ニューヨーク暮らしことはじめ |
止まらず走らず。ニューヨークの歩き方 「うひゃー」と慌てて走って逃げたのだが、実は走るのはご法度なんだそうだ。 「ニューヨークで人が走っていたのは、9.11の時ぐらいよ」と、 時々ガイドをしているMちゃんが言う。 「人が走っているのを見ると、ギョッとしちゃうのよ。また何か起きたのかってね。だから、走るのはやめてね」 「うん、わかった」 私は神妙に頷く。こんなにゆったり堂々と歩いている人たちが走った日って、いったいどんなだったんだろう。 「でもさ、遅刻しそうな時とか、つい走っちゃうよね」 「いいの!遅刻しても。待ち合わせにちょっとくらい遅れてもいいのよ。それなのに日本人は交差点の向こうから、一生懸命走ってくるのよねー。走らなくていいって言ってるのに」 なるほど。日本人と待ち合わせすることが多いMちゃんは、その人に向けられるのと同じ視線を浴びちゃうのね。 「でもさ、交差点でパパパーってやられたらやっぱり走っちゃうよね」 「いいの!パパパーくらい。うるさいわね、私歩いているのよって言ってやりなさい」 はい。わかりました。 Mちゃんの教えを守って、交差点では、青なら進む。赤なら車をにらみつけながら進む。の修行に励む私なのだった。 そうは言っても、癖になっちゃった行動というのは、なかなか変わらないものだ。地下鉄を降りる時、私はついメトロカードを握り締めてしまう。 ニューヨークの地下鉄は一律料金で乗り放題。メトロカードを改札に通すのは入る時だけで、出る時は何も見せなくていいのに。日本の改札で、入る時も出る時も定期券を見せていた習慣が抜けないのだ。 そして、やっと重い回転ドアに慣れたと思ったら、引いて開けるドアにぶつかるようになってしまった。苦労して回転ドアを押しているうちに、私のカラダは、ドアは全体重をかけて押すものと覚えこんだらしい。ドアノブの所に、大きく「PULL」と書いてあっても、気がつくとドアに体当たりしているのだ。 そして、がーんと押し戻される。痛みをこらえ、お店の人の怪訝そうな視線にテレ笑いしながら、「ハロー」とドアを引いて開けて入っていく。毎度毎度で、恥ずかしいです。 |