ニューヨーク暮らしことはじめ |
ボランティアで教わるアメリカの良識 オペラにクラシック音楽、ヨーロッパ美術…。マダムたちは、芸術の話題が大好きだ。こっちの知識がおぼつかなくて、とても付いていけないんだけどね。旅行が好きなんて言おうものなら、もう大変。「どこに行った事あるのかしら? 私は季節ごとに南欧の別荘を借りて、3週間ずつ暮らしていたのよ」なんて言うんだから。 こういうマダム先生たちに、私は思いっきり下世話な話題を吹っかけてしまう。タブロイド誌のゴシップ記事や、流行のテレビ番組のこと。みんなたいてい、権威が高いニューヨーク・タイムスしか読んでいないし、テレビは公共放送しか見ない。 「どうして、こんなことが流行っているの?」と私が聞くと 「ええっ、そうなの? 私は知らなかったわ」とびっくりしている。その反応が素直すぎて、なんだかカワイイのだ。 タブロイド誌ニュヨーク・ポストの切抜きを私が見せると、マダムは悲しそうに首を振る。「ニューヨーク・タイムスも読んでね」 「もちろん。まずタイムスを読んでからポストを見ているから、安心してね」。 そうは言うけれど、実はタイムスは見出しだけしか読まないことも多い。だって、文章が回りくどくて記事が長いんだもの。 私は、ポストの「ジョー・ミリオネア」という番組の記事を見せて、内容を説明する。ハンサムなお金持ちの花嫁の座を狙って、大勢の女性があの手この手で口説き落とすバラエティー・ショーだ。 「みんな、お金のためにそんな番組に出るんでしょうねえ。でもそれがアメリカ人の全てだと思わないでね」 私はちょっと得意になって言う。 「でもその番組、記録的にヒットしているんですって!」 「あらイヤだ、そうなの?」マダムは頭を抱える。 「最近は新聞も読まずに、テレビばかり見ている人が多いからねえ」 そこでマダムは気を取り直して、「keeping up with the Joneses」ということわざを教えてくれる。 「隣の家が車を買ったら、うちも車を買う。出来れば、もっと大きいのを。それがアメリカ人だと言われているの」 「友達がリッチマンと結婚したら、私はミリオネアーと、って教養あるお嬢さんでも思うんでしょうね。こういう番組が人気なのは、そういうことなのかしらねえ」 質問を真剣に受け止めて、何とか文化的な話題に持ってこようとするマダム先生の努力には、頭が下がる。モタモタ喋る生徒のことだって、決して見下したりはしない。日本人なら歳が違うという事だけで、上下関係が出来ちゃうものだけど、そういうことも一切ない。日本の年功序列社会でやってきた私にとって、これはとても新鮮だ。こういう、相手をリスペクトする姿勢って、アメリカ人の心の豊かな部分なのかなあと思う。もちろん、それが感じられない人も今までたくさん接したけどね。このボランティアのマダムたちは、みんな持っていて、すごいなあといつも感心している。 ちなみに、「keeping up with the Joneses」の、Jonesは、アメリカではすごくありふれた名前の例えなんだそうだ。このフレーズは、「隣の鈴木さんちに、追いつけ追い越せ」といった意味だろうか。「隣の芝生は青い」と隣家を羨む程度の日本人とは、アメリカ人の気質はだいぶ違うみたいだ。 |