鮮の衛星打ち上げについても、中国の対応はこうした懸念を反映したものになるだろう。


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