アメリカ三面記事便り
Flights of Terror: Aerial Hijack and Sabotage Since 1930

それでも起きたイスラエル航空ハイジャック未遂

イスラエルのテルアビブからトルコのイスタンブールへ向かっていたエルアル・イスラエル航空機内で、ハイジャックが起きたと報道された時、「えっ、あのエルアル航空で!?」とかなりの衝撃を呼んだ。エルアル・イスラエル航空は、絶対にハイジャックされない、世界一安全な航空会社ということで有名だったからだ。

事件は結局、飛び出しナイフを持った23歳のパレスチナ人の青年が、コックピットに向かおうとしたところを取り押さえられ、乗客は全員無事だったということが明らかになった。青年は、どこのテロリストグループとも関係が無い単独犯で、航空機ごとテルアビブの高層ビルに突っ込むよう要求するつもりだったと自供しているという。

「いったいどうやってこの青年はナイフを機内に持ち込んだのか?」そんな議論が起こるほど、エルアル・イスラエル航空のセキュリティ・チェックの内容は厳重だ。そのため、最もテロの標的になりやすいはずなのに、1968年以来ハイジャックは起きていなかったのだ。

安全性確保のために、エルアル航空のセキュリティ・チェックの内容は一切公表されていないという。それでもエルアル航空に乗った人たちの体験として、そのすごい内容を聞くことができる。


チェックイン前
大抵の航空会社ではX線透視で済ませているチェックイン前の荷物検査だが、エルアル航空では、係官がすべての荷物を開ける。箱、包みをチェックし、機械類を分解することさえある。スーツケースを他の人と共用していないか、スーツケースを今までどこに持って行ったのかをいちいち乗客に質問する。土産物はどこの店で買ったかのか、人から預かったものはないか、その人は本当によく知っている人なのかも聞く。

ボディチェック時
乗客をユダヤ人、アラブ系の人、それ以外と3つのグループに分け、個室で、係員と1対1のボディー・チェックを行う。実は乗客は、荷物検査の列に並んでいる時から、不審な人物と話をしないかを監視されている。一人旅だと答えた乗客が、たまたま同じ列に並んでいた人と話していたのを見咎められ、厳しく追及されたこともあるという。

個室ではまず乗客の靴を脱がし、X線検査のために別室へ持って行ってしまう。 裸足に慣れていない西欧人は、これだけで相当萎えた気持ちになってしまうらしい。それが意図的なものであるかは、不明であるが。

係員は乗客の身体に触ることはなく、口頭で半裸になれと要求する。乗客はぎりぎりの下着姿で、係員の前でぐるりと回ってみせなくてはならない。

女性の乗客は、パレスチナ人の恋人がいる可能性があり、最もハイリスクであると考えられている。髪を結っていれば、その中に指を入れて調べる。赤ん坊の哺乳瓶は、金属探知機にかける。実際数年前に、妊娠中の英国人女性の鞄から、爆弾が発見されたことがあるという。爆弾を仕掛けたのは、パレスチナ人の恋人だった。

荷物について
荷物は機内に積み込む前にカギ付きのビニール袋に入れ、減圧室に送る。爆発物が入っていれば、そこで爆発するようになっているのだ。このビニール袋は、到着後、ホテルに着くまで開けてはいけないと言われる。

機体の装備
航空機の貨物室には装甲が施され、万が一そこで爆発が起こったとしても、飛行を続けられる設計になっている。戦闘機が持つような誘導ミサイル欺瞞装置が装備され、ミサイル攻撃にも備えている。航空機には特殊部隊出身の武装した私服保安要員が複数同乗しており、客室乗務員はイスラエル軍の元兵士だ。コックピットのドアは内部からロックされ、乗客が全て降機してからでないと開かない。

加えて
ハイジャック防止のために、フライトのスケジュールを頻繁に変更し、旅行会社泣かせだという。しかも、ユダヤ人にしかわからないヘブライ語を解さない人、アラブ系の名前を持つ人へのチェックは執拗なほど厳しい。差別だ、まるで犯罪者扱いだという指摘には「それが必要だからだ」と意に介さない。乗客は飛行機に乗り込むまでに3時間、人によっては5時間かけてセキュリティ・チェックを受けなくてはならないのだ…。


エルアル航空のこの厳しいセキュリティ・チェックの内容にはとても驚いた。アメリカ系航空会社の気まぐれなセキュリティ・チェックとは大違いなのだ。経営不振のアメリカ系航空会社には、莫大な予算が必要となるエルアル航空並みのセキュリティ・チェックを行うことはとうてい不可能なのだという。

事件が起きたエルアル機の乗客は、インタビューで「誰もパニックにはならなかったよ。イスラエルから来た私たちは、毎日テロを見ているからね」と答えていた。 アメリカでは、September11以降飛行機恐怖症になってしまったという人は多い。悩み相談にセラピストがテレビで
「テロに遭う確率は、交通事故よりずっと少ないから大丈夫」と答えていた。原因がまったく違うテロと交通事故を一緒に論じるのはどうかと思ったが、イスラエルの人のように見慣れてしまうよりまし、と思うべきなのかもしれない。

written by 篠田なぎさ(⇒ プロフィール



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